裏取引?
「もう! 先輩、どこ行ってたんすか!」
用事を済ませていると、時刻は既に3時を過ぎていた。先に宿へと帰っていたパウンドからお叱りの声を受ける。
「ハロンはどこいった?」
「摩天楼に一度帰るって言ってたっす。マスターに相談するって」
運営に通報で良いだろ。めんどくさい。
「ハロンも大分怒ってたっすよ……ああ、恐ろしいっす」
「そんなに怖いのか?」
「そりゃあもう! なんせ、有段者っすからね」
「リアルで合気道をやっているんです」
それはよく聞く話だった。やはり、格闘技を齧っていると、魔力で強化された身体でも、やはり違ってくるらしい。
武術の型として、スムーズな身体の動かし方や繋げ方が頭に入っているので、動きが目に見えて違うとか。
ていうか、リアルの情報出すなよ。タブーだぞ。
「あ、そうだ。1週間後、この街のトップを決める闘いがあるらしいっすよ。知ってましたか?」
「いや、初耳だな」
勿論、その情報は俺が流した。いや、俺というより頭取の伝手を使ったんだが。
にしても、情報が回るのが速いな。いくらこの街に限定したとは言え、流し始めてからまだ3時間だぞ。
「花鳥風月って、あのいけ好かない奴が率いてるクランすよね? なら、その相手のクレアシオンってどこですか?」
「確か、フクロウさん。その名前を呼んでましたよね」
「俺の知り合いがクラマスをやってんだよ」
適当に誤魔化す。が、パウンドはその答えで満足したらしい。
「おー! なら、ますます応援しないとっすね!」
「いや、その前にやることがある。いるだろ、円」
「円? 私はパウンドっすよ?」
「ずっと尾けてただろ。気づいてるぞ」
そう呼びかけたにも関わらず、一向に姿を現さないストーカーに痺れを切らして、ゆりかごに部屋の扉を開けるように促す。
わけのわからないまま、俺の指示に従ったゆりかごは、扉を開けるや否や、仰天の声を上げた。
「……まさか、バレていたとは」
扉に張り付くようにして、聞き耳を立てていたそのストーカーは、犯行がバレた上で大胆にも部屋に入り込んでくる。
「え? え? 誰ですか?」
ゆりかごが当然の反応をするが、気にした様子はない。まるで自分が正しいんだとばかりに、椅子に腰掛けた。
「えーっと………」
パウンドもタジタジになっている。なんて声をかけるべきなのか、迷っているようだ。
「一つ、取引をしようぜ」
だから、俺が声をかけてやる。円は、その唐突な提案に眉根を寄せて、訝しげな視線を寄越してきた。
「誰がお前なんかと。胡散臭い」
「ミハエルのこと、知りたくないのか?」
その言葉にピクッと反応する。どこまでもわかりやすい女だ。
「奴らとの、花鳥風月との確執を教えろ。そしたら、ミハエルについて一つだけ、どんな質問でも答えてやる。リアルに関する質問だとしてもな」
「な、何?」
俺の提示した破格の対価に、目に見えて動揺する円。目を右往左往させて、しきりに瞬きをしている。
どうやら、ミハエルに口止めをされてるらしい。自分の欲求と脳内で闘っているのが、傍目にもわかった。
口をもごもごと動かすも、俺の欲しい言葉は出てこない。
ギリギリのところで欲望に打ち勝ったらしく、迷うまでもない、とでも言いたげな勢いで身を乗り出してくる。
「やはりそのような提案ーー、」
「なんなら、経験人数とかも教えてやるよ」
が、その一言で石にされたみたいに硬直してしまう。口をパクパクさせて、逆再生みたいに綺麗に椅子へと戻っていった。
「ちょ、ちょっと! フクロウさん!」
会話についていけず傍観していたゆりかごが、ここに来て口を挟んでくる。その顔は真っ赤に染まっていた。
未だポカンとしているパウンドとは対照的だな。
円はそんなゆりかごを押し除けて、俺に食ってかかる。
「よ、よもや、経験済みなのか!?」
「さあ、どうだろうな」
今度こそ円は窮地に立たされた。パラドックスに陥ったみたいに、頭をショートさせている。
「わ、私は」
「そこまでにしてもらおうか」
もう一押しで陥落する、というところで邪魔が入る。タイミングが良すぎる。最初から見てたな?
「今、公平な取引をしてんだよ。すっこんでろ」
「公平ではないだろ。君の出す情報を確かめる術が無いんだから。第一、その情報を君は持っていないはずだ」
そこでハッと我に帰る円。視野狭窄だな。
「やるなら、もっと公正にしてくれ」
「やるなとは言わないんだ……」
と、そこで再び勢いを取り戻し、立ちあがろうとする円をミハエルは手で制す。主従関係が出来上がっていた。
「邪魔して悪かったね。あ、そうそう。今流れている噂は完全にデマだから。どこかの誰かがイタズラで流してるみたいだけど、信じないでくれると助かるな」
そこでチラッと俺の方を見る。完全にバレてるな。
「それじゃ」
そう言って円を連れて、颯爽と部屋を出ていくミハエル。円の奴は、最後までこっちを恨めしそうなめて目で見てたな。
◇
「せ、先輩! さっきのイケメン誰っすか!?」
「もしかして彼氏さんとか……? 憧れます!」
ミハエルたちが出ていくや否や、俺にそう詰め寄ってくる二人。どちらも熱に浮かされたみたいに興奮している。
確かにイケメンではあるよな。このゲームはどんなに顔を弄っても、7、8割は元の面影を維持しているので、割と現実の顔の評価と近くなる。
それでも髪色とか体型の関係で、従来から続く、オフで会ったときのいざこざとかは、未だ顕在みたいだかな。
「あいつが話題の、クレアシオンのマスターだ」
「やっぱり! なら、応援する理由が更に増えたっす!」
「わ、私。うちわとか作ろうかな……」
もはや、アイドルのライブだな。いや、実際ビジュアルはアイドルとなんら遜色がない。男の俺から見てもそう思う。
そういう売り方をすればファンクラブの一つでもできていただろうが、残念ながら本人にその気は無い。
露出の少なさが、それを物語っていた。
けど、それでも根強いファンは何人かいたわけで、俺の知り合いにも数人はいた気がする。
そう言えばあいつら、今何してるんだろ。ミハエルのこの状況、知らないわけでも無いだろうに。
「あ、でも……あの一緒にいた女性の人、もしかして」
「なんだろ……マネージャーとかかな?」
「やっぱり?」
「そこは彼女で良いだろ」
トンチキな会話を続けている二人に、思わず口を突っ込む。
ていうかこいつら、あくまでもライブ気分みたいだが、本人から直々にデマだって言われたの忘れたわけじゃねーよな。
どっちもちょっと変なせいで、マジなのかボケなのか判断に困る。
「もう、先輩! 少しは夢ぐらい……あ、ハロンから連絡が」
「あ、ほんとだ。『今日は帰れなくなったから、3人で遊んでて』だそうです」
「『3人で』、らしいっすよ」
……なぜか俺の行動を先読みされているらしく、念押しして釘付けしてくる二人。俺は動揺を隠して、二人に断りの旨を伝えた。
「悪い、用事思い出したわ。俺、先に落ち」
「先輩? 今日は一日中暇なんすよね?」
「だから、思い出したってさっき」
「……工藤先生……」
俺は口を噤む。噤むざるを得ない。
お袋の名前を出すのはお前………ずるいだろ。
結局、弱みを握られている以上抗うことはできず、その日は背後関係を調査することができなかった。




