悪意?
「もー! 飛ばしすぎだって!」
怒ったような口ぶりをしたクローシアとかいうチビスケが、オークキングの飛んできた方向から、同じように飛来してきた。
が、さっきのデカブツとは違い、ちゃんとコントロールができているらしく、見事に着地したそいつは俺たちの姿を発見する。
「あ、リディアさーん!」
嬉しそうに飛びつくクローシアを、リディアは片手で何事もないように抑える。
「いつも言ってるだろ。あんたらはやり過ぎなんだよ、もうちょっと抑えることを覚えな」
「あ、迷惑かけちゃいましたか? すみません!」
この口ぶりだと、さっきのふざけた光景はクローシアたちの仕業だったらしい。リディアの方は、それを最初からわかっていたみたいだ。
………は? あれが、こいつらの? どこをどう考えたって、あんな巨大をここまで飛ばすなんて人間業じゃないだろ。
しかも、それをプレイヤーの手によって?
俺が知らない間にプレイヤー間で革命でも起きたのか? 置いてかれた様な、どことなく寂しい思いを感じてしまう。
いや、真面目に考えろ。
まず、魔法という線はあり得ない。物体をこんな風に飛ばせるなんて、風魔法か爆破魔法ぐらいだろうが、爆破魔法だとしたら目に見えてわかるだろうし、風魔法だとしてもあまりにも静かすぎる。
余波が来ないなんて、まず考えられない。
スキルだとして、あの加速度を考慮すると投擲系のスキルじゃないはず。どっちかというと、バットでフルスイングしたみたいな吹き飛ばす系。威力計算はまず無理だな。
原型自体は止めていたことから、そもそもダメージを与える系のスキルではないだろう。弾く系、もっと正しく言えばノックバック系のスキルに近い。
強制的に時間稼ぎをできることを考えたら、相当有用なスキルだ。ただのオーク程度だったら、地面にぶつかった衝撃で死んでただろうし、殺傷力も申し分ない。
ただ、後を追ってきたクローシアのセリフから考えるに、出力をミスっていたらしい。
そういう扱いにくさでバランスを取っているのか?
「ーーパイ! 先輩! 大丈夫っすか!?」
俺が一人考え込んでいると、パウンドが力強く肩を揺さぶってくる。おい、前衛職なんだから、力加減考えろ。酔う。
「何よ、いきなり」
「いきなりじゃないっすよ! ほら!」
そうパウンドが指を刺した先には、頬を膨らましたクローシアが立っている。なんか、ますます子どもっぽいな。
「あー! また、子ども扱いしてる!」
「してない。それで? 何か用?」
「フレンド登録しよー!」
「しないわ」
こいつも、しつけーな。
「じょーだん! ただ、謝りたかっただけだよ! 迷惑かけたみたいでごめんね!」
「別に良いわよ、実害も無かったわけだし。ね」
「は、はい………」
………ん? ゆりかごに同意を求めたつもりだが、返事が遠い。いや、物理的に距離が離れていた。
ゆりかごのやつ、まるで俺から距離を取るみたいに、パウンドの後ろに隠れてやがる。なんだ、いきなり?
