繁華街?
「あ、ログインしてた。先輩、昨日どこ行ってたんすか? リディアさん心配してたっすよ」
「ちょっと、野暮用をな」
待ち合わせ場所の時計塔前で、パウンドのっけから責めたような口調で尋ねてくる。どこに居ようと俺の勝手だろうが。
しかし、リディアが心配してた? カレイヌは結局、俺に頼んだことを話さなかったのか。いや、話したところで猛反発を受けるのは目に見えているんだが。
「結局、昨日は屋敷に帰って来なかったんすよね? もしかして、朝帰りってヤツっすか?」
そこまで話して何かに気がついたのか、さっきまでとは一転、ニヤニヤとした表情を見せる。お前、そんな下衆い顔もできたのな。
「えっ」
だが、そのパウンドの冗談に、俺以上に反応するヤツが一人。
一斉に視線を向けられると、ゆりかごは茹蛸のように顔を真っ赤に染める。これ、さっきの反応は意図せずか。
「ど、どしたのゆりかご?」
「ううん、なんでもない。なんでもないよ」
見るからに慌てた様子で取り繕う。が、間違いなく何かはあった。馬鹿正直と言えるほどにわかりやすい。
よくわからないが、ゆりかごは何かに引っかかったらしい。
もしかして、朝帰りとかそういう生々しい話は苦手とか。いや、だとしたらパウンドがそれを知らないはずはないか。
「ただ……パウンドちゃんが朝帰りとか言うから」
いや、俺の予想は正しかったらしい。珍しく、どこか怒ったような表情を見せている。
こいつ、友達のくせにできる話のラインとか知らないんだな。そう思って、パウンドを冷めた目で見やる。
下ネタ関連の話は許容できないヤツも一定数はいるから、一番気をつけるべきところだろうに。
「え、朝帰りアウトっすか!? 今までそんな素振り」
「良いから取り敢えず謝れよパウンド」
「そ、そうっすね。ごめんね、ゆりかご」
「ううん、良いよ。ちょっとビックリしちゃっただけだから」
ビックリね……なんか、可愛らしい表現をするな。ゆりかごって、もしかしてお嬢様だったりするのか?
いや、リアルのことを詮索するのはマナー違反か。
「あ、馬車が来たっすよ」
「見ればわかる」
「…………なんか、先輩? 機嫌悪くないっすか?」
別に悪くないけどな。
下っ端の一人か二人は狩れるかと考えていたのに、呪紋とやらのせいで断念せざるをえなかったことなんて、昨日のうちに折り合いがついてるし。
なんて、不満たらたらの状態で馬車に揺られる。俺たちを乗せた馬車は街の中央部に向かって、コトコトと進んで行った。
◇
「先輩! これ、美味いっすよ! マジで美味っす!」
「……お前の手に持ってるそれ。なんなんだ?」
「さあ? トカゲじゃないっすか?」
「み、見た目だけで言えばそうだね」
「お前、そういうのに忌避感ないのな」
トカゲの姿焼きみたいなものを興奮した様子で勧めてくるパウンドに、二人してドン引きする。
こんな買い食い紛いのことをしているのは、街の中央部へと続くメインストリートの内の一本。
メインストリートというだけあって、往来を行く通行人の数も、出ている出店の数も異常だった。
見た感じ、商品を売った純粋な商売をしている店は少ない……というより、パフォーマンスでお金を稼いでいる輩が多いのか。
半々ぐらいの割合で、サービス業とマジックショーもどきが混在している。
これも、この厳しい環境のせいと言える。敵地の中みたいなものなので、商品を取り寄せる手段が限りなく少なく、地産地消を強いられてしまうからだ。
ということで、この街では服さえ貴重品だったりする。服の繊維の素材となる植物や動物を育てている区画はあるものの、規模はとても大きいとは言えず、その需要量は賄いきれない。
もし、流通ルートを自らの手で確立できるなら、確実にここで一財産は築けれる。それだけ、この街は限界だった。
「………なずなには、油あげか」
(あ、主人? なぜ油揚げを? その偏見はどこから? 妾はどちらかと言うと、もっと噛み応えがある方が……聞いておるか!?)
