裏技?
『あ、わかってると思いんすが、クレアシオンに直接、陽炎について聞きにいくのは無しでありんすからね』と、一方的に自分のわがままを伝えると、天網は去っていった。
いや、俺としてもミハエルに勘づかれたくなかったので、そこは全然良いんだが。最初からそうするつもりだったし。
ただやっぱり、クレアシオンに頼らないとなると、陽炎とやらの手掛かりは完全に無くなるよなー。
「聞き込みするといっても、手探りじゃどうにも」
そもそも誰に話を聞けば良いのか。
パッと思いつくのは、辞めていったクレアシオンの元クランメンバーとかか?
いや、それで有益な情報が集まるとも思えない。例え陽炎について知っていたとしても、教えてくれるとは思えないしな。
「………やっぱ、あそこしかないか」
正直狡いので使いたくはない手だが、手段は選んでいられない。なんせ後、6日しかないからな。
◇◇◇
「よう、頼みたいことがあるんだが」
「は、はい」
冒険者が並んでいるカウンターの最前列に割り込んで、受付嬢に手短に要件を伝える。
当然、そんなことをしてヘイトを買わないはずもなく。
「ちょっと、ちゃんと列に並んでくださいよ!」
おそらく次の番だった中学生くらいのガキが、全員を代表して、至極当然のことを言ってきた。
が、それを横に立っていた保護者らしき女性プレイヤーが止める。
「ダメよー、『十六夜』ちゃん。ほら、この子特別許可証を持っているでしょー?」
そう言って俺が手首にかけてる、社員証みたいなものを指差す。
「それは限られたプレイヤーしか持ってなくて、その所持者は冒険者ギルドでの、ある程度の越権行為は認められるのよ」
言い方は気になるが、その通りだった。
二つ名持ち等の、ギルドから認められたプレイヤーにしか贈られないそれを、前来た時に押し付けられるように渡されていた。
間違いなく、俺のスキルの仕業だな。
今みたいに持ってるだけで色々な恩恵が得られて便利なだけに、返すのが惜しくなってしまう。
持っているべきではないとは、思っているんだがな……
「悪いな。手速く済ませる」
「いいのよー」
ニコニコと人のいい笑みを浮かべて、手を振ってくる。何を考えてるかわからない、不気味な女だ。
危険? いや、まだわからないな。
「あの、それでご用件は……」
後ろの藍色の髪の女に警戒していると、受付嬢が消え入りそうな声で俺に聞いてくる。顔が見れないのか、終始俯いていた。
「登録している、冒険者のリストを見せてくれ」
「は、はい! こちらに……」
流石に個人情報なので断られるかと思ったが、そんなこともなく。遠慮がちに跳ね上げ式カウンターを上げて、招き入れてくれる。
越権しすぎだろ。他のプレイヤーがザワザワしてるぞ。
その奇異なものを見る視線に耐えられず、素早くカウンターの中に入ると、受付嬢は備え付けられたシャッターを下ろした。
おい、何もそこまで……と思っていると、他のカウンターに座っていた受付嬢全員がこちらを見てきている。
見ればどこもシャッターが閉まっており、この時間に限り、完全に業務を停止していた。
「………なんですか、皆さん。業務に戻られては?」
「ちょっと? それは無いんじゃない?」
「そうそう。案内なら私がしてあげるしー」
「フクロウさんは、私を選んでくれたんです!!」
違う。別に選んだつもりはないし、案内してくれるなら誰でもいい。というか俺の名前、ナチュラルに知ってんのな。
そんな俺の思いも無視して、それを皮切りに受付嬢どもは、私も私もと手を挙げてくる。
お互いがお互いの意見をぶつけ合い、事態は混迷を極め、遂に10人同時でじゃんけんするという終わりのない闘いを始めようとしたところで、俺は声をかけた。
「もう、お前で良い。さっさと行くぞ」
「え……あ…………はい」
最初に声をかけた受付嬢の手を取り、その場を抜け出す。
