才能?
「うわー、凄い人の数……」
「フェスでもやっているみたいですね」
ガーデインの中央部に位置する公園。五つの大きな支流が一つに交わる場所。新宿駅前かと見間違えるほどに、人でごった返していた。
その人混みの中心には、幾つもの馬車が連なってるのが見える。果実、衣類、調度品、その積荷は様々でどれも充分過ぎるほどの積載量をほこっている。
「まあ、間違いなく、あれのせいだな」
「あれって、キャラバンってやつですか?」
「キャラバン?」
「隊商ってヤツだよ。あんな風に売り物を積んで各地を巡ってる」
キャラバンがよくわかってないパウンドに適当に説明する。
「しかし、あの大荷物で大森林を抜けてきたのか。まあまあ、やばいことやってんな」
「確かに……あれ? あの旗、どこかで見たことあるような」
「そういや俺もだ」
というかあれ、『サバン』商会のマークだろ。過去に何度か襲撃したことがあるからわかる。中々に厄介な獲物だったな。
「あれはサバン商会のマークだよ、フクロウちゃん」
「誰がフクロウちゃんよ」
後ろからかけられた聞き捨てならない呼び方に反射的に答えると、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「あ、クローシアさん」
「おひさー、元気してた?」
そんな軽いノリで、俺の首に手を腕ごと絡めてくる。
「鬱陶しい、離れて」
「もー、冷たいなー。私たち、フレンドじゃん?」
「フレンドじゃない」
だから一々付き纏ってくんな。そういう思いを込めて、押し返す。
「サバン商会? 聞いたことがある気がするっす」
「掲示板にもよく乗るような、有名な商会だからねー」
「確か、王都一でかいんだよな」
「いつの話してんの? もうとっくの前に、『マカデミア』商会にトップの座は奪われてるよ」
マカデミア? ナッツか? 知らない名前だな。
「あー、マカデミア商会っすか」
が、そんな俺と違って二人は知っているみたいだった。マカデミアがあるってことは、ピスタチオとかもあるのか?
「あれ? 逆に先輩知らない感じっすか?」
「へー? 聞いたことない? 七福神とか」
「七福神? それが関係あるの?」
「関係あるもないも、その7人が経営しているからね」
は、プレイヤーが経営してんのか? というかその7人って生産職なんだろ? 説明聞いて、益々わかんなくなったぞ。
「それで? 君たちはなんでここに? もし買いたいものがあるなら、早く行かなきゃ売れ切れるかもよ?」
「いや売り切れないだろ」
「私たちはただ、ぶらぶらとしてただけっすよ」
「むしろ、クローシアさんはどうしてここに?」
そう尋ねると、チビは辺りをぐるっと見回して……そして、諦めたのか残念そうに首を振った。
「あのキャラバンの護衛に高名な冒険者がついてるって聞いたんだけど……ガセだったみたい。街中を探しても見つからなかったし」
「本当にいたとして、どうするつもりだったの」
「そりゃ勿論!!」
ただ、凶悪とも言える笑みを浮かべるクローシア。それだけで、こいつの思惑がありありと透けてくる。
ジャンキーすぎるだろ。頭おかしいのか、マジで。
「あ、いたいた」
「うぇっ!!??」
変な声をあげて、いきなりクローシアが宙に浮き上がる。なんてことはない、ただベルに後ろから持ち上げられただけだった、
「や、やめて! 恥ずかしいって」
「ううん、やめない」
そう力強く相手の願いを断ると、そのノッポは猫吸いをするみたいに、チビの首元へと顔を埋める。こいつ何しに来たんだよ。
「え……あの、後ろに誰か倒れてる……っすよ?」
「ほ、本当だ。ボコボコにされてる……」
俺も言われて気づく。ベルの後ろに……というかそれ、お前がここまで引きずって来ただろ、ってぐらい酷い手傷を負った男が倒れていた。既に意識は無いようで、ダラーっと伸びている。
「………絡まれたから………」
「「えっ」」
………えっ? あれ、お前がやったの? 結構血だらけだけど?
