幻術?
巣穴の方から鳴り響く警報。
桔梗の話じゃ、呪紋と警報装置は連動しているらしい。
この呪紋ってやつ、中々に厄介だ。構成員全員に刻まれているわけじゃないらしいが、普通に考えて見張りの奴らには刻まれてるよね。殺されたのなら、襲撃された可能性が高いんだし。
「おい! なんかやべー音鳴ってるぞ! バレたか?」
「当然でしょ!!」
その当たり前のことに考えが及ばなかったバカに、仲間のロングソードを構えた女が怒りの声を上げる。
タンク役にヒーラー、前衛アタッカーに後衛アタッカーの4人衆。シーフのポジションが埋まれば、理想的なパーティー構成になる。
で、こいつらは何者なんだ?
「こうなったらもう、闇討ちは無しよ! 正面から入って、叩き潰す! 『リサ』、そっちの倒れている子を頼むわ!」
「はーい」
そうこうしているうちに、最悪の選択を取ろうとする4人。それを阻止するように、俺を抱き上げ首元に凶器を突き立てて、人質をとったような形で立ち塞がる桔梗。
「動くなよ! 一歩でも動いたらこいつを殺す!」
さっきからやけに静かだと思ったが、どう立ち回るべきかで悩んでいたらしい。それで選んだ答えがこれって。
その場に釘付けにするって意味では、最適解かもしれない。
「さあ、この子の命が大事なら大人しく引き返して」
「無駄よ! 『ヴレイブ』!」
「あいよ!」
そう叫ぶや否や、俺たちの背後からピカッと光っている、宙に浮いた球状の光源が現れる。
これは光魔法か? なぜこのタイミングで?
視線を逸らすって意図なら失敗に終わっている。桔梗はこんなことじゃ動揺しないし、事実振り向いてすらいない。
目眩しだとしたら、前方に出現させるはずだ。
桔梗も、俺と同じように怪訝な顔を浮かべる。
「………何の真似だ」
「良いわよ聞かなくても。すぐにわかるから」
そう言ってニヤッと笑うと、懐から取り出した小槌と釘で、女の足元へと伸びていた桔梗の影の首の部分に、釘を打ちつけた。
変化は一瞬だった。
「か、身体が………」
そう呟いたと思うと、桔梗は持っていたナイフと一緒に俺を地面へと落とす。これは……バインド系の状態異常か?
「ふふん。驚いたでしょ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる勝気な女。その手に持ってる小槌と釘が悪さをしているのは、側から見て明らかだった。
「この小槌はマジックアイテムでね。これで影を打ちつけたものを、強制的に動かせなくする効果があるのよ。凄いでしょ」
「何、悠長に説明してるんですか。行きますよ」
「ちょ、ちょっと! お約束でしょ!?」
こんな敵地の真ん前で、そんなコントみたいなことを繰り広げられる。危機感に著しくかけていた。
何だそのチートみたいなマジックアイテムは。そんなもの持ってるなら、ますますここを通すわけにはいかなくなったぞ。奪われでもしたら、確実に不利になる。
というここいつらの自信はどこから来てんだ? 盗賊団なんか、4人でどうにかなるもんじゃないだろうが。いや、そこに文句を言ってても無意味だ。もうすぐ警報で飛び起きた奴らが駆けつけてくる。
それまでに、何とかこいつらを追い返さないと。
が、肝心の桔梗は行動不能にされている。無様に倒れ伏している俺が今、できることは少ないし。
この感じでは、事情を話しても聞き入れてくれるとは思えない。
ならもう、強硬手段を取るしかない。
「ねえ、大丈夫? ねえ」
「………うっ、うっ……」
「!? 意識はあるみたい!」
「静かに。何か喋ろうとしてる」
「み、水が……」
「水? 水責めでもされてたのか?」
よし、これぐらいで大丈夫か。そう判断して合図を送ると、巣穴の方からけたたましいサイレンに混じって、ゴゴゴゴッ……という音が聞こえてくる。
「な、何よこの音は?」
「この中から聞こえてくるみたいだぜ」
「段々と大きくなってますね」
「何かが迫ってくる……? でも一体……水? 水って、もしかして!? 逃げてみんな!! ここにいたら押し流される!!」
そう勝気な女が叫んだ途端、女を含めたパーティーの4人は何かに押し流されるみたいに、アジトの出口から遠くの方へと押しやられていく。
こう見るとえらくシュールだな。一人でに地面を転がっているようにしか見えない。
が、4人の表情は至って真剣で。遠くの方で息も絶え絶えの様子で、浜に打ち上げられた魚みたいに地面に横たわっている。
