復帰?
「……え? これ、どういうことっすか?」
私は今見た結果が信じられず、縋るように疑問の声を上げる。それはコメントの皆んなも同じようで、ハテナマークを付けたコメントで溢れかえっていた。
ただコソデさんだけは、残酷に真実を伝えてくる。
「見たまんまでありんす。摩天楼が負けんした」
「そ、そんな……おかしいじゃないですか! だって、今!」
「そうですよ! どこをどう見たらそんな結果に!」
ゆりかごも、珍しく感情を前に出して食ってかかる。
が、コソデさんはどこまでも理性的で冷淡だった。
「摩天楼のクランが白旗を上げて降参を示した。それ以外に、どんな結果が残らんした? 感情的になるのも結構でありんすけど、事実を受け止めるのも大事でありんすよ」
そう言いたいことだけ言うと、コソデさんは部屋を出ていく。
残された私たちは悲惨だった。ゆりかごに至っては、顔面を蒼白にさせている。いや、私自身……そうかもしれない。
ハロンのことを思うと、到底笑顔なんて浮かべられない。
「ど、どうしよう……ハロンちゃんと連絡がつかない」
「そりゃ、クラン戦が終わったばっかだし……」
都合の良い答えを自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、どうにかなりそうだった。
「………私、運営に連絡してみる。やっぱり、今のはおかしいよ」
「ゆりかご! そんなことしたって無駄だって!」
「離してよ美郷ちゃん! 美郷ちゃんは………っ!! 心音ちゃんのこと……どうでも良いの……?」
「い、良いわけないじゃん!」
涙目になりながら、こちらを睨みつけてくるゆりかごの、鴎ちゃんの圧に負けて、思わず声が裏返ってしまう。
そんな私の反応に、更に不信感を募らせるようだった。
「………私、一人でもやるから」
「ちょっと、私の話を聞いてって!」
「離してっ!!!」
ガッと掴み合いになってしまう、私と鴎ちゃん。決して、修復できないほどの溝が出来上がるところだった。
が、ギリギリのところで踏み止まることができる。救いの声が、入口の方から聞こえてきた。
「何してんだよ、お前ら」
「先輩!? 大変なんっす! ハロンが!!」
「フクロウさん! 助けてください! クラン戦で負けて!」
二人して助けを求めるように駆け寄るも、落ち着け、とでも言うように私たちの頭を抑えて、距離を取ってくる。
「あー、同時に話すな。聞き取れない。というか、あれだろ? 摩天楼がクラン戦で負けたんだろ」
「知ってたんっすか?」
「いや? 別に。ただ予想できただけだ。ミハエルが花鳥風月の方についたって前提があるとな」
どこか、訳知り顔でフクロウさんは言う。そして部屋に入って、ベットに座るや否や不敵な笑みを浮かべた。
「取り敢えず、ハロンのことは気にすんな。あいつに害が及ぶことはない。それと花鳥風月に関しても安心しろ。もう片付いた」
◇◇◇
「………どうしてだ、ミハエル。なぜ、奴についた」
俺は自室で一人、項垂れながら先ほどのやり取りを思い出した。
『降参を勧めるよ。自分のクランを丸焦げにしたくはないだろ』
『これは冗談じゃないさ。花鳥風月には多くのプレイヤーが詰めている……別に彼らは、戦場から逃げたわけじゃない』
『戦場から退くように見せて、その実魔力を集めて魔法を完成させていた。ここまで言えばわかるだろ?』
『勝てるとたかを括った、君たちの負けさ』
「クソがっ!!!」
自分の不甲斐なさを誤魔化すように、机に八つ当たりをする。
魔法による超長距離狙撃。クラン戦において、一番警戒すべき攻撃だった。だというのにそれを敵に構えられ、剰え喉元に突きつけられた。
あの距離ではもはや完璧に防ぐことはできない。
例えバフをかけられたキラリを持ってしても、純正魔導士数人で練り上げられた一撃は防ぐことはできない。
だからこそ、警戒をしていなかったわけではない。
