調伏?
『妾か? 妾は淵尾。自身がそう名づけた。元は外輪と呼ばれる存在であったが、欠片となり、今はこんな様よ』
「なるほど、通りで会話ができるわけだ」
意外とフレンドリーな淵尾さんの、正面からの不可視の攻撃を受け止めて、納得したように頷く。
フレンドリーではあるけど、その分手も速い。暴力でしか、コミュニケーションの術を知らないんだろうな。
「……グフッ!!」
『面白い。それほどのダメージを受けて尚、調子を崩さぬ』
「…………心でも、読めてるの?」
『ふむ? 似たような物だが、少し違うな』
そう訂正すると一言、コン、と鳴いた。たったそれだけで、壁際まで吹き飛ばされてしまう。
……参ったな。狐はコンッて、鳴かないはずなんだけど。
『よいよい! 気に入ったぞ! 貴様は最後に残しておこう!』
テンション高めにそう言うと、チラリと観客席の方を見る。
『妾の血肉としては少し足りんか。まあ、良かろう』
僕が動けないのを良いことに、彼ら彼女らに何かをしようとしているのは明白だった。
「待ってよ。確かに僕もデザートは残す派だけど、今回ばかりは」
そう言い終わる前に、身体の芯を何か得体の知れないものが通り過ぎたような錯覚に陥る。
「な、何をしたんだい?」
『やはり、耐えるか。うん! そうでなくてはな』
淵尾さんは嬉しそうにそう言うと、何かに操られたみたいに観客席から上がってきた観衆たちを、頭から貪り尽くす。
相当グロい光景だ。R規制、かけとけば良かったよ。
『質は……悪いが、数は多いので……我慢だな』
食事をしながら喋るという行儀の悪さを披露しながら、淵尾さんは近づいてくるプレイヤーを潰しては食べを繰り返している。
流石に……これ以上は、看過できないかな。
そう思って震える足を叱咤して立ち上がり、暴虐の限りを尽くす狐のもとへ行こうとするも、誰かに声をかけられる。
「協力するよ」
その力強い助っ人の登場に、僕は思わず笑ってしまった。
「一緒にいた子たちは?」
「訳もわからないまま、食べられた。だから、許しておけない」
「仇である僕に、協力を仰ぐくらいに?」
静かにコクリと頷く。その瞳には決意の炎が灯っていた。
「助かるよ、ありがとう」
「別に。あなたのためではないですよ」
無理矢理敬語にして、わざと距離感を取ってくる。まあ、仕方ない。こうなったのも、僕のせいだからね。
「それじゃあ、狐狩りと行こうか」
「はい」
二人揃って飛び出す。例え後、手練れを10人揃えたところで勝てる気はしなかったが、これは気持ちの問題だ。
僕には、きちんと仕留めるという責任がある。
◇◇◇
『うむ、馳走であった。が、少し物足らん………ここの外からも、良い匂いが漂ってくるな。妾は幸運だったかも知れぬ』
うへー、酷い有様だな。
血まみれとなった闘技場を見て、そんな感想をこぼす。一応、借り物なんだけどなここ。追加費用とか必要か?
『……………?』
「よう。随分と派手に暴れてくれたみたいだな」
ここまで汚しやがった張本人に、恨みがましい視線を向ける。
いや、ここまでなった原因の一端は俺にもあるか。捕食シーンに見入ってしまって、来るのが遅れたし。
大分スプラッターだったな。画面越しということもあったか、そういう映画にしか見えなかったぞ。
『………誰だ? お主は』
「俺は……つか、デカくてウザいな。ちょっと縮め」
俺の言う通りシュルシュルと縮んで、人間大の大きさになったので自己紹介を続ける。つか、それでもまだデカいけどな。
「俺はフクロウ。さっき美味しそうに食べてた奴らと同じ、外から来たプレイヤーさ」
『ほう、お主もか……それは良いことを聞いた』
舌舐めずりをすると、嬉しそうに狐は言う。その瞳は爛々と輝いていて、デザートを今か今かと待つ子どものようだ。
「俺を食べるのか?」
『勿論! むしろ、貴様が一番美味しそうだ!』
「じゃあやるよほら」
そう言って目の前に腕を持っていく。これは賭けだった。もし外れたら、腕を生きたまま食われる。それは、どれほどの痛みだ?