「はいはい」
えーっと、油揚げ、油揚げは……
「よ、嬢ちゃんたち、寄ってくかい」
その大通りを歩いていると、小汚い老人に声をかけられる。店……って感じじゃないな。
本人と同じくらい汚れた布の上に座り、その老人の前に置かれているいくつかのゴミみたいなものに値札が貼られている。
どっちかって言うとフリーマーケットか。ゴミを縦横均等に並べて、商品らしく見せるという最低限の工夫が涙を誘う。
「これは石……ですか? どれも変わった形をしてますけど」
ゴミというフィルターをかけていてよくわからなかったが、確かによくよく見れば並べられているのは石だ。
適当に拾ったガラクタを売ってるってわけじゃないらしい。
コンセプトを持って、拾ったゴミを売っていた。
「いやいや、ただの石じゃねーよ? これは、『ウンカイ』って種類の石さ。持ってるだけで、幸運になる代物よ」
パワーストーンってやつか。また、随分と胡散臭いものを。
流石のパウンドも怪しいと思ったのか、怪訝な目を向けている。
「……っち、冷やかしなら帰んな。迷惑だ」
俺たちが金を落とす気がないと見抜いたのか、しっしと、手でどっか行けというジェスチャーをしてくる。
「な、なんすか? 私たちが何か」
「ほらほら、行くよパウンドちゃん」
「どうせ売れないだろうけど、邪魔してたのは事実だし」
「二度と来んな! ガキども!!」
酷い罵倒を背後に、俺たちはその場を後にする。パウンドは後ろ髪を引かれるように、チラチラとさっきの店を振り返っていた。
「なんすか今の店は!」
「店なんて呼べるほど、大層なものじゃなかったな」
なんて愚痴を言い合うこと数分、雑踏の中の音に混じって聞こえてくる独特な楽器の音色と綺麗な歌声に思わず立ち止まる。
「こ、今度はなんっすか!?」
「あっちの人だかりだな」
道を挟んだ反対側。一部に多くの人だかりができていて、音はその向こうから響いてくるのが窺える。
「路上ミュージシャンですか」
「あ、これ。この曲、どこかで聞いたことがあるっす」
「有名曲のアレンジだな。ってことは、演奏してるやつはプレイヤーか。金を稼ぐとしては、有効な手段だよな」
少なくとも、口から火を吹いたり、さっきみたいにガラクタを売るよりは、人を集めれて金を落とさせる良い商売と言える。
その分技術は必要だし、楽器代もかかるんだけどな。
効率が悪すぎるし、今みたいにこのゲーム内で路上で弾いてるやつの大体は、自己顕示欲を満たしたいだけのモンスターだ。
「あ、射的っすよ。射的! やっていきません?」
「段々、縁日染みてきたな」
「最近はあまり見かけませんけどね」
誘ってきたくせに、当の本人は俺たちを無視して、既にコルク銃を的として立ててある商品の方へ向けている。
ラインナップはぬいぐるみや、花柄のブローチといった微妙なものばかり。そんなのどうでも良いとばかりに、パウンドは狙いを定める。
「当てた! 当てたっすよ! あのでっかいぬいぐるみ!」
「あー、倒れてないからダメだな。はい残念」
「えー! あれ倒すとか不可能っす! というか、当てても微動だにもしなかったっす。絶対固定してるっすよね!?」
「嬢ちゃん、言いがかりはよしてくれよー」
なんてお約束の流れをNPCとしているパウンドをよそに、俺は後ろの方へ意識を向けていた。
さっきからチラチラと視界に入っていた、あのフードを被ったガキ。どこかで見たことあると思ったら道理で……
なぜここにいるかはわからないが、取り敢えず向こうに気づかれないようにだけはしておこう。厄介だったのは記憶してるし。
見つかったところで、バレるとも思えないけどな。




