G?
ガーデインの街に腰を下ろして、早一週間。
もうここに来た用事は済んでいるため、はっきり言ってここに止まっている必要はないが、あの屋敷の居心地があまりに良くてついつい滞在してしまっている。
あんなふかふかのベット、現実でもお目にかけれない。更にお抱えの料理長なんかもいて、食事も毎回あの屋敷に相応しい豪勢なものが出てくる始末。
一生住んでいていいと言われて、本気で悩んでいる。
「けど、ゆりかごは良いの? ここにいちゃって。ここ、タルスからも結構離れてるし、前に言ってた師匠とかいう人の元にも通えてないんじゃない?」
「うん、そぅだけど……取り敢えず今は大丈夫。幸いなことに、まだ直接教えてもらえるほど基礎ができてなくて。教えたことを延々とやり続けろとだけ、言われてるから」
それは幸いなことなのか?
なんてくだらない会話をしている二人の後ろに続いて、いつものように冒険者ギルドへ赴くも、その日は少しだけ違った。
空気が違うでも言うんだろうか。張り詰めたような、不思議な緊張感が漂っている。
酒場で飲んでいるもの、クエストボードの前で依頼を吟味しているもの、その全員がある一点をチラチラと気にしていて、いつもの盛り上がりを見せていない。
「………なるほどな」
そこでやっと、この微妙な空気の訳を察する。
その全員の視線の方向には、偉そうに高級そうな椅子に座って踏ん反り返っているおっさんが一人。
小柄で太っちょで禿頭。間違いなくNPCだな。
まあ、天地が逆転しても冒険者には見えない。むしろ、そいつらに対して役に立たないと悪態を吐く、アニメでよく見るいけすかない成金。
それがそのおっさんの、初見の感想だった。
で、その感想は概ね当たっていたみたいで。
「おい、まだか! いつまで私を待たせるんだ!!」
「すみません! カレイヌ様は今、少々立て込んでおりまして」
「おい! それは私が暇だとでも言いたいのか!? え!?」
「い、いえ! そのようなことは決してございません!」
ヘコヘコと腰が引けている受付嬢に、感情の赴くまま当たり散らす偉そうなおっさん。見ていて、気持ちのいい光景じゃない。
大変だな、接客業って。しかも、わざわざ用意されている高級そうな椅子や、あれだけ絡まれていても誰も助けに入ろうとしないところを見るに、本当に地位や権力もあるんだろう。どんな地獄だ。
というかこの建物、応接間とかないのかよ。なんでこんな不快なやり取りを見せられなきゃいけないんだ?
「もう良い! 私自ら、出向かせてもらう」
「いけません! ここから先は、関係者以外立ち入り禁止で」
「黙れ受付風情が! 私の邪魔をするか!?」
とうとう手が出るか? というところで、プレイヤー含め冒険者たちは動き出す。例えNPC同士の諍いとはいえ、無視することなんてできない。
あの受付嬢が可愛いってのもあるが、何よりあのおっさんの態度がムカついて仕方ない。厄介なクレーマーそのものみたいで、日本人の逆鱗に触れる。
「落ち着けよ、おっさん」
が、その動きに待ったをかけるような声が、ギルドの入り口から聞こえてくる。つまり、俺たちの背後に立っていた。
「その子、嫌がってるだろ。察せよ」
「こ、これはこれは。お見苦しいところをお見せしましたね」
その不躾な物言い、あの男にとって許せるものでもないはず。
だというのに、男は媚を売るように貼り付けた笑みを浮かべるばかりで、さっきまでの勢いはどこにもない。
こいつらに、弱みでも握られてんのかってぐらいに。
「知ってるだろそれ、ハラスメントって言うんだぜ」
「いえいえ、アカツキ殿! そのようなことは決して!」
「それはあんたが決めることじゃないだろ」
俺らが開けたスペースをズンズンと進んで、我らが救世主アカツキさんは、好きになる要素がどこにもない薄汚いおっさんにド正論を正面からぶつける。
後ろに控えている兄貴肌の男も、筋肉を見せつけて威嚇しながら援護射撃をしていた。今日は、他の奴らはいないみたいだ。
「そ、そうですね。すみません、語気を荒げてしまって」
「い、いえ……」
おっさんは一瞬苦々しい顔を浮かべるも、すぐに薄っぺらい笑みを貼り直して、先の受付嬢へと心にもない謝罪をする。
