盗賊?
「盗賊団退治に協力して欲しい?」
「ああ。頼まれてくれるかい?」
「いや、無理」
真面目な顔をして、そんな荒唐無稽な話をしている場所はリディアの屋敷に用意されている応接間。
差し出されたコーヒーに手をつけようともせず、真っ直ぐとこちらを見据えてくる。そこに、冗談を言っているような様子はない。
シラフに見えるが、顔に出ないだけで酔ってんのか?
「あなたも知ってると思うけど、私のレベルは16。まだ、第一段階すら突破してない。ほら見て、これ。あなたたちが発行したものよね?」
そう言って冒険者カードをカレイヌの目の前に突きつける。
召喚士や、クラン無所属と俺のプロフィールが書かれている中に、しっかりと現状のレベルも記載されていた。
が、カレイヌはどうでも良いとばかりにそれを押し除ける。
「別に戦えとは言ってない。ただ、橋渡しになって欲しいんだ」
「橋渡し? 協力者でもいるの」
「察しが良いね。その通り、件の盗賊団『荒野』には、私の協力者が潜入している。ただ、予想以上に警備が厳重みたいでね」
「連絡を取り合うことさえ、できないと」
「君と話していたら、楽で良いね」
俺の口ぶりから、頼み事の詳細まで把握されたと判断したのか、わかりやすく煽ててくる。悪い気はしない。
要するに、カレイヌは俺に情報の渡し役を望んでいるのだ。その協力者とやらが厳重な警備とやらでにっちもさっちもいっていない場所まで行って。
「話は終わりね」
「待った待った。もう少し話を聞いてくれ」
カップを置いて立ちあがろうとする俺を全力で引き止めてくる。なんでだ? その依頼に、俺の出る幕はないだろ。
「勿論、報酬は弾むよ」
「そういう問題じゃない。そもそも、なんで私に頼むの。それこそリディアにでも頼めば……いや、それができるなら、最初から潜入なんて面倒くさい方法選ばないか」
俺が一人で結論づけると、何度もコクコクと頷いてくる。どうやら、厄介な事情が絡んでいるらしい。
「ステイルか……」
俺が鎌をかける目的で、ごく自然になんとはなしでその名前を呟くと、わずかにピクリと反応する。当たりだな。
「……リディアが無理なら、アカツキは? あいつなら、上手いことやれるんじゃない? 知らないけど」
「いや、それは無理さ」
無責任にそう推薦すると、カレイヌは残念そうに首を振る。
「彼らは目立ちすぎる。マークされていると見て、良いだろう」
まあ、この街で一番の冒険者パーティーらしいからな。ただ、マークされてるってことは、その盗賊団の奴らが街の中に隠れてるってことか?
その荒野とやらの規模感を知らないから、よくわからないな。
「だとしても、私を選ぶ意味がわからない。使いやすい異邦人が欲しいなら、私以外にもいくらでも」
「フクロウ。私は異邦人であれば誰でも良いなんて思っていない」
力強く、咎めるように宣言される。なんで怒られてんだ?
「確かに異邦人は戦力として使いやすい。なにせ、死んでも死なないのだから。雑に扱えるという点でも、遥かに便利だ」
ギルドマスターとは思えない、とんでもない発言。ここには俺しかいないとは言え、あまりにも不用心すぎる。
「ただ死骸は残らないが、死んでしまった痕跡は残る。彼らは死んだ後に、性質上か知らないが所持している武器や防具や金銭などをその場に遺していく。迷惑なことに」
俺もその、異邦人なんだがな。
この話題になってから随分と言葉が強くなってる。自然としているようだが、抑えきれない激情と闘っているようだった。
これ、何かあったな。
「奴らのナワバリで死ねば、その分『荒野』の戦力は強化される。それを異邦人たちは分かってない節がある。これまでにも何度も無謀にも特攻して、奴らの懐を肥やしてきた」
ああ、それはキレるわ。命が軽い弊害が起きている。
「……すまなかったね。少々声を荒げてしまった。まあ、そういうこともあって条件に合う異邦人は中々にシビアなんだよ。信頼を寄せれて、実力もそこそこある。それに加えて、君はリスク管理がとても上手だ」
「……わかったような口を聞かないでよ」
「わかるんだ。そういうスキルを持ってる」
表情を変えることもなく、冗談みたいに軽い口ぶりで、判別に困る発言をしてくる。
スキルはなんでもありなだけに、嘘だと糾弾しづらい。
「そういうわけで、実は君に頼んで成功するかどうかはあまり心配していない。能力の有無は関係なしに、君にはやってくれると思わせる何かがある」
そう言い切ったカレイヌさんの頬はわずかに上気していた。自分でも恥ずかしいことを言っているという自覚があったらしい。
「……初めてだよ。出会って一週間ほどの相手にここまで腹を割って話したのは。今なら、リディアの気持ちもわかるかもしれない」
一人で勝手に納得しないで欲しい。それも、俺のスキルの影響が出てるってことなのか?
