閉幕?
「これはまた、一方的な展開でありんすね」
たった4人で100人を越える相手を封殺している状況に、コソデさんは端的にそう感想を述べる。
「確かに…でもこのままじゃ、摩天楼の方も攻められないんじゃ」
「今は待ちの時間でありんすね。このクラン戦、制限時間というのは実質的に存在しない。なので度々、こういう展開が起きるんでありんす」
コソデさんの言う通り、花鳥風月が攻め、それを摩天楼に阻まれるという膠着した状態が続く。
それが幾何か続いたかと思うと、花鳥風月の攻勢は止まった。
多分、このままやっていてもジリ貧だと悟ったのだろう。自分の陣地に戻って、体勢を立て直す。
「おー! 私でもわかるっすよ! 摩天楼の勝ちっすね!」
「うん。花鳥風月の方は結構戦力削っちゃったもんね」
ゆりかごの言う通り、花鳥風月はさっきの攻勢で、全体の4割くらいの戦力を失っていた。
引くタイミングも、何もかもが中途半端。無駄に攻勢を長引かせた花鳥風月に勝ち目はない。完全に花鳥風月のミスだ。
そんな思いに応えるように、摩天楼の面々は進軍を始める。
コメント欄も花鳥風月を批判する声を押しつぶすほどの、摩天楼を応援する声で溢れている。
このクラン戦の趨勢は、誰がどう見ても決まってしまった。たった一人の目を除いて。
「……….いや、有り得ない。単純に攻め時と引き時を誤った。なのに感じるこの違和感は何……? まるで、誘われているみたいな不気味な感覚」
コソデさんは自問自答するように、一人呟く。いつもの変な口調も外れて、完全に素に戻っていた。
コソデさんは何を悩んでいるんだろう? もう、クラン戦の結果は決まったみたいなものなのに。
確かにコソデさんの言う通り、花鳥風月の面々は足止めする役割は果たしていた。
ハロン達は、鬱陶しそうに次から次へと来る敵を殲滅している。
ただ、実際それは時間稼ぎでしかない。事実その足止めで、また花鳥風月は戦力を1割は削っていた。
画面上に出ているそれぞれのクランの残存数という、わかりやすい戦況の指標を見ながらガッツポーズをする。
「ハロンちゃんの言う通り道だったね。杞憂だったみたい」
「うん! こんなことなら、賭けとけば良かったよ。今からでも、摩天楼に賭けられないかな?」
「そんなこと許したら、オッズが壊れちゃうよ」
ウキウキとした気分で、二人して笑い合う。
そんな中でも、コソデさんは険しい表情を崩さず、戦場を静かに見守っていた。
それが正しかったと、私たちはこれから知ることになる。
◇◇◇
「ば、化け物が……」
「酷いな、化け物だなんて」
その発言で傷ついた、とでも訴えるように心を痛めるジェスチャーをする。それをしているだけの、余裕があった。
「嘘つけ。お前はそんな柔じゃないだろ」
「うるさいな……」
つまらなそうな様子で茶々を入れてきた『ジャック』に、いつもの感じで不満の声を上げる。
山狩を終えて暇になったみたいだけど、なんでわざわざ私の方に来るのか。もっと、信頼して欲しいところだ。
「隙あり!!!」
ジャックに意識を取られている私を見て、突っ込んできた相手の一人が、的確に頸動脈を貫かれてHPを消滅させられる。
「油断すんな」
……こっちの方が、もっともっと化け物だと思うけどなー。
「さて、次は誰が私の足止めをするのかな? 良い加減飽きてきたから、通してくれると助かるんだけど」
「こ、こんな化け物と闘ってられるか!!」
一人、背を向けて逃げ出した男に向かって投げられた暗器を弾く。弾かれた張本人は怪訝な目をこちらに向けてきた。
「何すんだ」
「背中を見せている相手に後ろからとか、外道過ぎない?」
「ふんっ。甘いな、お前は」
いや、甘くないよ。今のはあくまで方便だし。
尻尾を巻いて逃げていく敵の姿を見て、私はニヤリと笑う。
