廃り?
「お前ら、いつまで着いてくんだよ」
巣穴から引き摺り出した、モグラの見た目をした魔獣の命を刈り取りながら、嫌々後ろの二人に尋ねる。
「おー、手際良いっすね。なにかコツとかあるんすか?」
「うえー。ベトベトする…….」
無視ですか、そうですか。
深いため息を吐いて、モグラ狩りを続行する。モグラの行動パターンを操作して、おびき寄せて狩るだけの簡単なお仕事だ。
旨み自体は少ないが、レベル1でできることなると、これ以上効率的なものはない。
まあ、技術が必要なのは確かだから、人気は無いんだが。
「もう怒ったすよ! とりゃ!!」
「もう! もう!」
今だって、俺の真似している2人が良いようにモグラに弄ばれている。定期的に頭を出して……あれは舐めプされてるな。
結局のところ慣れでしかない。釣りと同じだ。やれば誰でもできる。ただ誰もやろうとしていないだけで……。
「? どうしたんすか先輩。辺りを見回したりなんかして」
自分で言ってて不思議に思った。余りにも人がいなさすぎる。
人気はないにしろ、モグラ狩りはメジャーな部類だったはず……なのに、ここには俺たちを除いて誰もいない。
まるでブームが過ぎ去った潮干狩り会場みたいな寂しさが、辺りには広がっていた。
もうこれ、古いのか?
予感めいた不安に、押し潰されそになる。自分が過去の人間になったという事実が、どうしても耐えられなかった。
一年……その年月の長さを、こんなところで感じるなんてな。
「? 急に立ち上がって、何かあったんすか?」
「帰る。もうすぐ日が暮れるからな」
「えー、もう少し良くないっすか? もうちょっとで、コツを掴めそうなところなんすよ」
「そうか。それじゃ、頑張れよ」
足早にその場を去ろうとするも、力強く引き止められる。
「冗談っすよ、もう。ゆりかごー」
「はーい」
俺は小さく舌打ちをした。大人しくここにいろよ、もう。
「先輩、せんぱーい。宿はどうするんすか?」
「あ、そう言えば20,000G使ってましたよね。大丈夫ですか?」
もはや会話するのさえ鬱陶しく感じてきたが、少しはプレイヤーの先輩として情報を提供しておくべきか。
知っておいて、損は無い情報を。
「心配するな。馬小屋なら、タダで泊まれる」
このゲームの仕様上、ログアウトをするときは、ベットで眠るか、身体をロストするかのどちらかの手順を踏む必要がある。
つまり、ベットを使えないということは安全にログアウトできないことを意味しており、最悪死ぬしかない。どんな場所でも、死にさえすればログアウトできる。
その最悪の事態を避けるために、金欠なプレイヤーの救済措置として、馬小屋が用意されている。
馬小屋に備えられている藁の上はベット判定になるので、そこで眠ることでログアウトができる。
確かに寝心地は最悪だし、臭いもキツいし、ウマの嗎とか凄く耳障りだが、それを補って余りあるほどタダというのは魅力的だ。
そのことを懇切丁寧に説明したのだが、どうやら上手いこと伝わらなかったらしい。
不思議なことに、正確に伝えようとすればするほど、ドン引いた目で見られてしまう。
『馬小屋から出る時は気をつけろ。もし他のプレイヤーに見られたら、聖徳太子と呼ばれイジられるからな』という、鉄板ネタに対しても、クスリとも反応しなかった。
「悪かったな。忘れてくれ」
馬小屋の魅力を伝えれなかった自分の不甲斐なさを痛感し、それだけ言い残してトボトボ馬小屋へ足を進めていると、物凄い力で両肩を掴まれる。
振り返ればパウンドとゆりかごが、責めるような視線を向けて来ている。その瞳に宿った感情は、激怒だった。
「連れて行くっす。良いっすよね」
「拒否権はありませんから」
え? どこに? 牢屋?
確かにあそこもタダで泊まれる場所ではあるが、前提条件としてオレンジ以上である必要がある。
以前の俺はドス黒いブラックだったけど、1年という長い年月をかけて、グリーンに戻っていた。
設備や厳重さなど牢屋の色々な利点を加味しても、やはり馬小屋に軍配が上がるということを、伝えられる雰囲気ではなかった。
有無を言わせないって、こういうことなんだろうな。
俺は心の中でぼやきながら、連行されるみたいに引きずられていくのだった。
◇
「お、いたいた。2人とも………その子は誰?」
赤と青が混じり合った髪色をした女が、自分の部屋に知らない男を連れ込まれていたシチュエーションとしては、弱いリアクションをしながら部屋へと入ってくる。
「この人はフクロウ先輩、今日知り合ったんだ。フクロウ先輩、こっちのキリッとした人は『ハロン』っす。リアフレっすよ」
「どうも、キリッとした人だよ」
どうやら見た目にそぐわずノリは良い方らしい。適当な自己紹介に合わせて、適当な自己紹介をしてきた。
「それで? どういう経緯でここに?」
「それがこの人、馬小屋に泊まるって言い出したんすよ」
「なるほど、限界民か。可哀想に」
俺はその蔑称にギリッと歯軋りをした。馬小屋勢の蔑称として作られたその言葉の語源は古く、開始日当初にはできていたとされる。
どこまでも無駄を省くそのスタイルは迎合されにくい。そのことは今まで、痛いほど実感してきた。
「こんなに可愛いのに、勿体ない」
「「だよねーー」」
女どもがキャッキャとはしゃぎ出す。三人よればなんとやら、俺はただ一人、部屋の隅っこで惨めな思いをしていた。
何が楽しくて俺をこんなところに連れてきたのか、純粋な男子高校生の女性免疫の無さを、舐めているとしか思えない。
「ごめんね。急遽予定が入ったせいで、案内できなくて」
「ううん、大丈夫だよ」
「それで? もうモンスターとか、倒したの?」
「そりゃ! もう、モグラをいっぱい狩ってやったよ!」
「もう、嘘ばっかり」
「……モグラ……? まあ、うん。楽しめたなら良いよ」
この部屋に男が紛れ込んでいるというのに、そんなことは歯牙にもかけず、だらけきった姿勢で雑談に興じる3人。
もっと慎みを持てや! コラ!!
グルグルと、唸りながら視線を尖らせる。そんな俺を見かねて、キリッとした人が話しかけてきた。
「うちの高校の先輩……なんですよね? こっちに来て一緒に話しませんか?」
「俺は男だ」
睨みつけながらそう返答すると、残念だとばかりに首を振って、向こうへと戻っていく。なんなんだ。
「まだ、大分距離があるみたいだね」
「そうなんだよねー。フレンド登録も、頑なにしてくれないし」
「なんとか、仲良くなれれば良いんだけど……」
向こうの方でゴチャゴチャ言っているが気にしない。まずは、どうにかしてここを抜け出さないとな……。
「あ、てかリアルの方7時来るじゃん。早くログアウトしないと」
「そうだね。じゃあ一度、皆んなでログアウトして晩御飯とか済ませてから再集合しようか」
「ベッド割りどうしようか? 2つあるうちの1つは、私とハロンちゃんで使う?」
「うん、そうしよっか。じゃ、頼んだよパウンド」
「勿論! 一緒に寝るっすよ、センパーイ!」
おい! やめろ! 近寄るな! こら!