情報屋?
日曜日の早朝。俺はゲーム内で物陰に隠れながら、女性プレイヤーの後をつけている。
昨日、散々言っておいてあれだが、これには深い理由があった。
「……あの、噂の出処はここ付近のはず。真実味には欠けとるけど、あまりにも早く広範囲に広がりすぎとる。となれば、それなりに有名なプレイヤーが発生源のはず……と、思いんしたが」
そこまで言って、変な獣耳を生やし亜麻色の髪を腰あたりまで伸ばした女はガックリと肩を落とした。
相変わらず、末恐ろしくなるほどの読みの精度。
ほとんど名探偵の域だ。犯人が俺でさえなければ、とっくの昔に時間は解決していたに違いない。
「だいたい頭取を含め、あいつらは口が固すぎるんでありんす。こんなの、殆どノーヒントみたいなものじゃごさりんせんか」
それで俺たちが取っている宿の付近まで、捜査の範囲を絞っているんだから恐ろしい。
やはり、あいつの前で迂闊に姿を現すのは危険だな。
道の真ん中で、犬みたいにその場をぐるぐる回っている『天網』の姿を見て直感的にそう判断した。
だからこうして今、ストーカーみたいな構図になっていた。
「うーん……もしかしたら、もうこの街にはいないでありんすか? だとしたら、『アムネジア』からここまで来たのが無駄足に……」
俺はその言葉に目玉が飛び出そうになる。アムネジアはここ、タルスの街を擁するヴェネデット伯爵領。それを擁するセイアッド王国の王都だ。
直線距離にしてここから、約500キロメートル。東京と京都間くらい離れている。
いや、移動自体は値は張るがアイテムを使えば物の数分で終わる。しかし、どう考えても動くのが早すぎる。
先の発言から、俺のことを探しているのは間違いないが、そのミハエルに関する噂を流したのはつい昨日のことだ。
このタルスの街にフレンドがいるのか、それとも掲示板にずっと張り付いているのか。
どちらにしろ、天網の二つ名は伊達じゃないらしい。
「主は、どう思います?」
俺が改めて物陰で慄いていると、知らない誰かと話し始めた。早朝ということもあって、ネズミの他に人の姿は見受けられない。
幻覚? それが奴のスキルの代償か、と身構えたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「主でありんす。そこに隠れてる可愛い主さん」
俺のいる方、というか完全に俺を見てるな。奴以外誰もいないと思っていたが、そうか……俺がいたな。
もはや隠れていても意味がないので、諦めて物陰から出る。
「初めましてでありんすよね? 随分とわっちに興味を抱いていたようでありんすが」
やはり、さしものこの女と言えど俺の正体には気づいていないらしい。
そもそも俺が『死神』という情報は、現在頭取とミハエルしか知り得ない。そしてその二人が簡単に口を割るとも思えないので、当然と言えば当然だ。
つまり、この女にバレることはない。俺がボロを出さなければ。
「いや、隠れてたつもりは無いんだよ。ただ、随分と綺麗なねーちゃんだから、なんて声をかければ良いか迷ってただけさ」
この女に俺の正体わ勘づかれて良いことなんて一つもないので、努めて普通に、さも初対面であるかのように装う。
一応、前の姿ではコイツと関わりはあったが、ミハエルとかと比べると薄い関係性だったし、バレることはない。
そうたかを括っていたが、どうやらそれは希望的観測に過ぎないらしかった。
先程の自然なやり取りの中で、持ち前の探偵力を発揮し、何か違和感を感じ取っのか。いきなり、剣呑な目つきへと変わる。
こいつ、化け物か……俺は心の中でそう観念した。そんな俺に追い打ちをかけるように、天網は核心に迫る質問をする。
「その言葉遣い……まさか主さんが、悪い虫でありんすか?」
その言葉に首を傾げる。俺はいつの間に害虫になっていたんだ?
