教習?
「どうっすか? これとか、似合いません?」
「えー、フクロウさんはもうちょっと抑えめの方が良くない?」
俺の横でキャッキャしている女子高生どもに俺は頭を抱える。なんでだ? なんで着いてきた? 知らない人に着いていくなって、教わらなかったのか?
後、俺の関与していないところで俺の話題で盛り上がるな。というか、お前らが手にしてるのって女性服じゃ? それを俺に? ……いやいや、まさかな。
2人の不穏な会話に危機感を感じ、口を挟むのを躊躇っていると、店の店員らしき女性プレイヤーが声をかけてきた。
「お客様、こちらの服は今大変人気でして」
「そんなのは、良いんだよ」
「え?」
女性店員がお勧めしてきた、変なフリフリが着いた実用性皆無の服を押し除けて、俺は本題に入る。
この店員、俺とコイツらを同じニュービーとして扱っているみたいだが、俺は何も服を買いに来たわけじゃない。
「俺はここに装備を買いに来たんだよ」
「装備………ですか」
メガネの奥で店員の瞳がキラリと光った。
「……なるほど。ただの初心者ってわけじゃないみたいですね」
「まあな」
俺は壁の方にかかっている、日の目をあまり浴びていない衣服たちを、一つ一つ手触りで確認していく。
「フクロウさん。そっちのより、こっちの方が可愛いですよ?」
「そうっすよー。ほら、この柄とか良くないっすか?」
テメーらは黙ってろ……ん? なんで、こんなものがここに?
「フクロウさん何を……え、に、20,000G?」
「たっか!!!」
「馬鹿。失礼だろ、テメーら」
が、店員は小娘どもの失礼な発言を気にしている様子はない。むしろ、それを手にした俺の方に視線は寄っていた。
「やけに安いな。『プティカ』とフレンドなのか?」
「……わかるんですか?」
「ま、多少はな」
そういうと店員は、怪訝な顔で俺を見てくる。なんだよ?
「……お客様、名前をお伺いしても?」
「フクロウだ。これくれ」
全財産の30,000Gから、支払う。金策もしねーとな。
◇
「フクロウさん、さっきの人と知り合いでしたか?」
店を出ると、ゆりかごが藪から棒に聞いてくる。
「なんだよ急に」
「急じゃないっすよ。2人だけにしか分からない会話繰り広げてたじゃないっすか。寂しいじゃないっすかー」
引っ付いてこようとするパウンドとまたまた力比べが発生する。何かにつけてコイツは……痴女なのか!?
「あ、そういや良かったんすか先輩。全財産の5分の2ほど使っちゃったみたいですけど」
そう言って、全身コーディネートした俺の格好を見る。
さっきまでのキチットした学生服から、動きやすいカジュアルな格好へと変貌していた。
5分の2……ああ、最初は50,000もってスタートするんだったか。俺、こいつらより金持ってないんだよな……。
「良いんだよ。このゲームは武器より装備の方が大事だ」
「装備……? ただの衣服では?」
「むしろ、学生服のままの方が防御力ありそっすよ?」
ああ、こいつら知らねーのか。ま、わざわざ教えてやる義理もねーし、ほっとくか。
身体で覚えれば良いんだよ。身体で。
「いいや、その子の言う通りだよ」
なんて俺の気遣いを無駄にする馬鹿が、口を挟んでくる。
「……あ?」
文句の一つでも言ってやろうと口を開けかける前に、両隣から腕を引っ張られ後退してしまう。
見れば二人して、目の前の男を警戒しているようだった。
なんだこいつら、一丁前に。できるんなら、俺にもやれよ。
「ああ、急にごめんね。そういう意図があったわけじゃない」
「えー? とか言って、本当はー?」
「揶揄うなよ『霙』」
筋肉質で大柄な男の後ろから、ひょっこりと女性プレイヤーが現れる。褐色の肌が特徴的な女だ。
「もしかして、彼女さんっすか?」
霙とやらと仲睦まじい様子に警戒を解いたのか、初対面の相手に中々踏み込んだ質問をしやがる。
こいつ、無敵か?