「な、何だよ今の!? 何がどうなったんだ!?」
「い、一旦退くわよ。このまま行くのはあまりにも危険だわ」
「そうですね……私たちには、まだ早かったかもしれません」
「もー! ずぶ濡れです!」
そう言って街の方へと逃げ帰る4人から視線を外して、隣の方でちょこんと座っている、なずなの頭を撫でる。
いつでも力を振るえるようにと、ここに入ってからずっと出しっぱにしていたが、やっぱり正解だったな。
盗賊団のヤツらにはそこにいることさえバレなかったし、さっきみたいに幻覚で支援もしてくれる。キツネの面目躍如ってところか。
能力を見ても序盤にゲットできるようなキャラじゃない。もう名前も忘れたけど、改めてあいつには感謝だな。
『う、うむ。主人からの評価が高いのは、なんとなく伝わった。そのことに関しては、とても嬉しく思う……が、やはり力は弱まっているな。先程の術の成功も、主人たち殿の協力があってこそだった』
そう言われ、先ほどまで動きを封じられていた桔梗の方を見る。当の本人は襲撃なんて気にしてない様子で、慌てて駆けつけてきた構成員のヤツらに適当に話をでっちあげていた。
俺は地面に倒れ伏しいかにも壊された身体を装いながら、口から出る嘘の巧さに素直に感心する。
コピーとは言え、本物そっくりってのは本当らしい。
ここに来る途中で、既に桔梗はマジックアイテムの人形とすり替わっていた。先程のゴゴゴゴッ……という不穏な音は、なずなの幻覚の成功率を上げるため、本物の桔梗の方が仕掛けたものだった。
勿論、最初から襲撃が来るなんて予想してはなかった。念には念を入れていて良かったよ。
◇◇◇
「悪いね、こんな任務。大変だったろ?」
「ええ、もう二度と御免よ」
膨大な量の報告書を手にして苦笑いを浮かべるカレイヌに、責めるような口調で言う。
結局、呪紋とやらのせいで当初の目的だったレベリングは果たせなかった。そのことで、少々不機嫌になっている自覚はある。
「もしかして……怒ってる」
「当たり前」
そう冷たく言い放って、カップをカチャリと置いた。
場所は、前と違ってギルドマスター室。カレイヌの横に控えている秘書らしき女性が、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「終わり際に、冒険者のパーティーと遭遇した」
「ああ。そうみたいだね」
「昨日の話は嘘だったの?」
静かにため息を吐きながら足を組んで、怒っていることを少しでもアピールする。
あんなに異邦人に対して恨み言を吐いていたのに、昨日の今日であんなことが起こる始末。管理不行き届き、怠慢としか言えない。
むしろ、お前らが煽ってるまであるだろ。じゃないと、昨日のヤツらが盗賊団を襲いにきた理由に説明がつかない。大方、討伐依頼でも出してんだろ、あ?
という思いを込めて、睨みつける。目は口ほどに物を言うらしい。
「……色々と勘違いしてるみたいだけど、ギルドは手を出してないことは初めに言っておこうか。異邦人の多くがあの荒野を目の敵にしてるのは、その多くがこの街に来る途中で襲われたからさ」
衝撃の事実……というほどのことでもないな。奴らのアジトはグレゴリー大森林にあった。命からがらオークキングのナワバリを抜けてきたヤツなんて、絶好のカモでしかない。
それでやられたら、悲惨にも程があるな。なんせ、もう一回オークキングを倒す必要性が出てくるんだから。
リディアという頼りになる用心棒がいて、心底良かったと思う。
「ま、恨み……ってだけではないんだけど」
「? どういう意味?」
「これを見ればすぐにでもわかるさ」
そう言って、カレイヌが引き出しから取り出し机の上においた紙切れを、秘書らしき人物が広げて見せてくる。
デッドorアライブ。
フィクションでよく見る感じの、懸賞金が書かれた紙だ。指名手配書……ってより、手書きだから人相書きに近いな。これが?
「そこに描かれているのが、アジトの大頭と呼ばれる人物だよ」
「へー、これが……で?」
「それがギルドのクエストボードに貼られている」
俺は怒りのままに立ち上がった。
「は? 何それ。何が、ギルドは手を出してないよ」
思いっきり煽動してんじゃねーか。ふざけんな。
「いや、本当にギルド側は何もしてないんだ」
「………どういうことだ?」
「君は、ゴキブリという渾名の男を知っているかい?」
そう前置きをすると、カレイヌはポツリポツリと話始める。




