ナンパ?
「私はこのゲーム初めて4ヶ月くらいかな。今は、『摩天楼』って名前のクランに入ってるよ」
「……クラン。クランですか」
「ゆりかごたちも来る? 楽しいよ、摩天楼。緩いしさ」
「んー? どうっすか、先輩? 私は先輩に合わせるっす」
「合わせんな、俺に振るな」
「えへへー」
一人増えて、更に喧しくなった。今更だが、なんで俺はこの小娘たちと行動をともにしてるんだ?
なんか、なあなあで流されてる気がする。ここはハッキリと言っておかないとな。
「おい、お前ら。良い加減俺に」
「君たち暇? もし暇ならさ、俺たちとパーティー組まない?」
あ?
俺は振り向いて、俺の言葉に声を被せて来やがったゴミを眼力を込めて睨みつける。
も、察しの悪いゴミはヘラヘラと笑って効いている様子はない。後ろに控えている似たようなゴミたちも同様だった。
ちっ、ナンパか。民度だけはどうしようもねーな。
しかし、これはチャンスでもある。後ろの高校生どもが絡まれている間に、俺は距離を取ってこの場を、
「ちょっと、ちょっと。逃げないでよ」
「は?」
今度はリアルに声が出た。
コイツ……なんで俺の腕を掴んでんだ? 標的は俺じゃねーだろ。さっさと離せや。汚ーんだよ。
そういう思いも込めて、振り解こうと腕をジタバタと動かすも、目の前の男は一向に離す様子を見せない。
いや、むしろ更に執着して来た。その足掻く様子がコイツの何かの琴線に触れたのか、その下卑た笑みをより深くする。
「弾かれねーてことは、同意ってことで良いんだよな」
そう言うと男は、俺の返答を待たずに力一杯掴んでいる腕を、自分の方へと引き寄せ
「ハッ!!!!」
「ウッ……いってーーな! このアマ!!」
ようとしたところを、ハロンに咎められる。俺の手首を掴んでいた腕をザックリと切られていた。
「だ、大丈夫ですか!? フクロウさん!」
「痛く無いっすか? ここ、掴まれたんすよね?」
男の手から離れた俺のもとに、2人が近づいてくる。それを見届けるとハロンは男を切りつけた凶器を突き出し、堂々と脅した。
「発言には気をつけた方が良いよ。罪が更に重くなるからね」
「は? 何言ってんだ?」
「もう運営に通報したと言ったんだよ」
通報というカードを切られても、男たちは未だ強がる。
「確かに通報した方が良いかもな。無実のプレイヤーを問答無用で切り付ける女がいるってな」
「まさか、罪を認めなければ言い逃れできると思ってる? カメラが無いからって……見られてないと思うのは、少々楽観的に過ぎるんじゃ?」
今度は目に見えて動揺が広がる。ハロンの妙に強気な態度に、どこか違和感を覚えたんだろう。
「知らないのなら教えておこう。ドラレコみたいなものさ。被害に遭ったプレイヤーの、視界情報を巻き戻して確認し、責任の所在を調べる。得た情報がデータとして記録される、このゲームならではの荒技だね」
そう言ってニコッと笑うハロンの笑みは、どこか悪魔的で……というか、男どもの反応マジで知らなかったのな。
このゲームの常識なんだが……いや、知ってたらナンパなんて迷惑行為、しようとするはずがないか。
しかし……
「どうしましたか、フクロウさん」
「先輩、浮かない顔してるっすよ」
「いや、まだ未遂だったなって」
その発言に二人してピシリと固まる。いや、良く見ればハロンも固まっているな。
「な、なに言ってるんすか!? 実害あったじゃ無いっすか!」
「いや、未遂だったろ。声をかけられただけだったし」
「う、腕! 掴まれてましたよね!?」
「…………それが?」
ん? 何か話が食い違ってるのか?
いや、確かに声はかけられていたが、それが実害かどうかと言うと、微妙なところな気がするんだが。間違ってないよな?
というか今、俺が腕を掴まれたことは関係ないだろ。
が、しかし、間違っていたのは俺の方だったらしい。
その俺の言葉に、ナンパして来たクズどもは我が意を得たりとばかりに、活気を取り戻した。
「ほら、見ろ! 同意だったんじゃねぇか!」
「おい、どう落とし前つけんだよこれ!」
「マジで良い加減にしろよテメー」
3人がかりで、ハロンに詰め寄る。も、ハロンの方は一切動揺した様子は見せない。
「面倒だな。まとめてかかって来なよ」
もはや、説き伏せるのも面倒になったんだろう。実力行使をしてやると、思い上がった馬鹿どもに宣言した。
「上等だよ、やってやるよ」
「一応言っておくが、俺らのレベルは30越えだ。舐めてたみたいだが、残念だったな」
「とっととやっちまうぞ」
完全にセリフは噛ませのそれだったが、彼らの自信を裏付ける要素は確かなものだった。
レベル30越え。この街のプレイヤーの平均レベルは15程度と言われているから、それはこの街にしては破格の数値だ。
「レベルでマウントを取るのは、あまり好きじゃないんだけど」
が、ここに至ってなお、その余裕は崩さない。まるで、その数値がさしたる問題ではないとでも言いたげな態度だった。
その余裕を隙と判断したのか、3人して一気に攻め立てる。三方から、バラバラの同時攻撃。
が、男たちの武器はハロンには届かない。
全員腕ごと、バッサリと落とされてしまった。
「私のレベルは60だよ」
そう言うとハロンは、何事もなかったように剣に飛び散った汚れを拭き取る。それはルーティンのように、手慣れていて、綺麗な所作だった。
◇
「先輩は危機感が薄過ぎる」
ビシッと額を指され、出会って1日か2日の女に、面と向かってそんな失礼なことを言われる。
「いきなり、意味わかんねーこと言うなよ」
「いや、先輩! これは私も言わせて貰うっす! 先輩はもっと、自分の可愛さを自覚するべきなんすよ!!」
んだよ、こいつら。とうとう頭がイカれたのか?
言うに事欠いて、可愛いはないだろ。可愛いは。あ?
「フクロウさんはそういう被害に遭った経験は?」
「なんだよ、そういう被害って」
「それは……そういう系の被害です」
ゆりかごが訳の分からないことを聞いてくる。こいつ、こんなに要領を得ない女だったか?
「だから、痴漢被害とか、暴漢被害っすよ」
「あるわけねーだろ! 俺は男だ!」
「どこが男なんすか! どこが!」
パウンドとグググっと額を突き合わせる。
「パウンド。今のは君が悪いよ。誰だって、そんな聞かれ方をしたら、嫌でも反発してしまうって」
「……確かにそうっすね。申し訳ないっす」
「わかりゃいんだよ、わかりゃ」
……本当にわかってんのか? どうにも、何かが違っているような気がしてならない。根本的なことが、どこか……
「それで先輩。ハッキリ言うが、彼らは貴方を狙っていた」
「は? んなわけねーだろ。あいつらは、お前らを」
「どうして、自分はそうじゃないと言い切れる?」
そう言われてハッと思い出す。確かに、俺を掴んでいたあいつ。あいつが俺に向けていた目は、同性に向けるそれではなかった。
……ま、まさか、あいつ……男でもイケるのか?
その発想に思い至ると、途端に背中に寒気が走る。さっきまで掴まれていた手首が、とても頼りないものに思えて来た。
ハロンが止めなければ、俺はあいつに?
……危機感が薄くなっていたのは、認めざるを得ないな。
「……やっと、自覚してくれたっすね」
「あ、ああ。俺が間違ってた。今度からはきをつける」
俺は、心からそう誓った。