出会い?
すっかりと様変わりした景色に、俺は感嘆の声を漏らした。
「メチャクチャ発展してる……」
上京したての大学生みたいな感想を抱いてしまうが、それはもうしょうがない。
以前を知っているだけ、差がはっきりと目に見えてわかる。
始まりの泉と呼ばれる馬鹿でかいその噴水は、寂れただだっ広い公園の中央に位置していた。
寂れていただけに手入れもあまりされておらず、それ故に水質も汚くなって、見るに堪えないものだったが……。
「随分と綺麗になったな」
それだけじゃなく、噴水の周りの広場も随分と様変わりしている。多くの露天が立ち並び、初心者を歓迎する声がそこら中から聞こえてきた。
許可取ってんのかあれ?
「おー……すげー……」
「マジでリアルみてーじゃん」
「……わくわく」
プレイヤーの手によって、大幅な改変を加えられたこの公園は、新規プレイヤーのお眼鏡に適ったらしい。
偶然、俺と同じタイミングでスポーンしてきたニュービーたち全員が全員、興奮したような声を上げて……というか、多いな。
ざっと数えて、30人弱。
馬鹿でかい噴水の遠近感にやられたが、普通に1クラス分の人数が辺りをしきりに見回している。
ハードが手軽に手に入るようになったからか。思うに、このゲームはようやく成熟期を迎えられたんだろう。
「あの、ちょっと良いっすか?」
一人、脳内でそう分析していると声をかけられてしまう。俺のATフィールドを突き破って来ただと?
「フレンド登録、しません?」
「正気か?」
ニコニコと親し気に声をかけて来た見知らぬ少女に、思わず強い言葉で返してしまう。
「えー? 正気っすよ、正気。フレンド登録、ダメっすか?」
……こいつ、本気で言ってるのか?
目の前の、明るい茶髪をポニーテールにしている女の真意が見えて来ず、焦ってしまう。
初心者が初心者同士でつるみたくなる気持ちはよくわかる。指標も何もないこのゲームで、輪を広げるというのは正しい行動だ。
だが、だとして俺に声をかけて来る意味がわからない。
「じゃあ、フレコ送るっすね。ほら、『ゆりかご』も」
「う、うん」
俺が迷っている間に、状況はより悪くなっていた。
目の前の女の後ろに控えていた、黒髪で目を覆い隠している小柄で内気そうな少女も、追随してくる。
というか、フレコ送ってくんな。
俺が間髪入れず拒否すると、馴れ馴れしい女はわかりやすくしょんぼりとして、距離を詰めて来る。
「良いじゃないっすかー! しまいには泣くっすよ?」
そう脅され、肩をゆすられる。その攻撃を距離を取って、なんとか躱し、重要なことを尋ねる。
「なんで、俺なんだよ」
それは当たり前の問いだったように思うが、そう尋ねられて、二人揃ってキョトンとした顔を向けて来る。なんだよ。
「おー、オレっ娘すか? そういう、ロープレ?」
「ちょ、失礼だよ。は……『パウンド』ちゃん」
二人で俺にわからない会話をしていると思ったら、なんだか知らない間に茶髪の方が俺に謝って来た。
なので、俺もよくわからないままに許してしまう。
変な空間が生まれていた。
「で、理由っすか? そりゃ、あれっすよ。私たち、同じ高校の生徒じゃないっすか」
そのことは一目見て気づいていた。
なんせこいつら、俺が通ってる高校の制服を着てるんだから。
ログイン時の格好は、現実の着ている服を正確に反映する。スーツを着ていたらスーツ姿で、パジャマを着ていたらパジャマ姿で、といった具合に。
普通に身バレに繋がりそうな要素だが、このゲームはスクショとかできない仕様なので、特定することが難しい。
調べようにも、現実にここの情報を持っていくのは無理だし、現実から情報を持って来るのも不可能。制服から高校を割り出そうとしたら、自分の記憶だけを頼りに探すしかない。
というかそもそも、大抵のプレイヤーは顔を弄っているので、そういう事件が起こりにくいとかなんとか。
まあ、だとしても普通にネットリテラシーは低いので、そういう特定に繋がるような服装は避けるのが常識なんだが。
「とか言って、お姉さんも制服着てるじゃないっすか」
まあな、着替えるの面倒だったし。
「ズボンスタイルっすか。お洒落っすねお姉さん」
「そのお姉さんって呼ぶのをやめろ」
怒ったように言うと、パウンドとやらの脇腹をゆりかごとやらが小突いた。ストッパーがいてくれて助かる。
「ご、ごめんなさい! その、悪気は無くて」
「……申し訳ないっす。調子に乗りすぎたっすよね」
見るからに落ち込む少女。正直、見ていられなかった。
「………フクロウだ」
そう言うや、ぱっと大輪が咲いたような笑顔を浮かべる。俺は思わず、プレイヤーネームを教えたことを後悔した。
「フクロウちゃんっすね! フクロウちゃん、メチャクチャ優しいっす!!」
「おい! 寄るな! 離れろ!」
無防備にも抱きつこうとして来た女を、なんとか押し留める。
「まだ、先は長そうだね」
おい! 笑ってないでこいつを止めろ!
「フクロウさんって何年生なんですか?」
俺の視線の意図を勘違いしたのか、押し合っている俺たちの横で、ゆりかごとやらがそんな質問を寄越してくる。
「2年だが、それがどうした!? 良いから、こいつを」
「おー、やっぱ先輩なんっすね。何組っすか? 今度、教室に遊びに行くっす!」
「来んな!!」
裂帛の気合いとともに押し返そうとするも、やはり拮抗する。
くそっ、やっぱレベルダウンはきついな。
このままじゃ埒があかないと悟ったので、こいつらを拒絶する一言を俺は叫んだ。
「俺は……男だっ!!」
そう叫ぶや否や急に力を抜かれたので、あわや転倒しそうになった俺を抱き止めてくる。
「フクロウ先輩。このゲームはネカマできないっすよ」
「知ってるよ、んなことは!!」
真っ赤になった顔を隠すように、大きな声で誤魔化しながら、勢いよくその女の元を離れる。
こ、この女はやばい。純情な心を弄ばれる。
「……じゃあな」
際限なく打ち付けられる早鐘をなんとか抑えて、俺はその場を逃げるように離れた。