宣戦布告?
「それで、改めて聞こう。今日は何の用で来た?」
「さっきも言ったけど、ミハエルに会いに来たんだよ。さっさと出してくれ、いるんだろ?」
周りがザワっと動揺したかと思うと、剣を首に当てられる。剣筋が見えなかった、レベルダウンの影響だな。
「ミハエル……だと? あの人を呼び捨てにできるような、親しげな関係であるとは思えないが?」
他のクランメンバーですらあんな感じだからな。こうなることは目に見えていた。
でも、まさか呼び捨ても禁止とは。厳しいな。
「おい! 嬢ちゃん、早く謝ってくれ!!」
「そうだそうだ! ここを殺人現場にするつもりか!?」
「失礼ですね! ちゃんと外に出てからやりますよ!」
そういう問題ではないよな。殺しは良くないと思うよ?
「あー、コホン。何してるのかな、君たち」
その騒音に耐えれなかったのか、奥のドアから優男が現れる。さっきまで動物と戯れていたのか、身体中か毛だらけだった。
「み、ミハエルさん!? すいません、折角の癒しの時間を!」
「いや、良いよ。お客さんなんだろう」
そう言って、ニコリとこちらに笑みを向けてくる。
随分と顔の作りは若い。こいつらと、同年代という情報が無ければ、20代前半にしか見えないだろうな。
金髪は派手だからといって、黒く短くした髪を触りながら、諦めた口調で男は言う。
「円」
「はい、任せてください。今すぐコイツを追い出して」
「この子にブラックのコーヒーを。角砂糖は一つで良いよ」
「へ?」
「久しぶりだね。フクロウ」
「ああ、会いたかったぜ。ミハエル」
◇
「彼に話を聞いた時は驚いたよ。あの、死神とさえ恐れられたプレイヤーの正体が、こんな子どもなんてね」
「もう17だ」
「充分子どもだよ。なんせ、僕と2倍歳が離れてる」
てことは、こいつ34歳なのか? 見えねーな。
「それで、どうだい? コーヒーの味は」
「変わってなくてビビる。もっと違うところに、金使えよ」
「ははっ……耳が痛いね」
それだけ言うと、コーヒーを手に取り啜る。沈黙が辺りを支配して、柱時計の音だけが小さく響いていた。
「柄じゃなかったのさ」
どれだけそうしていただろう。重苦しく口を開いたミハエルは、言い訳がましくそんな言葉を口にした。
「僕が上に立つなんてね。いつかこうなる、運命だった」
「それで俺が納得すると思ったか?」
「ううん。だからできれば、会いたくなかった」
そんな、子どもみたいな。
俺の呆れるような視線を感じ取ったのだろう。悪いとは思ってたんだけど、ついね。と、付け加える。
「街の治安は、明らかに悪くなってるぞ」
「…………」
「お前がトップにいたのは、新規プレイヤーのためなんだろ」
「………僕もどうにかしなきゃとは思ってるんだけどね」
それは明らかに逃げだった。方法自体は明確にあるはずなのに、その手段を取らないようにしている。
そのことを触れられたくないと、目で語ってくる。が、俺は気を使う気なんてもとからない。
「やり返せば良いだろ。やられたなら」
俺がそう言うと、ミハエルは皮肉げに笑った。
「僕は君みたいに、強くなれないよ」
俺はそこで確信する。この一年で何かがあった。PVPで負けたとかそんなくだらないことじゃなく、それ以上の何かが。
「俺が強い? お前が弱くなったんだろ」
そこには踏み込まず、どこかで聞いたような言葉を返す。どうせ問いただしたところで素直には答えない。聞くだけ無駄だ。
「そうかもね」
「そういう、全てわかったような態度がムカつくんだよ」
「相変わらず厳しいね。君は」
そう言って、俺たちは笑い合う。
そのとき背後のドアの方が、急に騒がしくなった。
「ちょ、ちょっ! 押すなって!」
「痛い痛い! 気持ちはわかるが落ち着け、円!」
「多分そういう関係じゃないから! 妹とかだから!」
そんな悲痛な叫びとともに、ガラガラっとこっちの部屋に人が傾れ込んでくる。こんな漫画みたいな展開、本当にあるんだな。
「全く、覗き見なんてしてるからだよ」
「気づいてたのかよ。なら、言えよ」
まあ、ドアが見える位置にミハエルは座ってたから、気づかないわけがないんだよな。
それ、覗き見の意味あるか?