俺が近づくと、その分パウンドごと距離を取って更に縮こまる。
さっきのアレで嫌われたか? いきなり抱き上げたしな。まあ、それならそれで好都合だ。更にパウンドからも嫌われることができれば、こいつらともバイバイできる。
「何してるの? ゆりかご」
「う、うー………」
パウンドにそう問われても、顔を真っ赤にしたまま、一向に俺に顔を合わせようともしない。
嫌われたら一瞬だなと思いながら、チビの方へ向き直る。
「ほら、なんともないでしょ」
「そ、そうかな? バリバリ実害出てる気がするけど」
気まずそうにクローシアは尋ねてくる。良いんだよ、別に。お前はそういうの気にしないキャラだろうが。遵守しろ。
「それより、あんた。この死体どうするつもりだい」
そんなギクシャクとした雰囲気の中、構わないとばかりに、さっきまでオークキングだったものを指さしてリディアは尋ねる。
「リディアさんにあげるよ。倒したのはリディアさんでしょ」
「要らないよこんなの。嵩張るだけさ」
酷い言い草だな。オークキングの素材は、防具にするにしろ調理するにしろ、そこそこ優秀な効果を発揮する。
倒すのが難しい分、素材が美味しいというのは、このゲームにおいて共通していることだ。
そんな初心者から中級者まで、垂涎の的であるその素材を、二人して粗大ゴミみたいな扱いをするなんて。まあまあ、狂気的だ。
「えー………これ、いる?」
「あの、気持ちはありがたいんですけど……」
「け、結構っす」
押し付けられているという雰囲気を感じたんだろう。大分、勿体無い選択をしてしまっている。いや、俺も要らないんだけどな。
「はー、持って帰るか……」
そう深いため息をつくと、クローシアはオークキングの死体に冒険者の七つ道具の一つであるロープを括り付けて、えんやこらと引きずっていく。
「あれ。素材としての価値は、ガタ落ちするな」
「そうだね……持ち上げて運べば良いものを」
いや、それができるのはお前だけだろ。正直日本人からしたら、自分よりも何倍もでかいやつを引きずってるだけでドン引きだよ。
『主、少し良いか?』
「ん? どうした?」
『先程のあれは、間違いなく誰かの攻撃を受けていたぞ』
なずなのその言葉に、俺は頭を巡らせる。先程のあれっていうのは、多分俺が不様にこけたやつのこと。
やっぱり、ドジだったわけじゃないよな。少し安心した。
「でも攻撃って? 魔法を使われたなら、リディアが気づくだろ」
『妾も気づくぞ……確かに、主の言う通り魔力による直接的な攻撃ではなかった。ただ、おそらく既に主は何者かに攻撃を受けていた。微量ではあるが、何かを施されている痕跡もある。主、何か心当たりはないのか?』
「いや……特にない」
なるほど、デバフ魔法か。なずなの助言がなければ気づかなかったが、言われてみればその可能性が一番高い。
多分、幸運値を下げられてる。
このゲームをやっている上で中々そのステータスの恩恵を感じることは少ないが、その数値が低いと、確立でランダムに『不運』が発生してしまうという、地味に面倒くさい事態に陥る。
ダイスを振って、失敗になる数値が増える感じ。
これは、判断が難しい。
勿論デバフ魔法をプレイヤーに使うのは、正当防衛でもない限りあまり良い顔はされないが、幸運値を下げられたところで基本的にイタズラレベルの嫌がらせにしかならない。
さっきみたいに運悪く噛み合わない限り、手に持ってるものを落としやすくなる程度のしょぼい不幸で終わってしまう。
そもそも、何の理由で俺を狙ったのかは不明だが、害意はあっただろうが、殺意は無かったと見るべきか?
案外、悪質なプレイヤーが試し撃ち感覚で適当なプレイヤーにデバフ魔法を使った……程度のことかもしれない。
これが他のステータスなら、PK狙いの可能性もあったんだが、幸運値は絶妙すぎる。
戦闘は有利に進められるだろうが、敏捷値とかもっと他のステータスを下げた方が、明らかに効果的だからだ。
どれだけ考えても答えは出てこない。
そもそも、これが特定の個人によるものと決まったものじゃない以上、考えただけ無意味ではあるんだがな。
『とにかく、気をつけるべきだ主。狙われている可能性も、否定できるものではない』
「いや、気をつけろって言われても」
容疑者、何人いると思ってんだ? いつかけられたかわからない以上、全員が怪しく見えてくるぞ。
「無視だ、無視。例え狙われているとしても、幸運値を下げて殺害、なんて迂遠なことをしている奴にやられるわけないだろ」
そう自分に言い聞かせる。大丈だよな、うん。うん?




