採取クエ?
「なんか俺、初めてMMO的なことをやってる気がする」
「変なこと言ってないで、先輩も働いてくださいっす」
生い茂る草むらに立ちながら、感慨深い思いを抱く。
薬草採取のクエストなんて、いかにもMMOっぽい。ただやったやられたを楽しむだけなら、fpsで良いしな。
「ほら、フクロウ。見つけてきたよ。上物の『イエルバ草』だ」
「ありがと。助かるわ」
「あのー、甘やかさないでくれると助かるんですが……」
ゆりかごはそう遠慮気味に、俺たちのクエストに半ば無理矢理ついてきたリディアに苦言を呈する。
別に良いだろ、このぐらい。
「先輩は召喚獣呼べるんだから、そっち使ってくださいよ!」
「嫌、可哀想でしょ」
側に控えている真っ黒い、犬みたいに従順な狼を撫でながら、抗議するような目を向ける。
この付近には、雑草に混じって毒草も生えているらしい。間違えてそれを食いでもしたら、どう責任を取るつもりなんだ。
それに魔獣は戦闘に特化しているため、普通の獣に比べると、感覚期間は著しく劣っている。
そもそも、戦闘以外には向いていないんだ。
召喚して命令したは良いものの、困ったように辺りを嗅ぎ回る姿を見せられて、薬草探しなんて重労働頼めるわけもない。
「……せめて、なずなが使えたらな」
(先も言ったが、妾は上位存在である。そのような些事に特化したスキル、持ってるはずがなかろう? というか、そっちの犬っころは大切にするくせに、妾にはそのような酷なことを求めるのか)
拗ねたようにつらつらとできない言い訳を並べるなずなを無視して、言われた通り薬草探しを再開する。
大体、見た目が似すぎてんだよ。その辺によく生えてる雑草に。
その反応道端に生えてる雑草の区別がつかないとか、そういうレベルの話じゃない。
実際、三つ葉と四つ葉のクローバーほどの違いしかないのだ。
この三つ葉ってのが一番ポピュラーな雑草、『ユグナ草』。
生命力がバカほど強くどんな土地でも生えることができるため、大陸の至る所で見かけることができるとか。
薬や毒にもなることもなく、強度も弱い。更に、煮ても焼いても美味しくならないので、普通に何にも使えない。
そのため、プレイヤー間では役立たずに対する蔑称として『ユグナ』が使われていた。あの悪い流行り、まだ生きてんのか?
これに対して四つ葉って言うのが、クエスト対象にもなっている、『イエルバ草』。
ユグナ草と見た目は非常に酷似しているが、ユグナ草とは違い限られた土地にしか生えない。
その有能性もユグナ草とは段違いで、傷を癒やす効果や毒素を抜く効果。更には頭痛や喉の痛みとかにも効く、まさしく万能薬。
ポーション精製の素材としても使われ、効果も強く取り扱いも楽なところから、初心者の薬師から上級者まで幅広く人気のある代物。
ただ、さっき言った通りユグナ草とイエルバ草の見た目は酷似している。そういう関連のスキルを持っていなければ、手に持って見比べなければわからないほどに。
そのため、イエルバ草の市場価格はアホほど高い。
その供給の難しさと需要の豊富さから、値崩れしない、商人にとって心強い商売道具の一つだ。
「ほら、また見つけてきたよ」
その場で屈んで辺りを手探りで探している間に、嬉しそうに収穫物を見せびらかしてくるリディア。
爆釣している隣で坊主になってる気分だ。場所が悪いのか?
