3戦目?
「チーターだ!」
俺との対抗戦の真っ最中に、そのフツメンは意味不明なことを言い出して、試合を中断させる。
「なんだ? 自己紹介か? 言っとくが」
「惚けるな!! お前はチートを使っている!!」
何こいつ意味わかんないことを言っているんだ? と、疑問に思っていると、観客席の方が騒がしくなっていることに気づく。
四方八方、どの方面からも聞こえてくるブーイングや罵声は四面楚歌の状態に近い。
最初は、いきなり試合を中断させたこのフツメンに対する批判の声かと思ったが、詳しく聞いているとどうやら違うらしい。チートだ不正だの、こいつと似たようなことしか言ってなかった。
なんだ? 頭、湧いてんのか? こいつら。
が、どこをどう見ても正気であるらしい。正気で俺に対して、チートだズルだの叫んでいる。それはもう、狂ってないか?
「ふん。どうやら観衆は僕の味方みたいだね」
それも当然か、とでも言うように気取った様子で勝ち誇ってくる。喋りかけてくんな、鬱陶しい。
「君はやりすぎた。あんな風にスキルを避けるなんて異常だ。どんなチートを入れたんだい? 僕にだけ教えてくれよ」
俺は呆れを通り越して、称賛する。ここまで間抜けなのか。
そもそもチートとは、数十年前に流行った不正ツールによる強化パッチのことを一般的に指す。数十年前に流行っただ。
今ではそれによる被害なんて滅多に聞かないし、ことフルブラに至っては昔を遡っても、使われたことなんて一度もなかった。
このチートが廃れた経緯は、更にその十数年前に流行ったマジコンとやらが廃れた経緯によく似ている。
そのチートやらを、この時代に持ち出してくるなんてな。
使われなくなった今も、スラング的な形で、理不尽的に上手いプレイヤー相手にチートだなんだと叫ぶやつはいるが、マジのマジで言っている奴に会うのは初めての経験だった。
「さあ、大人しく罪を認めて。アカウントでも停止されてくれ。君みたいなのがいると、快適なプレイはできないからね」
「勝てなくて悔しいなら、素直にそう言えや」
「これ以上、君の挑発に乗るつもりはないよ。後は黙って、運営の適切な対応を待つだけさ」
そこまで言うと、唐突にビーッビーッと危機感を煽る音が鳴り、俺たちを分つように文字の書かれたモニターが現れた。
「随分と速い対応だ。観客の誰かが通報してくれたのかな?」
フツメンはそう言いながら、書かれた文字を目で追っていく。読み進めるうちに、綺麗なグラデーションのように顔が驚愕で染まっていった。
いや、さっきの光景を丸々通報したら、そうなるだろ。
「ば、馬鹿な!? この僕が名誉毀損だと!? ふざけるな!!」
「いや、ふざけてないだろ。逆にどこまでも正当だよ」
「そうか、運営もグルなんだな。辞めてやるよ、こんなクソ」
言い終わる前に、この場から影も形もなく消えていくフツメン。
自動ログアウトって感じじゃなかった。垢バンだな。
これで不戦勝という形になって勝者は俺になったはずだが、まあ、今の状況でそれが認められるはずもなく。
さっきよりもキツい暴言が飛び交っている。
「この卑怯者が!!!」
「不正を許すな!!!」
「永遠様を返して!!」
これ、もう収集つかねーなと諦めかけたところで、凛と響く声が、鶴の一声とばかりに辺りを鎮める。
「良い加減にしてくれないかな」
それはとでも大きい声とは言えなかったが、そこに込められている威圧感は誰よりも大きい。
事実、他の奴らは一瞬にして静まりかえっているし。
真反対にいて声が届いていないであろう奴らでさえ、立ち上がっただけで、黙らせたハロン。
先のクラン戦でマスターの評判は下がったらしいが、未だその影響力は現在だった。
「チートだなんだ子どもみたいにはしゃいで、恥ずかしくないのかい? 第一、今さっきのその人と同じことなら、私にもできる。ただのプレイヤースキルの賜物さ」
そうなのか? ハロンも出来るなんて驚いた。
が、観客の方は俺以上に驚いている。
さっきまで散々チートだなんだ叫んだ挙句、いきなり劣勢に立たされて、ポツリポツリと『俺は違うと思ったんだよ』、『だよな、流石に酷すぎだろ』、『そもそもチートって、何十年前の話だよ』みたいな、俺をフォローするようなコメントが寄せられていく。
衆愚政治の本懐をみたな。
「それで君たち。チートと疑いたくなるほどの神技を見せてくれたその黒い人に、送るべき物は?」
そう尋ねると、操られたように全員が全員拍手する。
とんだ茶番だったな。
俺は呆れながら、控え室に戻っていった。
◇◇◇
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
男は狂ったようにそう呟く。こんなはずじゃなかった、話と違う、譫言のようにそう叫んでいた男の姿はもうどこにもない。
その頬はこけ、瞳は黒ずみ、顔中には掻きむしったような跡がついている。絶望を絵に描いて、貼り付けたような悲壮さが漂っていた。
「もし? もし、これで負けたら?」
最悪な想像をするその男は、ところ構わず吐き散らす。
その想定しうる最低の未来は、フルブラの引退など生易しいものだはない、人生そのものを賭けているような、例え難い何かに男は追われていた。
「勝つ勝つ。なんとしてでも勝つ」
再び譫言のようにそう呟きながら、男は黒ずんだ石を握る。
その足取りはどこか不安定で、その黒い石に取り憑かれているみたいに、男は根本から狂ってしまっていた。
◇◇◇
「……随分と、奇想天外な見た目になったね」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
「これはもう、僕が直接手を下すまでもないかな」
残念そうにそう言うも、目の前の男は気にした様子はない。
と言うより、何か別のことに執心している様子だった。
「……その手に持っているの何? 危ないから捨てなよ」
「ひひ……ふひひ……ふひ」
親切心からそう忠告するも、聞き入れてくれる様子はない。というか、話が通じてないな……何があったんだろ。
コミュニケーションエラーで困惑している中、非常にもドラの音は鳴ってしまう。
それを待ってましたとばかりに突如叫んだ彼は、その手に持っていた黒い石を地面へと投げつけた。
『………妾の眠りを、妨げたのは貴様か』
「あは、あははは、いひひひひ……むぎゅっ」
突如として現れた金色の体毛を持つ狐に、踏み潰されたリュージ。それは、彼らの間に主従関係がないことを指し示していた。
『……ちっ、下衆の血は好かんな』
「………はははっ」
全長5メートルにも及ぶ、九本の尾を持つ狐が、こちらを睥睨するように見てくる。
その急展開ぶりに、もはや笑うしかなかった。
普通、こういう化け物ってもっと終盤に出てこない? 最後の切り札的なあれでさ。これじゃ、全然僕の見せ場ないじゃん。というか、なんでこんな切り札を、あいつは持ってたのさ。もう、この対抗戦、僕たちの勝ちってことで良いよね。
そんな取り止めのないことを考えながら、僕は幻ではなく、上から振り下ろされる本体の一撃を受け止める。
『ほう、これを見破り受け止めるか』
「っ! まあね。それより、君は誰? 知性があるみたいだけど」
吐きそうになるほどの衝撃の中、僕は何とか質問をする。
周りを見れば、そんな僕たちのやり取りを観客の皆んなは興味津々って感じで見届けていた。
僕が殺されたら、次に狙われるのは君たちだから、速くへ逃げたほうが良いと思うなー。