「それで……頼まれてくれるかい?」
その瞳が不安そうに揺れる。それは、初めて見る弱さだった。
この街を事実上取り仕切っている以上、近くに盗賊団が根を張ってるってのは、頭痛のタネにしかならない。
なんとか壊滅を目論んでいる裏で、当の盗賊団は着実に力を付けているというんだから、その心労は計り知れない。
同じ異邦人として負い目……なんてものは微塵もないが、こんな顔をされて無碍にできるほど、非情にもなれなかった。
「報酬は何?」
「え?」
「だから報酬。引き受けてあげるから」
「ほ、本当かい!?」
そう言って、ガッとテーブルに手を突き勢いよく立ち上がるカレイヌ。ここまでの取り乱し様を見るに、断られるとでも思ってたか。
報酬はあるとは言え、旨みがある話じゃないからな。
ただ、こっちにも事情がある。引き受けた理由の半分は同情からだが、もう半分は俺のレベリングが不足していたからだ。
(精強とは聞いたけど、不意をつけば一人や二人はヤレるかもな)
俺は脳内で舌なめずりをする。
レベルアップするために必要な要素、この世界では魔力よりも謎な経験値と呼ばれる数値。詳細は未だ一切が不明のままだが、魔物を倒すよりも人を倒す方がそれを効率よく手に入れれる。
理由としては諸説ある……というより、経験値が手に入る仕組み自体に様々な説があるためそうならざるを得ないんだが、一番言われているのは、同じ人間であるためということ。
生物を倒したときに経験値が入るのは、倒したという経験の他に、相手の経験値を奪うという、食物連鎖的なものだから。経験値が日々の生活の中で積み上がるものだとするなら、自分と同じような経験を持つ相手からの経験値は身体によく馴染むため……とかいう、わけがわからない理屈。
要するに、相性的に同種の方が良いとかなんとか。
ま、人間相手に得られる経験値が多くなるのは、殺したときに、自分の緑色や青色で示されるカルマ値がオレンジ色や赤色に上がったり、犯罪扱いで懸賞金がかけられたりと、ペナルティが多数存在しているからなんだろうが。
ただこのフルブラ内では、その簡単な事情を説明するだけに、ヘンテコな理屈を練らなければいけない。色々と大変だな。
で、話は戻るがレベリングの一番の最適解は、ハッキリ言って人を狩り続けることにある。同じレベル帯であるならば、魔物やクリーチャーより人間の方が、遥かに経験値効率が良い。
勿論、さっき言った通りペナルティは重い。が、それはカルマ値がオレンジ未満のプレイヤーやNPCを殺してしまったときに限る。
カルマ値がオレンジ以上の相手には、やりたい放題ってことだ。PK専門の殺しをするPKKが流行るわけだ。
正直、カルマ値を上げることに忌避感は無いが、前までの経験を踏まえても、上げないでいられるのならそれが一番だ。
そう考えると、この盗賊団は絶好の餌と言える。
カレイヌの悩みの種でもある傍迷惑に特攻していったプレイヤーたちも、同じ思いを抱えていたに違いない。
俺ならそんなヘマはしない。歴が違うんだよ、ひよっこどもが。