「お、おいお前! 誰だ! 何で、そんなにミハエルさんと親しげなんだ! 羨ましいぞ!」
「円ちゃん! 漏れてる漏れてる!」
「失礼な! 漏らしたりしたことなんて、今まで一度も……ほ、本当ですよ? ミハエルさん!」
顔を真っ赤にしながらトンチキなことを叫ぶ円や、それを必死に抑える仲間たちを見て、ミハエルは自慢げに言う。
「実は、今のままでも結構満足してるんだ」
◇◇◇
「あ? クラン加入か?」
「良いんじゃね? 可愛いし」
判断基準、どこまでも終わってんな。俺はそんなことを心の中で思いながら、ニコニコと男たちの後についていく。
可愛いとか、煽りみたいな評価をされるが気にしない。うん、気にしてないよ。全然、キニシテナイ……。
後ろを歩きながら、前の男の靴の踵を踏むなどの嫌がらせをする。怪訝そうな顔を向けてくるが、咎められることはなかった。
「お、新入り? 可愛いじゃん」
「やるじゃねーか。どこで引っ掛けてきたんだよ」
「ねー、君。可愛いね。俺とフレにならない?」
クランハウスの廊下を歩いていると、すれ違う男たち男たちに絡まれる。揃いも揃って、こいつらの目は腐ってんのか?
「えー、そこ私の働いてるところのすぐ近くじゃないですかー。なら、『little kiss』に来てください。サービスしますよ?」
「またrem? この前貸したじゃん……しょうがないな」
「もー、エッチ。そう言うのは、皆んなのいないところで」
女どもも女どもで、どいつもこいつも男といちゃついてやがる。こいつら、何しにこのゲームに来てんだ?
これがこの街最大のクランとか、泣けてくるな。
「この先でリュージさんが待ってる」
「ほら、さっさと行け」
背中をガッと押される。いってーな! ぶち殺すぞ!!
……いや、我慢我慢。雑魚どもが意気がってるだけだ。
そう自分に言い聞かせながら目の前の、両開きで無駄に豪華な赤と金で縁取られた扉を開ける。趣味悪いな。
「お前が、入団希望者か」
謁見の間みたいなところで、玉座みたいな椅子に腰を下ろして上からそう問いかけてくるヒョロガリ。なんだろうこの部屋は。笑うところなのか?
俺がそう迷いあぐねていると、ヒョロガリは何かに気づいたかのように首を傾げる。
「お前、ハロンと一緒にいたやつだよな?」
「へー、覚えてたのか」
「あ? ……まあな。美人の奴の顔は忘れねーよ」
美人? それを言うなら美形だろ。言葉も正しく使えないのか。
「っち、つまんねー女だな。で、ハロンはいつこっちに来る?」
それがさも、既定路線であるかのように話を進める。
「いや、今日はそんなつまんねー話をしに来たんじゃねぇよ」
「なんだお前、さっきから口の利き方がなってねーな」
ばっと男が手を挙げると、玉座の裏から剣を構えた女性どもが躍り出てくる。
「わかったか。お前の命はもう」
「ぶふっ!!」
その凝りに凝った演出に、我慢ができず思わず吹き出してしまう。何今の、ダサすぎる。練習したの?
「何してんだ! お前らさっさとこいつを」
「へー、殺すのか。卑怯者」
その煽りに、グッと苦々しい顔を浮かべる。
こいつが知らないはずはない。クランマスターでPKをするのは、明確なマナー違反ということを。
クランハウス内では基本的な設定で、クランメンバー以外のプレイヤーが武器を抜くことを禁止にできる。
つまり、ここでこいつらが俺を殺すと、抵抗もできないプレイヤーを一方的に虐殺したという構図になる。
名誉や評判が好きなこいつにとっては、耐え難い屈辱だろうな。
そうして安全圏に立った上で、俺は堂々と宣言する。
「そういや、ここに来た目的言ってなかったな。『お前らが使った汚い手のことは水に流してやる。だから覚えとけ。1週間後にお前らを潰す』、ミハエルからだ。じゃ。伝えたからな」