火が出るほど顔を真っ赤にした彼女は、その最中でも他の同僚たちに向けて、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
◇
「おい。ここの棚に置いてあるファイルが、そうなんだな?」
「おい、だなんてそんな……夫婦みたい。そ、そういうのは私たちにまだ……その……で、できれば、アンナと呼んでください」
よくわからないが、その受付嬢、アンナの言葉に従う。こんなところで時間はとってられないからな。
「で、アンナ。これがそのリストなのか?」
「は、はい……旦那様…い、いえ! フクロウさん!」
「旦那様はやめろ」
「そ、そうですよね! まだ速いですもんね!」
くそっ、言い争うのも面倒い。無視だ、無視。
「それらが、冒険者ギルドに冒険者として登録された全ての人を記録し、網羅したファイルです。中身はリアルタイムを反映しており、例えここのギルドで登録されずともそこに記載される仕組みとなっております」
どこか熱に浮かされた様子ではあるものの、職員としての仕事を全うするアンナ。さっきまでとは別人みたいな、説明口調だ。
「……なるほど。リアルタイムね」
中身をパラパラと見て、アンナの言っていた意味がわかった。
確かに中に閉じられているのは紙だが、そこに書かれている文字はインクや黒鉛じゃない。
電子の文字とでも言うべきものが、ページを開くと仕掛け絵本みたいに浮かび上がってくる。
その電子の文字がいつの間にか撮られていた顔写真と一緒に、白紙のページへ自動的に記録されていく。現代でも、とある一部で使われているシステムだ。
コストがかかりすぎて、流石にまだインクの方が主流となっているが、十数年後には一般的なものになると言われている。
「しかし、膨大だな」
背表紙に『か』と記されたファイルをめくりながら思う。
か、から始まる名前の冒険者だけ記録されているんだろうが、それでも分厚い。広辞苑くらいあるぞ。
しかも、その殆どがプレイヤーネームとおぼわしきものだし。
プレイヤーの増加を感じさせるな。
「お、やっとあったか」
陽炎、という名前を見つけてページをめくる手を止めるも、それは同名の別人だった。顔写真を見る限り、見るからに若い。
フルブラはプレイヤーネームの重複を禁止していないので、陽炎とかいう人気のありそうな名前にすれば、自然そうなってしまう。
表記違いを含めたら、他にも8人くらい同じ名前を見つけたし。これは多いのか少ないのか、判断に迷うな。
ま、そのプレイヤーの情報欄に、所属クラン名まで書かれているから、顔を知らなくても間違うことなんてないんだが。
「………は?」
俺はそこで思わず、間抜けな声を出してしまう。
陽炎という名前のプレイヤーは複数人いたが、その中で誰一人として、クレアシオンに所属している奴はいなかった。
◇◇◇
「ち、うぜってーな」
玉座に深々と座りながら、忌々しくも摩天楼の馬鹿どもが送りつけてきた果し状を読んで、苛立たしげな声を上げる。
クレアシオンの雑魚どもが分不相応に噛み付いてきてるってのに、お前らも相手してやれるほど暇じゃないんだよ。
「あいつら、裏で手を組んでんじゃねーだろうな」
「弱い奴は、群れないと何もできませんからね」
横に控えていた『マギカ』の言葉に俺は笑みを深くする。
流石、賢い女だ。わかってんじゃねーか。
「でも、どうします? 摩天楼は厄介ですよ」
「俺がそこまで配慮してないとでも思ってんのか? ハロンのクソが、俺の慈悲を足蹴にしやがって」
立ち上がり、マギカに伝える。
「奴を呼べ、あいつならなんとかできるだろ」
「は、承知いたしました」
去っていくマギカを見ながら俺は胸中で笑う。
後悔しろよハロン。テメーのせいで、クランが消えるんだからな。




