説得?
「いや、そこは知ってるから良いわ」
「ん?」
ここに来て、初めて困惑したような表情を浮かべる。リアルでの事情を知られてるって言われても、リアクションに困るか。
「きっかけは勤めてる会社の経営不振によるリストラ。それを会社近くのキャバクラで酒の勢いで愚痴ったら、偶々そのキャバ嬢が花鳥風月のクランメンバーだった。そこからリュージに金で雇われて、今に至る。つまらない経緯だな」
俺が話を進めるごとに、陽炎の顔は青ざめていく。個人情報とか結構割れてるし、当然の反応だった。
「さっき言ったろ、裏は取れてるって。最近一緒にいる、お前の仲間に聞いたよ。この日時に大体ゲームにログインしてるってな」
「な、そんな………冗談だろ?」
「ああ、冗談だよ。今日ここに来てたのも、偶々だ」
通報されても困るので、誤魔化した。いや、もう遅いか?
不信感に満ち満ちた目でこっちを見てきてる。だから、つい面白がって揶揄ってしまう。
「本当は、全部知ってるって言ったら……お前、どうするよ?」
「……………全部って?」
絞り出すように出した疑問の声に、心中で笑いが止まらなくなる。陽炎の、忙しなく鳴る心臓の音さえ聞こえてきそうだった。
「そりゃあ、全部だよ。お前がフルブラにちょくちょくログインしていた、その理由を含めて全部」
「………………」
最早、揺さぶる必要もない。こいつの考えが何もかも、手に取るように、心の奥底まで読み取れてしまう。
繕った仮面からは笑顔が消え、逸る呼吸を必死に抑えている。その瞳はしきりに瞬きを繰り返し、こちらの真意を探るみたいにギョロリと目を向けてくる。
その行動全てが、後ろめたいことがあると示していた。
「取引をしよう」
「は?」
「君の知っている情報とやらを、言い値で買う」
どっかの破産者みたいに往生際の悪い足掻きを、これまたどこかのカジノのオーナーみたいに、無慈悲に払い除ける。
「いや、普通に断るけど。強請りなんて趣味じゃないし」
「そ、それは? 黙っててくれるってことで、良いのかな?」
「良くねーよ? 普通に告発するつもりだし」
そこでやっと、俺の胸ぐらをガッと掴み押し倒してくる。
大人の余裕とか、ちんけなプライドなんかに拘ってるときより、遥かに俺は好きだぜ。その、呪い殺しそうなほどの形相。
「なんの、何の目的があってお前は!!」
「言ったろ? 花鳥風月を潰すってな」
慌てて駆け寄って来ようとする3人を手で牽制しながら、一対一で掴み合いの怒鳴り合いに発展させる。
空気を読んで、誰も手を出さなくて助かった。
「そんなに自分の罪を……隠したいのかよっ」
「黙れ!!」
「なら……良いぜ? お前に、突きつけて、やる」
「黙れ!!!」
首を絞められながらも、俺は力強く宣言する。自分の罪と向き合わないと、何も始まらないだろうがよ。馬鹿がっ!
「お前が売っていたのは、peinなんだろ」
「あ………あ……あ」
俺の言葉に限界を悟ったのか、首を絞める手を緩めると、ゆっくりとその場を後退りして、その場にしゃがみ込む。
それはダンゴムシの防衛機能と、よく似ていた。
peinはpersonal informationの略。つまり、プレイヤーの個人情報のことを指す。
特定のプレイヤーを徹底的に調べ上げ、その対価に報酬を得る奴らのことをpein業者と呼ばれていた。
まさか、まだ生きていたとはな……。
pein業者による被害が未だ表面化したことがないのは、前にも言った通り特定することの難しさもあるが、運営の対応の厳しさも関係している。
その所業がバレたらアカウント停止は勿論のこと、利用規約による独自裁量権を保有しているので運営に合法的に罰金を払わされる。
その上で個人情報保護法で法的にも処分されるので、どう考えてもデメリットの方が大きい。
実際、実刑判決までされたプレイヤーがいるのだから、pein業者自体が流行るわけもない。
「運営に通報したら、一発だな」
「そ、それだけは……勘弁してくれないか!!」
しゃがみ込んでいた体勢から、土下座のような体勢に移行して、懇願するように陽炎は言う。
その姿に、女性陣は軒並み冷たい視線を向けていた。
「俺が言えた義理じゃないが、それは立派な犯罪行為だぞ。それをそんな、端金で」
「端金!? 働いたこともないガキが、ふざけんな!!!」
強い憎しみの目を向けながら男は叫ぶ。どこまでも自分を正当化させるための言い訳だった。
「ふざけているのはどっちですか!!!」
陽炎の言い分に、黙って聞いてた円がとうとうブチ切れる。
「目的のために手段を選ばないなら、ただの下衆です!」
その叱責は俺にも効いた。ミハエルのためとは言え、こいつのリアル情報をメチャクチャ集めたし。
「流石にその子に全面的に同意かな。というか、あり得ない」
「死んじゃえば良いのに……」
二人も、円の意見に同調して厳しい言葉を投げかける。
もうボコボコだった。ま、やってることがやってることなだけに、同情なんかできるはずもないんだがな。
「なら、僕はどうすれば良かったんだ!!」
「だから高校生に聞くなよ。良い大人が」
どうせ、真っ当に新しい就職先を探すべきだったって言ったところで、キレてくるだろ。その調子じゃ。
「結局、お前が求めてるのは自分を肯定してくれる人間なんだよ。そしてそんなやつ、法が整備された日本にいるわけもない。それは例え、あの聖人君子でも同じだ。そうだろ、ミハエル?」
「ああ。彼のしたことは、到底許されることじゃない」
新たにドアから入ってきた人物の声に、横に四回転と、陽炎はオーバーなリアクションをとった。
それは、円たちも同じで全員が驚愕したような表情を浮かべる。
あ、いやハロンだけ違うな。お前誰だって目を向けている。全員の反応に一人だけついていけて無かった。
こいつ、あんまり人前に顔を出さないからな。
「しかし、よく気づいたね。気配は消してたのに」
「別に気づいてはねーよ。お前ならいると思っただけだ」
肝心な時にいるのが、ミハエルって男だからな。
「あの、ミハエルさん」
「悪いね、桔梗ちゃん。少し、待っててくれるかな」
「は、はい!」
あ、名前を呼ばれて顔を赤くして喜んでいる。お前の正体を知ったのも、さっきの会話を聞いてたからだからな? お前の正体自体には、ずっと気づいてなかったからな?
「それで、陽炎。僕に何か言うことはあるかい?」
「い、いえ………」
陽炎はバツが悪いように視線を逸らす。流石にこの男に対しては、後ろめたさの方が勝つんだろう。尊敬している証だった。
「……………」
「……………」
暫く沈黙が続いていたが、不意にミハエルは手を振り上げる。
「覚悟は………できてます」
え? 何これ? ルロイ的なあれなの?
俺がそう困惑していると、ミハエルは首を振って手を下ろした。
「いや、やめとくよ。君は僕に救いを求めている」
「………そんなことは」
「そして、僕はこんなことで君を許すつもりもない。だから、やる意味なんてないさ」
………お、おう。随分と厳しいことを言うな。
陽炎なんか、さっきとは比べれないほど意気消沈してるぞ。ミハエルに見限られたという事実が、余程応えたらしい。
まあそれで落ち込むとか、ミハエルをみくびってるな。こいつの聖人君子ぶりは、異常だぞ。




