洗礼?
「おいおい、なんだよこの騒ぎは」
「えー、カレイヌさん。またやったのー?」
カレイヌの折檻で辺りがしんと静まっている中、そんな空気をぶち壊すように冒険者の一団が入ってくる。
それだけで張り詰めていた空気が華やかなものになった。
まあ、声のかけるやつの多いこと、多いこと。ここじゃ、有名なパーティーなのかもしれない。
全員プレイヤーの6人パーティーで、装備を見るに編成は前衛4枚、後衛2枚とバランスの取れたもの。男女の内訳も4:2と理想的なものだ。
「君たちか。随分とまた、速かったね」
「カレイヌさん舐めすぎー。あの程度、ちょちょいのちょいよ」
その中の一人、クエストに行ってきたとは思えないほどの軽装をした真っ赤な髪の少女が、親しげにカレイヌへと抱きつく。
盗賊か? いや、それにしても軽装だ。それに、罠解きの道具の一つも持っていない。
なるほどね、拳闘士か。小さい身体でよくやるよ。
その時、ふわりと風が吹いたので、俺は咄嗟に右手を前に出す。
「…………ん? あれー?」
俺にガッチリと右足首を掴まれ、片足で立っている状態で、少女は心底不思議そうな表情を浮かべる。
随分と良い蹴りだな。スキルではなく魔力も乗っていないはずなのに、掴むのにギリギリだったぞ。
つか、なんなんだいきなり。
「せ、先輩!?」
「フクロウさん!」
「大丈夫よ。この程度」
わかりやすく挑発すると、肉食獣みたいな獰猛な笑みを浮かべて、あからさまにのってくる。扱いやすいな。
俺が右手を離すと、即座に距離を取って構えを取る。第二ラウンド開始かとこちらも身構えるも、そこで邪魔が入った。
「待った! 待った! 何してんの!」
「落ち着け! 良い加減にしろ!」
「嫌! 離して、変態!」
「す、凄い。『クローシア』さんの一撃を止めるなんて」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ! 止めるの手伝え!」
ワイワイと、少女の周りを囲んで騒がしくなる一同。なんだ? 揃って喧嘩を売りにきたわけじゃないのか?
「悪い! うちの馬鹿が、迷惑かけた!」
「お姉さん。今、こいつのこと小さいと思ったっしょ。それに反応したんだよ」
謝罪されて、説明されても意味がわからん。そんなことで、初対面のやつに蹴りをいれるか?
「許してやってくれ! この通り!」
「ほら、お前も謝んだよ!」
6人の中で、リーダーらしき男とガタイの良さそうな男が、協力して許しを得ようとしているが、本人にはその気が全く無いらしい。
耐えようの無い衝動を胸に秘めて、今か今かと拘束が解かれるのをうずうずしている。筋金入りのバトルジャンキーだ。
「………クローシア?」
が、その闘気が冷や水をかけられたみたいに、一瞬で鎮まる。
その6人の中で、誰よりも背が高い女性。
死んだ魚のような無気力な目をした、気怠げな雰囲気を纏ったその女が、白くて細い白魚のような指を肩にかけただけで、少女は縮み上がったように全身を強張らせる。
「ご、ごめんなさい……」
「ん」
それを反省したと受け取ったのだろう。その肩にかけていた手をどけて、少女を俺の方に押してくる。
「いきなり蹴り付けて、すみませんでした」
ピシッとした最敬礼。さっきまでの態度と違いすぎて、思わず笑いそうになってしまう。
傍若無人系バーサーカーのロープレはどこいったよ。
「先輩?」
「フクロウさん?」
じっと固まったままの俺を見て、2人が静かな圧をかけてくる。
はいはい、わかったよ。許すって言えば良いんだろ。二人からの信用が無いみたいで、どことなく悲しい気分になる。
大体、許すって言葉。俺、嫌いなんだよな。とかなんとか思いながら、そういう旨の発言をすると、ちっこい少女は嬉しそうに俺の手を握ってくる。
「ね! 名前は? 私はクローシア!」
「フクロウ」
「そうなんだ! ね、フクロウ。フレンドになろ、フレンド!」
「嫌」
掴まれた手をすっと引っ込めて、俺はすげなく答える。
「えー……なんでよー」
「ごめんなさい。フクロウさん、こういう人で……」
「そうなんすよ。付き合い長いのに、私たちもまだフレンド登録してくれないくらいっすから」
不満たらたらのクローシアに対して、二人の手厚いフォローが入る。付き合い長いって、まだ出会って2週間も経ってないが。
「へー」
今度はクローシアがすげなく答える番だった。相手への印象を勘定に入れていない塩対応。
あれか? 弱いやつには興味ないってやつか?