「彼女? 違う違う。誰が、こんなの」
「失礼だな君は……僕たちは同じクランのメンバーなんだよ。聞いたことないかい? 《ガルガンチュア》って言うんだけどさ」
……聞いたことないな。
ここにいる3人、誰一人としてピンと来ていなかった。そのことに少し驚いた様子を見せる。
「そ、そうか誰も知らないかい」
「ちょっとショック受けてるし……ダサっ!」
「別に良いだろ。毎度毎度、君は」
「それで、何がその通りなんすか?」
再び言い合いを始めそうになった二人の間に割り込んで、自分の聞きたいことを優先させる。
その空気の読めなさは、ことここに至っては賞賛されるべきものだった。助かったぜ、パウンドよ。
「あ、ああ、そうだったね。ハッキリ言って、君たちの今着ている制服はシステム上のものでしかない。要するに君たちは今、裸であるといっても過言では」
そう言い切る前に、背後から霙とやらにやられ、地面に倒れ伏す。随分と暴力的なことだ。
「ごめんなさいね。こいつ、馬鹿だから色々と欠けてんの。通報は勘弁してもらうと助かるかな」
「ああ、いえ。大丈夫っすよ」
「ありがとね。で、さっきの続きなんだけど……実物を触ってもらった方が速いかな?」
そう言って、インベントリから生地のようなものを取り出すと、俺たちに手渡してきた。
「破れないでしょ、それ」
「は、はい! 不思議な感覚です」
「どうなってるんすか! これ!」
やけに楽しそうなパウンド達をほっといて、俺は一人感心していた。中々良い腕だ、コイツが用意したのか?
「わかりやすく言えば、魔力を込めてるの」
その概念的で抽象的な表現に女子高校生どもは、混乱してる。
「魔力についての説明は省くわね。口頭じゃ、無理だから。とにかく、このゲーム中の独特な力で普通の繊維を強化してるって感じ。もはや衣服というより、薄い鎧ね」
今度の説明はわかりやすかったのか、コクコクと頷いている。しかし、親切な女だな。一から十まで説明してくれる。
「だから、武器より装備の方が大事っていうその子の意見は大正解。ダメージを与えるだけなら、素手でもできるしね」
「え……? 素手っすか?」
「それはちょっと……」
熟練者になればなるほど、武器なんてまどろっこしいと思うようになるもんだが……こっちの反応の方が正常な気がするな。
笑顔で、『絞め技が有効的よ』とか言っているこの女や、俺の方が明らかにおかしい。
「あ、クラマスからメール……油売っているのがバレちゃったみたい。ごめんなさい、私たちこれでお暇するわ」
「いえいえ。色々、教えてくれて助かったっす」
「はい! ありがとうございました!」
………? 2人からの視線が突き刺さる。なんだよ。
「ほら、先輩もちゃんとお礼を」
「お礼は、大事ですよ?」
いや、しねーよ? お前らは教えて貰ったんだろうが、俺は最初から知ってたからね?
というか、この講義の元は俺の言ってることが正しいかどうかで始まったわけじゃん。もしかして、忘れてる?
付き合ってやっただけでも、感謝して欲しいんだが。
と、胸中で文句を垂れ流しにするも、声には一切出していない。この俺を言わしめて、ビビらせる圧が二人にはあった。
「……あ、その……。ありがとう、ございます」
「可愛い!!」
急に飛び込んできた褐色に、されるがままに抱きしめられる。
くっ! 速い……ってか、力強っ!? やばい、動けない!
「お、俺は男だ!!」
苦し紛れにそう叫ぶと、それが功を成したのか褐色が離れる。
肩で息をする俺に、キョトンとした顔で褐色は言った。
「このゲーム、ネカマはできないよ?」