テンプレ?
「……ふんふん。なるほど? 君がフクロウ君だろ」
「え、ええ」
ガーデインに建てられた冒険者ギルド。
ここに来て翌日、なぜかギルド長室に通されてしまった俺たちは、怖い顔のお姉さんと対面していた。
銀髪の綺麗な髪を腰の辺りまで伸ばし、目には眼帯といかにもな見た目をしている。コスプレとか、人気になりそうなそれだ。
どことなく感じる威圧感は冒険者のそれだが、多分現役は引退しているんだろう。そういう筋肉のつき方をしている。
それでも尚、その威圧感が彼女の乗り越えた修羅場の数を示す。
ああ、笑顔だけどとっても怖い。切れ長の眉に瞳と、顔が例に漏れず整っているので、より一層。
「初めまして、私はカレイヌ。ここでギルド長をしている」
そう言って立ち上がると、向かって左に立っている俺に向かって、握手を求めるように手を伸ばしてきた。
ん? こっちの自己紹介はまだなんだが。
「ああ。君がフクロウ君なのは、一目見てわかったよ。リディアから、良い感じの人ってことは聞いていたからね。聞いたときは、随分と抽象的な説明だと思ったが……なるほど、納得したよ」
俺が戸惑っていると、クスッと微笑んで補足的な説明を入れてくる。随分と、色々な意味を含有してそうだ。
これは……好意的に見られてるとみて良いのか?
「待ちな。いつもの癖で、声かけてんじゃないよ」
「……おやおや。また、随分とデタラメを」
そこで、俺たちと一緒に部屋に入ってからずっと無言の圧を飛ばしていたリディアが、俺を庇うように前に出る。
まるで龍と虎だな。そんなオーラみたいなものを幻視した。
「……安心しなよ、リディア。確かに魅力的だとは思うが、私にそっちの気はない。いや、そっちの気もないと言うべきかな」
「は、はー!? 別に私だって、誰でも良いってわけじゃ!」
焦ったような、怒ったような、珍しく慌てた様子のリディアを猛獣使いよろしくヒラっと交わして、カレイヌはこっちに視線を向けてくる。
これは俺たちに自己紹介しろってことか。
「私はフクロウ。ここには、長居するつもりはないわ」
「……え? あ! ゆ、ゆりかこです」
「パウンドっす! 以後、お見知り置きくださいっす!」
そう、簡潔に自己紹介をするとカレイヌはうんうんと頷く。
「改めてようこそ、ガーデインの街へ。色々と戸惑うこともあるだろうけど、ここには、君たちと同じ異邦人もたくさんいる。何かあったら、彼らに尋ねれば良い」
異邦人って言うのは、俺らと同じプレイヤーのことを指す。まだ自分たちのことを異邦人と名乗ってはいないが、夕方からしか来れないってところで色々察したんだろう。
このゲーム内の時間軸は現実とまんま同じペースで進んでおり、多くの異邦人は、日中活動しないことで有名だからな。
このゲーム内の住人からしたら、日が沈み始めた頃に起き出して、日がどっぷりと沈んだら活動を止める俺たち異邦人は、奇妙であるに違いない。
ま、それでもプレイヤーとNPCの間にある軋轢は、最初期の頃に比べたら随分とマシになったんだかな。
両者の間でかつて戦争一歩手前まで行ってたことを考えると、異邦人という名前で括られ、NPCとの間に子を成したプレイヤーが現れるところまで関係が回復したのだから、結構な奇跡だ。
プレイヤーたちの涙ぐましい努力が窺える。
「異邦人って……」
「私たち、プレイヤーのことだよね。でも……」
カレイヌの言葉も虚しく、二人揃って不安そうな表情を浮かべる。
ま、そうだろうな。
ここに来る前に事前に説明していたが、ここには結構強いレベル帯のプレイヤーが集まっている。
いないとは言えないが、俺たちみたいな低レベル帯のプレイヤーは他の街に比べても少ないに違いない。
修羅の街……とまでは言えないが、それに準ずる場所というのは、プレイヤー間の共通認識だったりする。
肩身が狭いってのは仕方ない。事前にそのことを含めて伝えて、それでも着いてきたのはこいつらだからな。
ただ、この二人が心配するようなことは起こらないだろう。
「……そんな不安になる必要は無いと思うぞ、普通に可愛いし。多分、他のプレイヤーに煙たがられるなんてことは起きねーよ」
むしろ、姫プレイとかできるかもな。と、続けようとしたところで、二人の顔が等しく赤く染まっていることに気づく。
「あの、いきなり可愛いとか、やめて欲しいっす」
「……はい。同……級生なのはわかってるんですが、普段の行動が普段なだけに。それにその……」
と、ゆりかごの方は何か言葉を言いかけてやめた。
なんだ? 揃って、可愛いって言われただけで照れてんのか? 初心すぎんだろ。チョロくて心配になってくるぞ。
てっきり学校でも、言われ慣れているもんだと思ってたんだが……いや、そういう輩はハロンが弾いてんのか?