「……鑑定眼でも持ってんのかよ」
「いや? いらないだろ、あんなゴミスキル」
このゲーム内に存在しているスキルをゴミスキルと言い切るか。初心者から中級者まで、結構人気なスキルなんだけどな。
ただ、ただの鑑定眼じゃイエルバ草を見分けることまではできないんだが。植物とか、そっちの方に資質を伸ばさなければいけない。
そのためにはそれ系統の職業に就く必要があるから、やっぱりイエルバ草は貴重だったりする。
「ユグナ草とイエルバ草の見分けがつかないなんて、私に言わせれば冒険者として初心者さ。基礎ができてないね」
冒険者としての基礎はそこになるのか。多分、それが基礎になるならイエルバ草の価格は値崩れするだろうな。
「す、凄い。この量をあんな短時間で見つけるなんて」
「あんな豪邸を持っていたのも、納得っすね」
あれ、イエルバ草御殿だったの? うらやまっ。
◇
「お、イエルバ草じゃないっすけど、なんかゴテゴテと目に優しくない色合いの花を見つけたっすよ。これ、レアじゃないっすか?」
「それ毒草だろ。図鑑に書いてたぞ」
「えー? このハートマークが付いているこれっすよね? ハートマークが付いてるから、毒草じゃないっすよ」
「それは人の心臓を意味してるんだよ。見てみろ。そのハート、ヒビが入ってる。最初の必読のページ、読んでないのか」
「えー? 残念っす……」
「?? デジャブ?」
(どうやら、無駄話をしている暇はないみたいだぞ)
3人でわちゃわちゃ話していると、さっきまで子どもみたいに拗ねていたなずなが、そう警告してくる。
そのすぐ後、ピッタリとくっついて微動だにしなかった『くろ』が、電池を入れられたみたいに急に吠え周り始めた。
こう見ると、召喚獣って便利だよな。
「え、なんすかいきなり!? 敵っすか!?」
「こんな開けたところに?」
さっきまでの緩やかな雰囲気はどこへやら、完全に警戒体制に移行する二人。それに比べてリディアは、気の抜けた様子で呆れ気味にため息さえついている。
ま、本当にやばかったら、先にリディアが警告してるよな。
「どこっすか!? どこっすか!?」
「上よ、上」
なずなに指示されるまま、視線を彼方の方へ向ける。
………なんか、大森林の方から飛んでくるな。隕石か? いや、あの悍ましい顔に、岩みたいにでかい図体。猪みたいに立派な牙。
オークキングだ、オークキングが飛んできた。
そのギャグみたいな光景に、思わず笑ってしまう。あの化け物、空も飛べたのか? いや、どっちかっていうと……
なんて考えている間に、ぐんぐんと飛距離を伸ばしてきたオークキングは標的を定めたみたいに、こっちへ突っ込んでくる。というより落ちてきてんのか。
「やばい! ぶつかるっす!!」
「ま、待ってパウンド……きゃっ!」
その場から離れる途中、どこからか出てきたドジっ子属性で、ゆりかごが足をもつれさせてずっこける。
しかも、丁度あのデカブツが落ちてくるであろう場所で。
やばいな……間に合うか?
逃げていた足を止め、ゆりかごの元へと駆け寄る。そして抱き上げてって……重いな。小柄なのに、案外体重はあるんだな。
「ふ、フクロウさん!?」
「黙ってろ」
そして抱き抱えてここから離れるだけ……ってところで、その場で派手にずっこけてしまう。
………………は? 恥ずっ。
じゃねぇ、おかしいだろ。なんで今、こけたんだ? 魔法職を選んだとはいえ、身体能力は現実と同じなはずだ。何もないところで、こんな簡単にこけるか?
何か、見えない力を感じる。
魔法か? いや、それならリディアが気づくはず。近くに誰かが隠れていたとしても、なずなが見つけるだろ。
だとしたら……なんて、考えている間に猶予は消えていく。
風切り音とともに降ってくるそれは、隕石となんら変わらない。まるでダンプに突っ込まれるようなそんな類の恐怖を感じる。
痛覚設定切るか? いや、間に合わない。クソがっ!
最後の足掻きとばかりになずなを召喚しようとしたところで、リディアが這いつくばってる俺たちの前に立ち塞がる。
「『アジャスト』」
耳をつんざく轟音とともに聞こえてくる、ボキボキという骨が粉々に折れるような嫌な音。
背筋が凍った。
簡単な物理学だ。あの運動エネルギーを伴った巨大とぶつかって、無事でいるはずがない。無事で終わるはずがないのに。
自分の心の中に喪失感があることに、自分で驚く。見てくれが良いだけのただのNPCでしかないのに。
たかが好意を寄せられたくらいで特別視してしまっている自分に、どうしようもない嫌悪感を覚える。
大怪我を負っているだろうに、気丈に立ち尽くすリディア。
飛んできたオークキングは何かに弾かれたみたいに、骨や臓器を剥き出しにして地面に転がっていた。
顔面も判別できないほどに潰れていて………ん?
んー? これ、さっきの骨が折れる音、こっちから聞こえたのか?
「ど、どうしたんだい? そんな青ざめた顔をして」
どうやらそうらしい。振り返ったリディアは、俺も心配もバカらしくなるぐらいピンピンとしている。
もはや、笑うしかないな。