だとしてもここまで徹底できるものなのか。良心の呵責とか微塵もないのな。ゆりかごなんか、引き攣った表情をしてるぞ。
「……………」
が、ここでノッポからの無言の圧。
さっきの再放送みたいに態度を一変させたクローシアは、朗らかな笑顔を見せて、親しげに2人に話しかける。
リア友なのか? その関係性が、構築されすぎている。
「うちの馬鹿が迷惑かけて、ほんとごめんな。俺は『アカツキ』、一応このパーティー『六つ牙』のリーダーをしてる。それでこっちが」
「『政宗』だ。よろしく!」
「あ、『クラーク』です。付与術師やってます」
「『しかまる』。よろー」
好青年系、兄貴肌系、ひ弱系、不真面目系か。なんかのアニメのキャラみたいに、個性がバラバラだな。
そっちの方が都合は良い、覚えやすいから。
それで残った一人が、
「…………『ベル』」
全員の視線が向けられているのにも関わらず、そのベルという女はマイペースな態度を崩さない。
こいつはあれだな、これを演技でもなく素でやってる。
他の5人に比べて、こいつだけ底が見えてこない。大物の気配みたいなものを、ひしひしと感じていた。
「自己紹介もすんだみたいだね。この子たちは今日ここに来たから、色々と教えてやってくれると助かるよ」
さっきまで傍観を決め込んでいたカレイヌが、話がまとまったと見るや、笑顔で話しかけてくる。
いきなり初対面のやつに蹴り付けてくるような危険人物がいるなら、先に教えておいてくれ。
「ほー、今日ここに来たのか。大変だったろ」
「いえ、そんなことはないっすよ。リディアさんっていう人に、連れてきてもらったんで」
「え!? リディアさんに!?」
リディアという名前に大袈裟に食いつくクローシア。
「知り合いなんすか?」
「そりゃあ、もう! というか、ここにいてその名前を知らない人なんていないよ!」
熱に浮かされたように、リディアについて熱弁するチビ。周りを見れば、プレイヤーやNPCに限らず、多くの人が頷いている。
「ってことは、リディアさん帰ってきてたんだ!」
そう言うとくるっと180度回転して、急いでその場を走り去っていく。台風みたいに、忙しないやつだ。
「しかし珍しいな。あの人が依頼を受けるなんて」
「え? 依頼っすか?」
「ん? 依頼したんだろ? リディアさんにガーデインまでの護衛を。まあ、何の目的があってかはわからないが」
「いえ、リディアさんがガーデインまで行くと言うので、同行させてもらっただけですけど……」
「は?」
話が噛み合っていないな。こいつら、わざわざ俺たちがあいつに金払って連れてきてもらったと思ってんのかよ。
「え? 何? てことは無償であんたたちをここまで運んだの」
「え? あのリディアさんがですか?」
「あの金にがめついリディアがか?」
……これまた、随分な言いようだな。
冒険者としてそうあるべきなのは正しいんだろうが、流石に可哀想に思えてくるぞ。
そうやって困惑している男4人を見て、カレイヌは一人意地悪そうな笑みを浮かべている。
ベルはというと、いつの間にかその場から姿を消していた。
あの長身で、消えたことに気づかなかった? マジで?
ずっと見ていたわけじゃないが、視界の端には捉えていたはずだぞ。いなくなったら、気づかないわけないんだが。
本当に何者なんだ、あいつは。