「惚けないでおくんなし。ネタは上がってるんでありんすよ。主さんがミハエルはんと楽しげに話していたと、複数人が証言しておくんなした」
なるほど、人の口には戸を立てられないか。クレアシオンの奴らがミハエルとの会話の様子をリークしやがったらしい。
というか、いきなりなんの話だ。俺がミハエルと楽しく話してたら駄目なのか?
「主さんには聞きたいことがありんす。さあ、話しておくんなし。ミハエルはんとどういう関係なのかを」
どうやら、頭がおかしくなったらしい。
凄腕の情報屋でありながら、ミハエルファンクラブの一人でもある彼女は、その使命からか推理を空回りさせている。
俺とミハエルの関係を疑うとか、ガソリンのところに灯油を入れるぐらいの空回り具合。
こいつはミハエルのことを何だと思っているんだ。
「答えに窮してるみたいでありんすね」
「馬鹿馬鹿しくて呆れてるだけだ」
この状態だとどうせ何を言っても無駄だ。と半ば諦めていたんだが、推理力の切れ端は残っていたらしい。
キョトンとした顔をしたかと思うと、すぐに破顔させる。安堵からか、その目尻がへにょりと垂れ下がる。
「勘違いしていたみたいでありんすね。許しておくんなし」
そうやって綺麗な所作でペコリと頭を下げる。改めて、艶やかな着物姿がとても映えていた。
「そう言えば、わっちの名前をまだ言ってなかったでありんすね。『コソデ』でありんす。以後、お見知り置きを」
そう言って笑顔で、いきなり距離を詰めてくる。こいつ、敵じゃないと判断して俺に取り入ることに決めたな。
なんて頭の回転が速い女だ。下心が見え据えすぎて、いっそ清々しいまであるぞ。
「名前を教えておくんなし?」
「……フクロウだ」
無視するのは流石に露骨過ぎるので、渋々天網の質問に答える。も、その名前を聞いた途端苦々しい顔を浮かべた。
それも一瞬だったが、確かに浮かべた。失礼すぎるだろ。色々と。
「それはなんとも不吉…じゃなくて、素敵な名でありんすね」
嘘つけ、若干だけど顔が引き攣ってるぞ。いつものポーカーフェイスさえ崩すとか、俺にどんだけ嫌な思い出があるんだ?
「それでフクロウはん。疑ったお詫びってわけじゃありんせんが、何でも一つ、情報を提供するでありんすよ」
「情報?」
「そう。実はわっち、情報屋というものでございんす」
知ってる知ってる、よく知ってるよ。あんたが国内一の情報屋であることも、こんなところにいて良い人じゃないことも。
そこら辺の立ち位置は、前とはなんら変わってないはずだ。
特定プレイヤーのタレント化。数こそ少ないが、目の前の獣耳を生やした廓言葉の女も、その中の一人だ。
「情報屋とは、情報という道具片手に商いをして日銭を稼ぐものを言う。わっちの信条は、誰よりも速く、誰よりも巧みに、誰よりも正確に情報を売ることでありんす」
それを可能にするだけの広い情報網と、卓越した洞察力。それに加えずば抜けた頭脳さえ併せ持っていた。間違いなく、天才のそれである。
「さ、遠慮なく聞いておくんなし」
「いや……でもな、どうせ聞いても教えてくれないだろうし」
その言葉に天網の表情がわずかに歪む。その発言を、自分の実力不足を嘆かれたと受け取ってくれたらしい。
上手いことプライドを刺激できた。
「そこまで言うなら、もしわっちが答えられなかったら100万Gでもお支払いいたしましょう。それでようござんすね?」
「いや、そんな保険をかけられても」
更に相手のプライドを煽る。乗ってくることに期待したが、そんな見え見えの挑発にかかるわけもなく。
顎に手を当て少し考える素振りを見せたかと思うと、天網はニヤリと笑みを浮かべた。
「……成程。聞きたいのは、クレアシオンと花鳥風月の確執でございんすね。となれば、あの噂を出処も主さんでありんすか」