「で、君たちはどうする? お望みなら、生きたままミンチにしてあげるけど?」
「や、やってられっか!!」
「こんなの割に合わねーよ!!」
私の脅しに縮み上がったのか、同じように背を向けて走っていく。
一度、生きたまま逃したという前例を与えたことで、彼らに逃げるという選択肢を与えた。こったのほうが、遥かに効率が良い。
「やっぱり、柔じゃないな」
その一連の流れで私の思惑を察したのか、呆れた口調でそう評価してくるジャック。中々に失礼だね、君は。
「それより進もう。こんな茶番、続けてられないからね」
「全くだ」
◇
「おう、随分と遅かったな」
「『暁月』さんは速かったですね。迷わなかったですか?」
「一本道だったろうが! 馬鹿にすんなよ!?」
最初に比べたら数は少ないが、そこそこの数の敵の前で、私たち3人は和気藹々と軽口を叩き合う。
おそらくだけど、自分のクランに逃げ帰ったんだろうな。そこそこ練度は高いと思ったけど、気のせいだったかも。
ま、私たちにとってはそっちの方が都合が良いし、良いけど。
「じゃ、早い者勝ちだな」
敵の横に広い隊列の奥に聳える、まあまあ立派なクランハウスの方を見て、暁月さんは野生的な笑みを浮かべて言う。
その身体全体には抑えきれない衝動が巡っていて、手にした身の丈ほどの大きさを持つ血まみれの斧も、小刻みに震えている。
「ズルくねそれ? あんたがクソほど有利じゃん」
「はっはっは! だから、どうした!!!」
自分の得意分野とあってか、とても楽しそうに、不満の声なんて聞き入れる余裕もなく、敵の元へと突っ込んでいく。
まさしく、弾丸のように弾き出されたその巨体で、不用心にに広がっている奴らをピンボールみたいに吹き飛ばす。
それでも尚、暁月さんの快進撃は止まらない。
斧を一心不乱に振り回して、組み付く敵を千切っていく。
いつもながら、敵が可哀想になるほどの傍若無人ぶりだ。
「おー! 良いぞ良いぞ! こいつらまだ、戦意がある!! こんなにも劣勢な状況だってのに、おもしれーじゃねぇか!!」
「うわ……メチャご機嫌じゃん。もう、あの人一人で良くね?」
「ま、良くはないでしょ」
暁月さんに続くように、私も戦場へと出向く。そこで、暁月さんが謎にテンションが高い理由もわかった。
この人たち、まだ諦めてない。不気味なほど、食らいついてくる。
「君たちは、何を狙っているのかな?」
四方から同時に攻め立ててくる敵を躱しながら、彼らに尋ねる。
「『五月雨突き』」
どうせ答えなんて返ってくるはずもないので、スキルを使って辺りを一掃する。
「まあ、良いさ。あそこを潰せば終わるんだ」
片手間に彼らを蹴散らしながら、死体の山の上にドカッと座る暁月さんの元へと行く。
彼らじゃ、時間稼ぎすらできなかったみたいだ。
「おう、遅かったな。スキルを合わせるぞ」
「わかってますって」
手に持っている、槍と斧を空中で交差させる。この距離なら、一撃であの花鳥風月のクランを破壊できそうだ。
「………おい、ちょっと待てよ」
スキル発動の溜めの最中に声をかけられる。どうやら、撃ち漏らしがあったらしい。暁月さんは苛立たしげに叫んだ。
「おい、ジャック! 撃ち漏らしてんぞ!!」
「うるさい! そっちでなんとかしろ!」
ジャックもジャックで忙しそうだった。辺りをピョンピョンと跳び回って、暗器を操っている。
暁月さんは深くため息をつくと、スキルをキャンセルし、斧を肩に担ぎ直した。
「さっさと終わらせるぞ。一思いに来やがれ」
「……いや、もう俺らの仕事は終わったよ」
その言葉に不可解な顔を浮かべる私たちを無視して、その男は私たちの後ろの方を指差した。
そしてーー、
高く聳える私たちのクランハウスに、立てられた白い旗に、私たちの目は釘付けになった。




