人間?
「相変わらず、街とは思えない設備だな」
何のためかはわからないほどに馬鹿でかい時計塔。
そこの上部から街全体を見下ろしながら、呆れた感じで俺はポツリと呟いた。
バチカン市国ほどの大きさのガーデインの街周辺を、ぐるっと囲むように張り巡らされた堀に、7メートルほど積み上げられた外壁。
外壁にはご丁寧に投石器やバリスタが設置されており、火薬や何やらが過剰とも言えるほどに常備されている。
砦か何かと見間違えるほどに。城壁都市ってやつか。
ただそこまでして尚、万全とは言えない。
南にあるコクレア湖に、西にあるノクレア洞窟。そして少し離れるが、北東の方角に広がっているグレゴリー大森林。
どこをとっても危険な魔獣やクリーチャーの生息域。四面楚歌とでも言うべきか。
こんなところで、街ができた経緯がわからない。
「なんか、とんでもないところっすね」
「だろ? 私もそう思うよ」
パウンドが言葉を選ばずストレートな感想を述べると、リディアは笑ってその言葉に同意する。
「でも、不思議です。こんなに多くの住人がいるなんて」
「ま、危険とは言っても、その分ここを拠点としてる冒険者の数は多いし、質もそこそこあるからね。そういう意味じゃ安全っていう人も中にはいるし。それに何より」
「金だな。煩わしい税金なんてものが、ここにはない」
いきなり話に割り込んで来たステイルに、リディアは不快感の滲んだ顔を浮かべる。この反応を見る限り、いつもこんな感じで口を挟んでくるのか。
こいつもう、隠すつもりないだろ。
本人は疎ましく思われてることにも気づかず、堂々としているのだから救えない。致命的なすれ違いが起きていた。
「なんでなんすか?」
「ふん、少し考えればわかるだろ。こんな安息など欠片もない場所で端金を集めるほど、国の奴らも馬鹿じゃない」
いちいち癪に触る、こっちを小馬鹿にした言い方。
基本コマンドに『見下す』が入ってるんで自然そうなるんだろうが、リディアが煙たがるのも痛いほどわかった。
「ってことで、この街で実質的な権力を持ってるのは冒険者ってことになる。一応見張りの役割も兼ねて、兵士なんかも在中しているが立場は低いもんさ」
そう言われてもう一度街を見下ろすも、横柄な態度を取っている冒険者の姿は中々見受けられない。
NPCに限らず冒険者みたいな格好をしている奴ら自体はそれなりにいるんだが、どこかでトラブルが起きているような様子はない。
「いないのも、当たり前さ。冒険者の理念の一つは、気質に手を上げないこと。それに抵触するような輩を、カレイヌが許すはずもないからね」
「カレイヌさん……ですか?」
「ああ、カレイヌはーー」
と、リディアが受け答えをしようとしたところで後ろの時計から、どデカい鐘の音が鳴り始める。
驚いた様子のパウンドとゆりかごは、揃って仲良く尻餅をついた。
「な、なんすか? いきなり」
「時刻は6時25分……鐘が鳴るには微妙な時間なんじゃ」
今のは違う意味だからな。
ここの鐘の音は鳴らし方で、その意味合いが変わってくる。等間隔でゴーン……っと鳴るのが、時刻を知らせているのに対し。短い間隔で、カーンカーンと鳴るのは
「……どうやら、呼ばれたみたいだね」
「え、呼ばれたって……あれ!? ステイルさん!?」
「もう、行った」
モンスターが近くに出現したという合図。この鐘の音が鳴ったら、手の空いている冒険者は可及的速やかに対処しなければならない。
「それじゃ、あんたらはここで待ってな………フクロウ、必ず戻ってくるからね」
「ええ、気が向いたらね」
俺がそう冷たい対応を取ったにも関わらず、リディアはふっと笑うと、躊躇わず今の場所から飛び降りた。
「「えーー!!???」」
合図もなく投身を図ったリディアに、パウンドとゆりかごがリアクション芸人さながらの絶叫をあげる。
位置としては時計の文字盤のすぐ下。地上から大体80メートル。
この時計塔自体ビッグベンより、少し小さいくらいのサイズ感。本当に、どうやって建設したんだろうな?
