クラン戦?
「は? 摩天楼が宣戦布告した?」
「そうっす! そうっす! そう、言ってたっす! ………で、宣戦布告ってなんっすか?」
伝えられたことをそのまま伝えてきたらしいパウンドは、テンション高めに俺に尋ねてくる。
だから、なんで俺に聞くんだ? 前から思ってたが、お前は俺をビギナーだと思ってないのか?
「………宣戦布告ってのは、そのまんまの意味だよ。敵対するクランに対して、『テメーと戦争してやるって』ときに出される」
「それって、つまり……」
「ああ。花鳥風月は完全に摩天楼をキレさせた」
流石にクランメンバーへのナンパ紛いの勧誘は、許されなかったみたいだな。当然すぎる。
「あの、戦争ってなんなんすか?」
「そこはわっちが説明するでありんす」
いきなり声を上げた天網を、二人はじっと見つめる。本人はその視線をどこ吹く風といった感じで、堂々と受け流していた。
「あの。ずっと気になってたんすけど、この人誰っすか? いきなりここに連れてこられても困らんすけど」
「というかフクロウさん。今日は忙しくてフルブラにログインできないって、言ってませんでしたっけ」
「違う。お前らと遊んでる暇はないって言ったんだ」
「どっちも同じじゃないっすか」
同じじゃない。
実際、宿屋に寄ったのは、ゲーム内での情報収集も終えてログアウトするためだし、お前らと会うつもりなんて微塵もなかった。
後、天網がついて来た理由は知らない。
「それより先輩! 私の質問に答えてくださいっす!」
「面倒い。本人に聞け」
「それもそうっすね。あんた、誰っすか? 先輩の知り合い?」
「あらー、素直でありんすね。良い子、良い子」
そう言ってパウンドの頭を撫でると、一度咳払いして、勿体ぶった態度で自己紹介を始めた。
「わっちの名前はコソデ、しがない情報屋でありんす。フクロウはんとは……まあ、古い付き合いで色々と。今後とも、仲良くしておくんなし」
「宜しくっす! 私、パウンドって言うっす!」
「ゆりかごです……その、フレンド登録とかって」
「勿論、大丈夫でありんすよ」
やはり女性同士で警戒心も薄まったのか、一気に打ち解け合うと、3人でわいわいと盛り上がり始めた。
その最中に、天網が近づいて耳打ちしてくる。
「……どことなく、あの子たちと似てるでありんすね」
「あ? なんの話だ?」
薄々感じていたことを天網に言われてしまい、反射的に惚ける。例え似ていたとしても、ただの偶然だ、偶然。
「それでコソデさん。戦争ってなんですか?」
「そうでありんした。戦争とは、このフルブラ内に搭載されているシステムの一つで、『クラン戦』とも呼ばれるものでありんす」
その説明に未だピンと来ていない様子の二人。こういうゲームに触れて来てない分、想像もつき難いのだろう。
「宣戦布告を受けたクランは戦場を選べるでありんす」
「戦場ですか?」
「森林とか市街地とか、戦場となるステージは多岐にわたるでありんすね。どれも共通して言えるのは、そのどれもがこことは違う次元に存在しているってことでありんすね」
「お、おー? なんか凄そうっすね」
「そのステージへとクランハウスごと転送された二つのクランは、向かい合う形で配置されるでありんす」
そう言って、インベントリから取り出した、クマとウサギを模したぬいぐるみをクランに見立てて相見えさせる。
「そして始まるのがクラン戦。どちらかのクランが破壊される。もしくは、お互いのクランマスターが講和条約を結ぶ。その条件を満たさない限り、終わることはありんせん」
クマとウサギをわちゃわちゃさせたかと思うと、ウサギがクマにマウントを取るような形になったり、クマとウサギの右手を合わせて握手している風に見せたりして、視覚的に説明する天網。
こいつ、キャラがブレてないか?
「それって宣戦布告を受けたクランは、断れるんすか?」
「勿論、できるでありんすが……おそらく、花鳥風月は断ることはしないでありんしょうね」
そりゃ、やる前に負けを認めたってことだからな。プライドが高いからこそ、受けないなんて選択肢は取れない。
「で? 戦うとして、花鳥風月の奴らは勝てると思うか?」
「おそらく無理でありんしょうね。そもそも、肩を並べられていたのも、数ヶ月前の話。第一、その時すら勝てずに逃げ出したんでありんすから、今の花鳥風月に勝てる要素は一切ありんせん」
俺が尋ねると、天網は誰でもわかる返答をしてくる。だが、
「納得してないんだろ」
「……そうでありんすね。その、リュージはんの挑発紛いの行為は、こうなることを望んでいたためと思いんす。だとしたら、何かあると見るのが普通でありんしょうね」
言葉は濁しているが、俺と天網は既にその理由の何かについてら心当たりがあった。
「そのクラン戦って、観戦とかできるんすか?」
「ええ。ウィンドウを開いて、そこのインベントリという表示の下。設定の歯車マークの横に、扇形のバウムクーヘンみたいな変なマークがありんしょう?」
このマークな。何を指してるんだろうな?
「そこを押すと、オンラインという画面に切り替わるでありんす。そこではリアルタイムで更新される情報を確認できたり、掲示板を覗いたりと色々な機能があるでありんすが、その中の一つに観戦という項目がござりんせん?」
「はいっす、これっすね……おおー!! ズラッと出て来たっす」
「これって、過去行われたクラン戦のログですか?」
俺も同じ操作をして、その画面を出す。
そして、ツィーっと上の方にスクロールさせたら、まあまあ衝撃的な戦いがいくつか見受けられた。
見知ったクラン名もその中に混じっており、負けて潰されていたことを今になって知る。もう、あのクランは無いのか。
悲しい気持ちになりながらも、とあるクラン名で検索をかけると、たった一件だけ、丁度一年前の記録を発見した。
俺が殺され、このゲームから追い出されたすぐ直後のことだ。
その思い入れのあるクランの横につけられたバツマークに、今あいつらが別々に行動している理由が詰まっていた。
「お、後5分で、どこかとどこかの戦いが始まるみたいっすよ?」
「見るべきところはないでありんしょうが……クラン戦の流れを知っておくのは大事でありんす。観戦、いたしんしょう」
「「はい!」」
……なんか、天網がこいつらの保護者みたいになってる。
「姉ぐらいの歳の差があるから、素直に従ってしまうのか」
俺が一人考察していると、足を思いっきり踏んづけられた。
天網はニコニコとした笑顔を貼り付けているが、怒っていることは一目でわかる。
なんだ、いきなり……え? 俺が悪い? マジで?
「クラン戦のルールは簡単でありんす。クラン同士の総力戦で、先に相手の本拠地を潰した方が勝ちというシンプルなもの。人数差がある場合は、少ない方にその人数に応じたバフや、ステージに応じた地形的効果が与えられるでありんす」
言っている間にクラン戦が始まる。両方のクランの奴らが目をぎらつかせて、相手陣地を睨みつけていた。
「クラン戦では死んだプレイヤーは戦場に復帰できないでありんす。だからこんな風に、睨み合い膠着する形になることもしばしば。けれど」
その言葉に合わせるように、一方の陣地で戦火が起こる。
「今みたいに、バフを受けた方が先に動く場合が殆どでありんす。奇襲こそ正義のクラン戦において、どの程度のバフを得てるのかという情報は、重要なアドバンテージでありんすから」
バフを受けてない方は相手の伸び具合を確かめる術がないから、下手に動けないってことか。
中々に良くできているな、クラン戦。




