グレー?
「そうこう言っている間に、このクラン戦は佳境に入ったみたいでありんすね」
「え!? もう!?」
「この程度の規模となると、戦端が開かれればそこからあっという間でありんす。バフによるゴリ押しを仕掛けたみたいでありんすが、無難に耐えられカウンターをかけられたみたいでありんすね」
天網の言う通り、バフをかけられたはずの方は更に人数差が開いて劣勢になり、自陣の方へ押し込まれていた。
優秀なカメラワークだ。いやそれ以上に優秀なのは、天網の戦局観なんだがな。こいつ、一瞬で戦況を見抜きやがった。
「こうなってくると逆転はほぼないので、取れる手段は二つでありんすね。クランハウスを潰されて再起不能になるか、相手の講和条件を飲み込んでギリギリ再起不能で止まるか」
どっちにしろだな。それを選択肢とは言わない。
「気になってたんですけど、講和条件って何ですか?」
「お互いのクランがクラン戦を始める前に設定しなければならない、落とし所でありんすね。詳細で確認できるでありんすが、今回の場合、800万Gを払うことになってるでありんすね」
その額のデカさに、開いた口が塞がらないようだった。
「「は、800万!?」」
「別に、驚く額でもないでありんす。むしろ、少ないぐらい。要求できる限度額はそのクランの全財産の8割までなので、仕方ないことではありんすが」
「そこまでしないと、再起不能にはならないってことか」
やっぱ、どこまでも恐ろしいな。でも、このクラン戦がフルブラでは異様な人気を誇っている。
大多数VS大多数という構図だけでなく、このどちらも命懸けのヒリツキが、人を惹きつける。
「………あ、白旗を上げました」
「降参でありんすね。大概のクラン戦がこの結末を迎えるでありんす。クランを失うというのは、相当でありんすからね」
クランを失う方を選べば、全財産の3割の損害で済む。残ったお金でクランを建て直せば良いだけの話だと思うが、やはりある程度育てたクランには思い入れが残るらしい。
「どうでありんすか? 初めてクラン戦を見た感想は」
「な、なんか色々凄かったす。至る所で爆発が起きて」
「これが、摩天楼と花鳥風月の間で起こるんですか?」
「このまま行けば、そうなるでありんしょうね」
どこか落胆気味に答える天網とは反対に、世間のプレイヤーの期待値はアホほど高い。
ただでさえ人気のあるクラン戦で、あの摩天楼が出てくるのが大きいらしい。よく知らないが。
しかも相手は、元とは言え摩天楼と競っていた強豪クラン。
期待するなという方が、無理がある。
勿論それは、クレアシオンとかいう過去のクランがどうでも良くなるぐらいに。
これもミハエルの策略かってほどに、俺の流した噂が立ち消えている。なんか、普通に悔しいな。
「まあ、そこら辺の色々はこいつにでも聞いてくれ。それじゃ」
「え、ちょっと、先輩!?」
パウンドの静止の声を振り切って、ベットに潜り込む。真っ白な視界の中でログアウトを選択し、現実世界へと舞い戻った。
◇◇◇
日曜日の夕方5時。多くの日本人が明日がやってくるのに憂鬱を感じている時間帯に、俺はディスプレイの前で睨めっこをしていた。
「………やっぱ、絞り切れないよな」
自室で一人、ため息を吐く。
天網の話で、住んでいるであろう大まかな地域はわかったが、それ以上となるとどうにも難しい。
そこら辺の地域で、倒産した会社や売り上げが落ちた企業を調べていたが、候補があまりにも多すぎる。
日本の不景気は深刻だな。
なんて、日本のこれからの行く末を嘆いている場合でもない。なんとしてでも、見つけ出す必要がある。
もう、虱潰ししかないか? と覚悟を決めていると、地図アプリに載っていたとある店名に目がいった。
いや、正確に言えば地図アプリに名前が載っていたわけじゃない。ただ、フルダイブ型のアプリを使っていたおかげで、その店を発見できたってだけの話だ。
『little Kiss』。
その店名を冠したキャバクラに、俺は目を奪われる。
殆ど成人になって興味が湧いたとか、そういう類の話じゃない。
ただ、今までの符号が重なったような、パズルのピースが埋まったような、そんな錯覚を受けた。
「偶然か? もしくは………」
身に余る望外の幸運に、意味深な言葉を呟いてしまう。
勿論、ただの気のせいという可能性もあるが、それ以上に、これを偶然で片付けたくない願望が勝ってしまった。
「取り敢えず、電話してみるか」
その店のホームページに飛んで、目当てのキャバ嬢がいるのを確認してから、俺はその店の電話番号へと電話をかける。
……この行動だけ取り上げると、完全にアレだな。うん。
◇◇◇
「心音ちゃーん!」
「ああ、朝から騒がしいね。美郷」
どこか苦笑いを浮かべる心音ちゃんの手を取り、思い切り振る。
私の横に立つ鴎ちゃんも、不安気な視線を寄せていた。
「だって聞いたよ? クラン戦って大変なものなんでしょ?」
「万が一にも負けたら、クランがなくなっちゃうって……」
私たちの不安の拠り所を知った心音ちゃんは優しく笑う。そして安心させるみたいに、胸をドンと、力強く叩いた。
「安心しなよ。そんな万が一なんて、起こりようがないさ。自分で言うのもなんだけど、私たち結構強いからね」
「そうだそうだ!!」
「うぇっ!?」
「きゃっ!?」
突如現れた叫び声に、私たちは二人して驚く。声の方向を見れば、知らない男子が数人、私たちの真後ろに立っていた。
「え? 何? 怖い」
「怖い? 僕たちのどこが怖いと言うんだ!!」
全部だよ、全部。後ろに黙って立っていることも、急に大声を出すことも、数人で群れを成していることも。
この人たち、結構やばいことしてるの自覚ないのかな。と脳内でボロクソに言っていると、心音ちゃんが頭を抱えているのが見えた。
「君たちさ……学校内で話しかけないでって言ったの忘れたの?」
「勿論、忘れてなどいません! ですが、摩天楼の一大事ともなれば、そのようなことは些細なこと!」
同調するように後ろの二人も頷く。
話が通じないと、心音ちゃんは小さく呟いた。
「おい、良い加減にしろよお前ら。道下、困ってんじゃねーか」
「そうそう。リアルの学校でゲーム内の話を持ち出すとか、頭おかしいんじゃないの?」
「良いから出てけよ。お前ら他クラスだろ」
心音ちゃんが困っていると見るや、クラスの人が過剰に庇う。いきなり声をかけてきた男子たちは旗色が悪いと見るや、逃げ出してしまった。
「ごめんね、皆んな」
「良いって。私たち、友達でしょ?」
「これからも、なんかあったら俺らに言えよ」
厚かましいほどに友情を押し付けて、クラスメイト達は離れていく。心音ちゃんは、さっきの人たちに絡まれたときくらいの困り顔を浮かべていた。
「……フルブラはプレイ人口も多いからね。無駄にゲーム内で有名なだけに、学校内でもあんな風に絡まれるんだ」
「た、大変だね」
「そう、大変。私、強いから」
私たちを心配させまいと、心音ちゃんは気丈に振る舞う。その優しさが、とても心に沁みた。
「それにしても、先輩。今日はどうしたんだろ」
「うーん……昨日ログインしてたから、体調を崩したとかじゃないと思うけど……」
「ま、それはゲーム内で先輩に直接聞けば良いじゃん」
そう結論づけて、私たちは雑談を続ける。
その認識が甘かったことを、後で知るのだった。