「お、おい。やめろよ、その反応」
まるで俺が口説いたみたいだろうが。え? いや、口説いたのか?
普通言わないのか? 同級生のやつに可愛いなんて。決してそういう意図は無かったんだが、これってセーフだよな?
「ん? 大丈夫?」
「え? 何が? 全然大丈夫ですけど、全然」
やばい、パニクってロープレが崩れる。落ち着け。努めて冷静になれ。冷静になって、ここを脱出するんだ。
「お、お邪魔しました」
努めて冷静になったつもりで、二人の手を引いてギルド長室を出ていく。くそっ、こいつらいつまで顔赤くしてんだよ。
チラッと部屋を出るときわずかに見えた、リディアとカレイヌの表情は、ポカンとした呆気に取られたものだったけど大丈夫だよな。
俺はそう言い聞かせて、廊下をズンズンと進んで行くのだった。
◇◇◇
「えー! 君たち、初心者じゃん! よくここまで来れたね!」
「大丈夫? わかんないこととかない?」
「俺たちのパーティーに入りなよ。レベリングしてあげる」
幸せか不幸か……いや、完全に不幸によってるな。予想していた通り、男のプレイヤーに群がられて辟易する。
冒険者ギルドのロビーに顔を出しただけてこれだ。相当、女性のプレイヤーに飢えているんだろう。反吐が出る。
「いや、あの、そういうのは困るっす」
「…………」
くそっ、これじゃ依頼を受けることもできないな。いや、もともとレベル制限も足りて無さそうだが。
不幸なことに、今ここに助け舟も現れそうに無い。
ここに来たのは失敗だったと思いつつも、黙って見てるわけにもいかないので、二人を後ろへさがらせる。
「黙りなさい。殺されたいの」
ぐおっと視線に力を込め、纏わりつく蛆虫どもを威嚇する。それだけで愚かにも声をかけてきた数人の男は萎縮した。
こんなささやかな脅しで面食らうとなんて、ここも随分とぬるま湯になったものだ。
「行きましょ」
ただ、これ幸いとばかりに隙を見て、二人を連れて逃げ出そうとする。が、デカい壁に阻まれてしまった。
「よう、嬢ちゃん。随分と可愛い顔してんじゃねーか」
…………うっ、酒くさっ! こいつ、夕方から酒飲んでんのか。
しつこくも、俺たちの行手を阻んだのは大柄な男。厳つい顔にはいくつもの傷跡がついており、その禿頭にもまた大きな縫い跡がついている。子どもが見たら泣き叫ぶぞ。
しかし随分と強面だな。おそらく、プレイヤーじゃない。プレイヤーなら、もうちょっと顔グラに拘るだろうし。
「どいてくれない。急いでいるの」
「随分と気が強いな。気に入った、こっちで酌しろよ」
そう言ってぐいっと、俺の腕を引っ張る。
あ? 俺に言ってんのか? 冗談だろ。
かと思ったが、冗談じゃないらしい。レベル差もあってか、振り解けない力で、ガッツリと俺の腕を掴んでいる。
女口調の男に惚れ込むとか、どういう趣味してんだよ。
良い加減にしろ! と、金的を狙おうとしたところで、ピタリと止まる。
その飲んだくれの後ろで、剣呑な雰囲気を放っている眼帯の女が、額に青筋を立てているのが見えたからだ。
「百遍、死ねや!!!!」
ドコッ! という轟音とともに、その女に投げ飛ばされた男は天井へと背中をしこたま打ち、そのまま自由落下してくる。
そこで初めて、この酒場も兼ねた冒険者ギルドのロビーがボロボロであることに気づいた。