語気を荒げたってレベルでもなかったし、そんな軽い謝罪で済む内容でも無かった。
が、ハラスメントを受けた受付嬢は逃げるように引き退る。目をつけられたくないと、顔にでかでかと書かれていた。
「………それで? あんたは何しに来たんだ? 嫌がらせか?」
「い、いえ! とんでもない! ただ、カレイヌさんへしていた頼み事の、現状を伺いに来ただけでありまして」
「アポ無しでか?」
「い、いえそれは……どうやら、手違いがあったみたいで……」
嘘だな。
さっきのやり取りを見られて、あまりにも見え方が悪いと判断したのか、必死に言い訳を並べるおっさんを見て気持ち悪くなる。
それはパウンドたちも同じみたいで、あの金丸とかいう変態にも向けなかった冷たい目を見せている。
「良いから、取り敢えず出ていってくれ。ここはあんたが、鬱憤を晴らすため怒鳴り散らすような場所じゃない」
「そ、そうですね。どうやらカレイヌさんも忙しいみたいなので、また日を改めて伺わせてもらいますよ」
尻尾を巻いてって言葉が似合うぐらいに、無様にギルドを出ていく偉そうなおっさん。塩撒いとけ、塩。
そして、おっさんが出ていって入り口の扉が閉まったと同時に、決勝ゴールを決めたみたいにギルド内はかつてない盛り上がりを見せる。
みんなが口にできなかったことを堂々と言い切ったアカツキをそこにいた全員で囲んで、胴上げが始まってしまった。異様に仲良いなこいつら。
「うわー……あの人、随分と嫌われてたみたいっすね」
「うん……でも、なんとなくわかるよね」
「ま、好かれる要素は微塵もないわな」
「なんだネェちゃんたち。ゴキブリのことしらないのか」
3人して好き勝手にそう、あのおっさんを評価していると、輪から離れて一人チビチビと酒を飲んでいたおっさんに話しかけられる。
「ゴキブリって……」
「さっきのクズの渾名だよ。異邦人の奴らが言ってたぜ、名前を聞くだけで忌避されるような生物なんだろ。あいつの渾名にピッタリだ」
随分と攻撃的な渾名だ。その名前を冠するなんて、中々だぞ。
「おじさん。さっきの人、知ってるんすか?」
「そりゃあ、嫌でもな。名前は『カルゴ・ドアン』。領主様直々にガーデインの総督府長官に任命された、可哀想なやつだよ」
「総督府?」
「簡単に言えば、俺らを監視するために建てられたもんさ。例え独立しているとはいえ、ここも領地の一部。蜂起でも起こされたら、たまったもんじゃないからな」
まあ、なんとなくわかる。その総督府長官ってやつに選ばれて、可哀想って言ってたわけも。
あの肥えた見た目は、どう見ても権力の沼に浸かっていた証拠だからな。こんな明日もわからない場所に送られて嬉しいわけがない。
「無駄に偉そうだったのはどうして?」
「そりゃ、簡単な話よ。あいつにはあくまで、監視の義務が与えられてる。つまり、領主の奴らに反乱の意思ありと適当に報告でもされたら、すぐに兵がすっ飛んで来やがる。そうなれば」
「ここの街は戦場になるな」
「そういうこった。で、それを俺らの心優しいギルドマスター様は望んではおられない。波風を立てないようにと気を遣う。それで勘違いしちまったんだよ、あのバカは」
ここを実質的に仕切っているのは冒険者と言っていた。そのトップであるギルドマスターを武力で脅して、自由に使える立場にあると。そりゃ、あんな横柄な態度にもなるか。
「あいつには良い噂を聞かないんだよ、ホント。前任者が好感の持てる人物だっただけに、よりクズさを実感しているんだよみんな」
この異様な盛り上がりのわけを、それとなく話してくれる。
全員、ギルドマスターを立てて口にはしてないだけで、鬱憤は溜まりまくってんだな。
ゴキブリなんて渾名がつくのも、納得だった。
「でも、アカツキさんに対しては……」
「ああ……まあ、あいつらは良い意味で有名だからな。ちゃんと実力もあるし、自分の手駒にしときたいんだろうよ。なんて下心が透けて見えるから、尚更ムカつくんだよ」
そう一息に言い切って、グビッと酒を呷る。その胡乱に澱んだ瞳には、言葉には言い表せない怒りが見てとれた。