ただ、騙された。
あの最初の無駄にも思える猛攻や、その後の勝機を窺っての停滞。そして無様な撤退と、その全ての動きが自然すぎた。
あれが全部演技、目的はクランハウスへ逃げ帰ること。
もし途中でその違和感に気づいて、無理にでも花鳥風月のクランに強襲していれば、また結果も違っていただろうに。
どれだけ頑張っても、足止めぐらいにしかならない。ただ、その足止めだけで充分だった。
魔力を貯めるのに、充分過ぎる時間を稼がせてしまった。
このタイミングでその魔法が完成していたとなると、このクラン戦の最序盤から準備していたことになる。
思えば、ステージをこの山岳エリアにしたのも、その作戦を成功させるための一環だったに違いない。
ステージよ性質上、奴らのクランとここは遮蔽物も無く、一直線上に見える場所に位置している。
そんなことも気づかずに俺は勘違いをした。もうここから、奴らに打てる手は無いと。勝利は九割がた決まったと。
認めるしかない。あいつの言う通り、俺たちはたかを括っていた。
「…………ふー」
あれが全部演技だなんて戯言、普通なら一笑にふす価値もない。それほどまでに完璧なタイミングだった。
ただ、それらを全てミハエルが指示して操っていたとしたら、話は180度変わってくる。
俺たち全員の裏をかくなんて芸当、朝飯前にやってのけるから。
最大の敗因は、ミハエルと花鳥風月が手を組んでいたのに、気づけなかったことにある。
「いや、気づけるわけないだろ。馬鹿がっ」
愚痴るように一人呟く。
あいつは無理矢理、居場所を奪われ地位も名誉も失ったんだろ。しかも聞くところによれば、その経緯も穏やかなものじゃなかったらしいしな。
そんな奴が手を貸すなんて、あり得ない。その関係性を知っていたら、クラン戦なんて仕掛けなかった。
そんな後悔に苛まれていると、傍に立っていた副マスターがしょうがないとばかりに、声をかけてきた。
「マスター。これ以上の抵抗は無駄かと」
「………そうか、開けてやれ」
俺自身、もうどうしようもないな、という諦めの気持ちで副マスターにそう指示する。責任は負わなければな。
「悪いとは、思っている」
武器を構え、凶悪な笑みを浮かべている面々に向かって、言い訳がましい言葉を投げかける。
どうやらそれで、許してくれそうにも無かった。
◇◇◇
「和平を勧めるだ!? 意味わかんねーこと言ってんじゃねえ!」
「意味はわかるだろ。むしろ、それ以外にどうしろと?」
俺の怒鳴り声に呆れたように返答してくる、ミハエル。そういう透かした態度が気に入らないんだよ、てめーは!!
「魔法をぶつければ良いだろ! それだけで粉々になる!!」
「本気で言ってるのかい? 君は」
「何が言いたいんだ、お前はよ!」
小馬鹿にしてくる態度にムカついて、結論を急がせると、あからさまにため息を吐かれる。あ?
「曲がりなりにも、彼らと鎬を削りあってた君ならわかると思うけど、こんなチャチな魔法じゃ、あそこを完全に破壊するのは不可能だよ。できて3割、それ以上は無理だ。摩天楼とかつて並び立っていた君なら、わかることだろう?」
故意か偶然か、一々癪に触ることを言ってくる。そんな一々、昔のことを強調しなくても良いだろうが。
「そして傷を負った彼らが、何してくるかわかるかい? ここが見るも無惨な、残骸のオブジェに早変わりさ。僕の知らない理由でそれを求めているなら、止めはしないけど」
「一々煽ってくるな! 殺すぞ!!」
冗談ではないと、剣を突きつけて脅す。だが、微塵も動揺する様子のないミハエルに、更にイラついた。
「じゃあ交渉に行ってくるよ。この内容なら、確実に食いつく」
「言い値を払わせるってやつか? いくら取るつもりだ」
「全体の3割程度」
「はー!? 3割だと?? ふざけんじゃ……あー! クソが!」
俺の一瞬の隙をついて、消えたクソ野郎に悪態を吐く。帰ったてきたら、絶対殺す!!




