頭脳戦?
脳内で何をどう捏ね回したかは知らないが、ズバリと言い当てられてしまう。欲をかいたせいで犯行がバレてしまったらしい。
どんな情報でも教えるという言質を取ってからそのことについて聞く心算だったが、やっぱ知恵比べじゃ勝てねーな。
「ああ、そうだよ。どうせ教えてくんないだろ」
「ええ、そうでありんすね。諦めておくんなし」
もう良いやと開き直って尋ねると、端的に断られる。知ってたよ。
「それは無理だ、だから取引しようぜ。お前の知らない情報を教えてやる。それでお前は俺の質問に答えろ」
「………わっちに、その勝負を持ちかけるでありんすか」
面白い、とでも言いたげに淑やかに笑う天網。そここらは仄かに、絶対の余裕が見てとれた。
「俺が提供する情報は一つ。範囲はこのゲーム内で良いか?」
「それだと、あまりにもこちらが有利でござりんすね。範囲はこのゲーム内という、つまらない縛りはいりんせん」
よもや、最低限のルールをハンデだと捉えて突っぱねる天網。
正気か?
その範囲を逸脱すると、それこそ何でも有りになるぞ。マイナーな雑学や豆知識でもOKになるんだから。
そういう思いを込めて問うように睨みつけるも、首を振って受け流される。
まるで、その心配は杞憂だと言わんばかりに。
「その代わりと言ってはなんですが……こちら側にも、勝負を受ける利は付けさせて貰います。ようござんしょ?」
「ああ、当然だな」
さっきまでの内容だと、天網が勝負を受けるメリットがなかった。
「では、主さんの出す情報がわっちの既知のものであった場合……主さんにはこれを飲んでもらいんしょう」
そう言って、インベントリから禍々しい液体が入った小瓶を取り出す天網。漆黒の闇の中にキラキラとした妙な添加物がふよふよと漂っているそれは、飲み物と定義していい代物ではなかった。
「『あすくれー』はん作の、試作品のポーションでございんす。なんと、HPだけでなく魔力まで回復できる優れもの」
俺は顔を引き攣らせていた。いや、これはない。
「効果の方を報告して欲しいと言われんしたけど、ほとほと困りんした。なんせこんな珍妙なもの、飲みたいなんて奇特な人、いるわけがありんせん」
経緯を説明されるが、全く頭に入って来なかった。ただ、目の前の液体がシュワシュワと気泡を吐き出していることに、視線が引き寄せられる。
何かしらの化学反応が起きている。
「本人が試すのが筋なんでしょうけど……あすくれーはん、ポーション耐性がついて効果をあまり実感できんくなったそうなんです。可笑しな話でしょ?」
行かれた話だった。だからって、俺を実験台にするのか?
「ーー、それで? 改めて、わっちと勝負するでありんすか?」
俺の怯えを的確に感じ取ったんだろう。ポーションらしき劇物を軽く振って、威圧的な笑みを向けてくる。
「ああ、当然だ」
その問いに笑って答える。ただの強がりだ。
「それでは教えておくんなし。主さんの言う情報とやらを」
………この前提、どう考えてもゲーム内の情報を出すのは不利だ。そもそも1年のブランクがある。そうでなくとも相手が相手だ。
こいつを出し抜こうとするなら、一人でNPCイベントを進めるしかない。
だとしたら、確実に現実での事柄。なんだが……。
チラリと天網の方を見る。ゆるりとした自然体を取っており、気負っているような様子はない。
むしろ、どこか待ち侘びているような。
例えるなら漢字テスト直前で、自分の知識がどこまで通用するのかワクワクしている学生のような、雰囲気を感じる。
範囲を絞らないと決めたのは向こうだ。とすれば、相応の自信があるってことか?
いや、どれだけ気取ったところで知らないことは知らないはずだ。
決して、全能ではないんだから。
………だが、感じる圧が、その甘えを許してくれない。
「ふふふ……良い感、してなさりんす」
こちらの思考回路を全て見透かされている。まるで詰将棋だった。なす術もなく負ける未来が、ありありと見える。
……やはり、あれしかないな。
そこで、切り札を切る決意をする。知られないままでいるのがベストだったが、ここに至るともう仕方がないだろ。
肉を断つ思いで、ヤツに牙をつきつける。
「どうやら、決まったみたいでありんすね」
「ああ、待たせちまって悪いな」
間違いなく勝てると見込んで俺はベットする。今、完全に有利なのは俺の方だ。何も間違っていない、何も。
そう、自分に言い聞かせるも心のモヤは取れない。もしも、そんな呪いの言葉が頭の中をぐるぐる回る。
ラスボスの風格さえ醸し出す天網は、そんな俺の一挙手一投足に目を輝かせている。どこまでも純粋に、勝負を楽しんでいた。
俺は気づくべきだった、その時点で負けてるということに。
ただもう止められない。自分の葛藤を誤魔化すように、俺は力強く一歩前へと踏み出していた。
「俺の正体について教えてやるよ」
これ以上ない、渾身の一撃だった。例えるなら絵札のフォーカードの手札で、所持金の限りを突っ込んだような。
間違いなく勝てる。
その確信の上で、冷静さえ忘れギラついた笑みを浮かべる。
女はつまらなそうに自分の手札のロイヤルストレートフラッシュを見せると、興味も何も失せた様子で勝負の幕切れを伝える。
「そんなことでありんすか、『死神』はん。拍子抜け致しんした」
「……………は? 何で、お前が……は?」
伝えるのも億劫といった様子で天網はため息をつく。
期待していた分、裏切られたという視線をこちらに向けてくるが、それでも伝えないことは不公平と感じたのか。
渋々といった様子で、その理由を説明してくる。
「一年前から、『死神』はんが女性ということは知っておりんした。口調や仕草は男性そのものでごさいんしたが、歩き方や重心の動かし方という変えられないそれは、女性のものでございんした」
な、なんなんだ。この女は。
発汗、動悸、後退り。身体の本能全てが、危険信号を出している。
「お、俺は男だ」
「……ああ、そうでございんしたね。失礼したでありんす」
そう言って事務的に頭を下げる天網。その何かに配慮したかのような言い方は、俺の根幹を的確に抉ってくる。
「だが! 俺がフクロウと名乗ったとき、お前は」
「はい、知らないふりを致しんした。こうなることを見越して……というわけではござりんせんが、つい癖で」
え、演技? あれが? こいつ、どれだけ多才なんだ?
「な、なら……なんで俺のことを」
「その事実を公開しなかった理由でござりんすか? それは単純にマナー違反でありんす。個人のリアルの情報は売らない。わっちの信条でありんす」
勝てない……というより、格が違う。もはや最初から、勝負するという土台にすら立っていなかった。
「………つまらない幕切れでありんす。主さん、一年見ない間に変わってしまったみたいでありんすね」
心底期待外れといった具合に、残念そうに呟く。
「最後のチャンスをあげるでありんす」
「………は?」
「わっちも、主さんとの関係は切りたくないでありんすから」
それは一方的な最後通牒だった。どうやら、この女は俺を見限ったらしい。知り合いという関係性に利がないと悟ったのだろう。
どうやら、俺の持ちかけた勝負は藪蛇だったらしい。
「さ、勝負続行でありんす」
俺の心は既に、根本からポッキリと折れていた。