『おう! 心が広い! それでは早速』
人間大の大きさの狐はそう言って、俺の腕に歯を突き立てようと口を大きく開ける……が、すぐに離れてその口を閉じた。
『……………?』
本人もその行動に、自分でも納得していない様子。これは、もしかしたら……行けたかもしれない。
「まだ、デカいな。もうちょい小さくなれよ」
その狐はどこか困惑した様子を見せながらも、言われたまま更に小さくなる。大型犬ほどの大きさへと変わっていった。
「お手」
俺がそう言って右手を出すと、左手を置く。
「おかわり」
そう言って左手を出すと、右手を置いた。
『な、何だ? どうなっておる?』
自分の行動に心の方がついていかず、困惑した様子の狐を無視して、せっせっせーのよいよいよい、をする。
完全に弄んでいたんだが、キレることもなく付き合ってくれたことに。俺は自分の仮説が正しかったことを、確証した。
「お前、NPC扱いなんだな」
『え、えぬぴーしーとは何だ? 呪いか? 呪いの一種か!?』
そう自暴自棄気味に叫んでいるが、俺が頭を撫で喉をくすぐると、気持ちの良さそうな鳴き声を出す。
猫だな。全然、狐っぽくないぞ。
『む、むう……もっと撫で、いや離せ!! 気安く触るな!! 妾を誰と心得……っ!! ……ふにゅう』
「この大きさだと普通に可愛いな。さっきのあれか嘘みたいだわ」
燃え上がりそうになる激怒の炎が、一瞬で鎮火される。この狐自身、その心の変化についていけてなかった。
『ど、どういうことだ? なぜか貴様を、好意的に捉えてしまう。お主、どんな幻術を使ったのだ?』
「狐が化かされてたら、世話ねーな」
俺はそう言うと抱き上げ、その狐を抱き寄せる。
最初の方は怒ったようにジタバタしていたが、それもすぐ収まり、こちらに身を預け撫でられるままにしている。ふさふさだ。
けど、やっぱり重いな。大型犬サイズだと。
そんな俺の心中を察したのか、みるみると縮んで、抱き心地の良いサイズへと変化していく。こいつ、心でも読めるのか?
『……くっ、理解した。認めたくはないが、妾ではお主に抵抗できん。煮るなり焼くなり、好きにするが良い』
覚悟を決めて、そんな物騒なことを提案してくる狐の頭を撫でて、俺は懐から召喚石を取り出す。
『…………なんだ、これは?』
「お前を封印してたのと、似たような石だよ」
『また……妾を封印するのか』
「いや、俺の所有物にする」
そう言うや否や、しょぼんと垂れ下がった耳がピンと跳ね上がる。
九つの尻尾が、鬱陶しく揺れていた。
『しょ、所有物に………?』
「ああ、お前をペットにする。駄目か?」
『………いや、うむ。お主がそう望むなら、断れるはずもない。うむ。悔しいことだが、甘んじてその提案を受け入れよう』
わっさわっさと尻尾が揺れて集中できなかったぞ。その尻尾、触って良いか? 良いよな?
『………それで、その主人よ。妾に、名前をつけて欲しいのだが』
尻尾に夢中になっていると、遠慮気味に狐が聞いてくる。
「必要か? 淵尾って名前があるんだろ?」
『いや、それはそうだが、主人のペットとしての証としてだな。第一、主人。淵尾ではなく狐、狐と呼んでいるではないか。それはその……少し寂しい』
なるほど、俺の心を読んだ上で気を遣ってくれてるのか。確かに、ペットの名前は自分で名付けたいよな。
「じゃあ『なずな』だ。お前の名前は、なずな」
『うむ! 良い名前だ!』
もはや感情を隠そうともせず、辺りを走り回っている。
「よし、なずな」
『うむ!』
俺が手に取った空の召喚石に、鼻をつけるなずな。だったそれだけで、ポカンと召喚石の中に入っていった。