「やばいやばい! NPCってリスポーンって」
「昔、これと似たようなシーンが有名の映画があったような」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!!!」
いつもの口調も忘れて、後を追おうとするパウンドの背中をぐいっと引っ張って止める。
「何するの! 離して!!」
「いいから黙って見てろ……いや、若干見にくいな」
もう既に、結構落ちていたみたいで、この距離だとリディアの姿は豆粒にしか見えない。80メートルだしな。
それでもギリギリ視認できる範囲で、時計塔スレスレに落下しながら、何かタイミングを測っているのを確認できた。
「見ちゃ、駄目!!」
「キャッ!!??」
もはや地面に激突して潰れるのみと確信したのか、ゆりかごがパウンドの目を覆っている横で、俺はしっかりと目を凝らす。
来る、そう直感した直後。
空中で何か動きを見せたリディアは、落下しながら思いっきり時計塔を蹴り付け、地面に着地するという離れ業をやってみせる。
おそらく、魔法か何かで自分の身体を時計塔の方へと叩きつけた。その反動を利用して、落下の威力を相殺したのだろう。
細かい動きまでは見えなかったが、その時計塔を蹴り付けた反動が揺れとしてここまで届いているんだから、まず間違いない。
あの高さの位置エネルギーと同等以上の出力を持つ魔法を紡ぎ、更にそれを受けた上で尚跳ね返すほどの脚力。しかもそれを全て落下した状態で行うという胆力。
もはや笑うしかないな。
「えー………」
ゆりかごがわかりやすくドン引きしている。目を覆われていたパウンドに至っては、状況が理解できず困惑しているしな。
「……冒険者って、皆んないつかはああなるんですか?」
「俺に聞くなよ」
もしそうなら、冒険者辞めたくなってきたわ。
◇◇◇
「うわー……凄い豪邸」
「確かに宿を見繕ってくれとは言ったけど、本当にここに泊まれるんでしょうね?」
広々とした庭に立派な門扉。その奥に構える横に広がる建物は屋敷と言っていいほど豪勢で、感嘆のため息すら漏れるほど。
宿泊できる宿と聞いてここを紹介され、至極当然の質問を不安になりながら尋ねるも、リディアは当然とばかりに鷹揚に頷いた。
「そりゃあね。なんせ、私の家だからさ」
「い、家?」
「これが……ですか?」
その衝撃的な発言に面を食らったように驚く二人。いや、三人。
俺自身声には出していないものの内心驚いていた。旅館と言われても、余裕で納得できる大きさだ。
個人の持ち物だと言われて、誰が信じれるだろうか。
というか、俺は宿を探していたんだが?
「とは言っても私自身、あまり帰っては来れてないんだけどね。数ある拠点のうちの、一つって感じさ」
ひけらかすこともなく軽く言い切る。この頓着の無さを見るに、一応本邸としてそこそこの予算を注ぎ込んで頼んでみたら、こんなものが出来上がってしまったって感じだろうか。
なんというか、規模がデカすぎる。この世界の冒険者って、スポーツ選手や俳優みたいな夢のある職業なのか?
………途端に怖くなってくる。だとしたらこのリディアってやつ、俺が思っている以上に有名なのかもしれない。
それこそ、プレイヤーにさえ名が通っているぐらいに。
「外観だけでそんなに驚くこともないだろう。これからは……一応……あんたの家にもなるんだからさ」
顔を赤くして、そんなことを宣ってくるリディアに俺は引き攣った笑みを浮かべる。
とんでもない女に、目をつけられてしまった。




