殴り込み?
「何なのアイツ! 許せない!!」
地面を踏みつけるように何度も足踏みし、怒りを露わにするパウンド。それはまさしく、ここにいる全員の総意だった。
「あんなのと、知り合いなの?」
「残念ながらね。これも有名税ってやつかな」
俺はその発言に訂正を入れる。
「それだけじゃないだろ。お前自身、知ってたみたいだしな」
「……『花鳥風月』。あいつのクランは実際有名なんだ。ここに拠点を移す前は、よくうちともやり合ってたよ」
「そん時に目をつけられて、しつこく付き纏われてんのか」
コクリと小さく頷くハロン。あの性格でストーカー気質とか、マジで終わってんな。
「拠点を移したって?」
「そのままの意味さ。うちやその他のクランとの競争に敗れて、逃げるように、最初の街……『タルス』に拠点を移したんだよ。ヤツはプライドが高くて、下にいるのが許せない人間だから」
は、情け無い話だ。上に立ちたいからって、新規プレイヤーが参入してくる街で威張り散らすとか、しょうもないとしか言えない。
だが、俺はそこでふと疑問に思う。
「『クレアシオン』はどうしたんだ? あいつら、まだこの街でクランやってんだろ」
「どうして先輩がその名前を……今は落ちぶれたよ。マスター同士の一対一で敗れちゃってね」
「冗談だろ!!??」
思わず声を張り上げ、ハロンに掴み掛かる。俺の急な慌てように驚いたのか、ハロンだけでなく他の二人も目を白黒させている。
「つい2ヶ月前だったかな。その試合を見てた人は多いし、話の真偽はすぐにわかると思うよ」
「………っ!!」
「ちょ、先輩!? どこ行くんすか!?」
あ!? 決まってんだろ!!
「で、俺のところに来たのか……」
「教えろ頭取。『ミハエル』が負けたってのは、本当なのか?」
「お前には信じられない話だろうな」
その答えにも近い返答に、俺は愕然とする。
「何か、何か絡繰があるはずだ」
「ああ、まず間違いなくな。だが、誰もそんな話は信じない」
だから諦めろ、と言わんばかりに現実を突きつけてくる。
「PVPで負けた。その事実がある以上、ヤツの評判は戻らない」
「………お前はどう思う?」
「は? 俺の意見を聞いてどうする? その質問に何の意味が」
「お前は、どう思う?」
質問には答えず、更に問いただす。衆愚の意見なんてどうでも良い、ただこいつの感情を知りたかった。
「……ムカつくな。あの馬鹿どもがトップに立ったせいで、ゴロツキや詐欺師がこと街に舞い戻ってきた。折角ミハエルと手を組んで大粛清を進めたっていうのによ」
頭取は、珍しく感情を剥き出して非難する。
危ない仕事をしているからこそ、そういう半端な輩が増えるのはこいつにとっても避けたいことなのだろう。
そこから捜査が入って、自分の仕事に影響しないとも限らないからな。
そういう感情も利用して、ミハエルは頭取に協力を要請した。頭取の方も利用されることをわかった上で、ミハエルに手を貸した。
ミハエルという男は、そういうことができる人間だった。やはり、あんなゴミにあいつの代わりは務まらない。
「安心したよ。お前と同意見で」
「どういうことだ?」
「お前はいつだって、正しいからな」
俺のその言葉に、頭取の野郎は押し黙る。なんとも、微妙な表情を浮かべていた。
そんな様子の頭取をほっといて店を出る。次は直接、本人に殴り込みをかけないとな。
「待てよ。何するつもりなんだ」
「決まってる。PVPで失った名誉は、PVPで取り返すんだよ」
ニヤッと笑って、そう言ってやった。
◇◇◇
「また、随分と落ちぶれたもんだな」
クランビルとかいう、複数のクランの事務所が混在している雑居ビル的な建物の前で、俺はそう嘆く。
前はもっとでかいビル丸々一つを、根城にしてたのにな。
「確か3階だったか」
階段をカツカツと上がっていく。にしても、随分と年季が入ってるな。壁は所々に傷が入っているし、汚れもこびりついている。
酷い有様だ。
その、蹴破れば開きそうな頼りないドアをガンガンと叩いて来客を知らせる。勿論、インターホンなんてもの付けられてないので、緊急措置だ。
「はい? 何か用ですか?」
ドアを開けて出てきた30代前半くらいの男を押し除けて、クランハウスの中に入る。
その突然の暴挙に、中にいた全員の視線が突き刺さった。
「おい! 何入ってきてんだよ!」
「まあまあ、子どものやることだろ。それで? なんで君はここに来たんだい?」
その質問を無視して、俺は辺りを見回す。十数人ほどいる中で、若くても20代後半ってところか。
PVPの負けとやらで、若い奴らには見限られたらしい。今ここに残っているのは、昔からの古株だな。
ミハエルの奴、同年代くらいの人たちと一緒にこのクランを立ち上げたんだよ〜、とか言ってたし。
「はっはっは! 可愛い嬢ちゃんだな!」
「『武蔵』、その子はなんて?」
「いや……わからない。用件を聞く前に入ってこられたから……」
続々と続く疑問の声を無視して、俺は尋ねる。
「いるだろ、ミハエル。会わせてくれ」
そう聞くと、辺りが一気に静まり返る。あからさまに空気が変わった……というより、よりアウェーになった。
礼を欠いていた……だけが理由じゃないらしい。どちらかというと、ミハエルという名前に反応していた。
「お嬢ちゃん。口の利き方がなってねーな」
「会わせるわけねーだろ。いきなり来た、お前なんかに」
「そもそも、今はミハエルさんはいねーしな」
色々理由をつけて追い返したいみたいだが、気にせず続ける。
「いや、いるだろ。むしろこの時間にしかいないはずだ」
前に、本人がそれっぽいことを言ってたし。そもそも、その時間を狙ってきたわけだしな。
「……? おい、ミハエルさんの知り合いか?」
「誰か、こいつを知ってるか?」
「いや、まだレベル3だぞ。新規プレイヤーだろ」
「ならリアフレか?」
「いや、ゲーム内のことは友人には話してないって言ってたぞ」
「そもそも、女子高生と友人とか事案じゃね?」
余程、俺の発言が意外だったらしい。騒めきが波紋のように、クラン中に広がっていく。
良いからはやく、案内してくれねーかな。
どうでも良い議論の様子に、イライラしていた俺に救世主がやってくる。
「何ですか、騒々しい! 外まで聞こえてましたよ!」
キリッとした眉に、キュッと結ばれた口。黒い長髪を後ろでしばった、厳格を絵に描いたようなその若い女性は、中々の発言力を持っていた。
その目で睨むだけで、さっきまでピークパーチク騒がしがった奴らも次々と口を噤んでいく。
「それで? あなたは誰ですか? ここに、何の用で?」
今度は標的を俺に定めたのか、目の前まで来ると威圧的な口調で聞いてくる。身長の関係上見下される形になっていた。
「久しぶりだな、『円』。もう付き合えたのか?」
「どうして私の名を……? 失礼、前にどこかで会いましたか?」
俺が名前を知っていたことに意識が向いたみたいで、渾身の煽りをスルーされてしまった。悲しい。
やはりこの、副マスター様はクランを辞めてなかったらしい。今でも、あいつの右腕を気取ってるんだろうな。
「もう忘れたのか。一年ぶりだってのに、悲しいぜ」
「い、一年か……いや、忘れているのは事実だ。謝罪しよう」
まんま騎士だな。こいつ、何も変わってねー。