ドン引きしてる俺たちと同じように、クローシアもベルに対して、こいつやばいなって目を向けている。より凄まじい狂気に当てられて、ジャンキーの皮が剥がれていた。
いや、お前もその反応するのはおかしくないか? 一緒のパーティーだから、こいつのイカれ具合は知ってるだろ。
「と、というか大丈夫なんですかそれ!? はやく病院に」
「いや、この世界に病院はないだろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ!」
なんだよ、人一人死にそうになってるぐらいで大袈裟な。それに、多分そいつは
「安心しな。このバカはこの程度ではくたばらないから」
「えっ!? リディアさん!?」
「バカだねー。声をかける相手ぐらいは選べば良いものを」
どこからともなく現れたリディアは、慌てる必要がないとばかりに倒れ込む男を踏みつける。
「知り合いなの?」
「まあ、恥ずかしながらね。王都で活躍してる羅級の冒険者さ」
「ら、羅級って……」
「ええ、相当な化け物ね」
羅級、冒険者ギルドが設定している七段階評価の一つだ。
下から、怒級、烈級、魅級、覇級、蘇級、羅級、死級となっている。一昔どころか、三昔ぐらい前に一部で流行ったようなダサい表現だが、察しの通りドレミの音階に準えている。
漢字だけ見るとランクの優劣はわかりづらいが、音階を元にしていることで一目でわかる親切設計になっている。言うほど親切か?
そして今の会話の流れで大体わかる通り、羅級の冒険者ってのは数えるほどしかいない。具体的には冒険者全体の0.005%、数にして大体1000人ほどしかいない。
だとしたら、このボロ雑巾みたいになってる男がクローシアの言っていた高名な冒険者ってやつか。無惨な、ボロボロの姿になってるわけだが。
「これ、あんたがやったんだろベル」
「………うん」
「手心を加えたろ。やるなら、もっと徹底的にやりな」
「次からは気をつける」
頭の悪い会話をしてやがる。冒険者ってのは、こんなんばっかか?
「え? べ、ベルさんってそんなに強いんっすか?」
「一対一で、戦ったわけじゃないだろうからね……このバカは、ナンパした相手には手を出さないっていう妙竹林な信念を持ってるからさ」
私も、過去にしつこくナンパされたことがあってね……と、ついでとばかりに無惨に追撃を加えるリディア。
「やり合えば、五分ってところじゃないかい?」
いや、それだけでも充分凄いな。意味わからん。それが本当なら、こいつと一対一で戦って勝てるプレイヤーって何人いるんだ?
多分、個の実力だけで言えばこのフルブラのトップ層と呼ばれるプレイヤーたちにも引けを取らない。いや、その尽くを上回る。
ふざけた話、このゲームはそんな常識を覆すようなことが簡単に起こり得る。
かけた時間とお金の額は強さに直結しない。ただ個人の力量を示すのは、たった3つの要素。
レベルと、プレイヤースキルと、魔力量。レベルだけをあげただけでは、他の二つの要素を併せ持つ相手には勝つことができない。それはPVPにおいて、半ば常識とも言えた。
地道なレベル上げは一番簡単に強くなれる方法だが、純粋な才能の前ではその全てが無意味になる。非常な話だかな。
「それじゃ……バイバイ」
俺たちの注目を意にも介さず、ベルはいつも通り能天気にその場を去っていく。勿論、クローシアを抱えたままで。
あれ、結構な屈辱だな。本人はもう諦めてるみたいだけど。
しかし、未だにあの二人の関係性が見えてこないな。
リアルで知り合いなのは間違いないんだろうけど、姉妹って感じでもないし同級生っていう感じでもない。
どっちかって言うと、歳の離れた幼馴染って感じか? いや、悪い癖だな。ついつい勘繰ってしまう。
現実なんて、考えるだけでクソなのにな。




