ショタコン
「さあ、先輩。教えてくれ。何を隠しているんだい?」
「なんでだよ」
プレイヤーの追っ手を巻くため裏路地に入った俺は、その裏路地でハロンに問い詰められていた。
「あり得ないんだよ、普通」
何か納得できないって感じで、ハロンは言う。
「冒険者ギルドでは、魔獣や獣を出すのは厳禁。あんな風に注意が入って、それでも意に沿わないなら叩き出されるんだよ」
随分と物騒な話だ。何か理由でもあんのかね。
「だと言うのに、先輩は注意さえされなかった。剰え、顔を赤らめられる始末。これはもう、何かあると言わざる得ないよ」
「だとして、なんでお前に言う必要があるんだよ」
「それは……まあ……」
そう逆に問うと、急に押しだまる。自分が暴走していたことに、気づいたんだろう。
このゲームでスキルの詮索は厳禁。初心者でも知っているマナーだ。なんせ、このゲームのタイトルは『フルブラインド』なんだからな。
「あの受付嬢の反応も偶々だろ? 偶然に意味を求めんなよ」
「むむむむっ………」
やっぱり、誤魔化しきれないわな。自分がはぐらかされていることに気づいているらしい。
でも、こちらの言い分が正しいと認めたのか、あっさり引き退る。
「いつか、きちんと教えてください」
ああ、こいつ全然引き退ってないわ。
「ま、先輩のことは置いといて。パウンド、まずは君の武器を買いに行こう」
「うん! ……でも、プレイヤーの店はもう良いかな……」
あ、こいつ挫折してやがる。もう騙されたくないって、顔にデカデカと書いている。
「げ、元気だして……ね?」
「う、うう……」
「そこら辺は安心して良いよ。そのつもりで君たちを連れて、こっちに来たんだし」
そう言えば、逃げるとき先導してたのハロンだったな。もうこのマップは把握してんのか。
「この道の先にあるのが、NPCの経営している武器屋だよ。女性人気が非常に高い店なんだ」
女性人気が高い武器屋ってなんだよ。矛盾してるだろ。
……なんて思ってる時期が、俺にもあったさ。
「い、いらっしゃいませー」
「「「キャーーー!!!」」」
うん。これは女性人気の高い武器屋だな。
店員として立っている小学生くらいのショタを見て、ハロンの言っていた言葉の意味を深く理解した。
サラサラの金髪に綺麗な碧眼。パッチリとした瞳に、もちっとしたほっぺ。それが一丁前に店員の格好をしていて、背伸びをしているようにしか見えない。
現実にはいない、二次創作でしか見かけないタイプのショタだ。女性プレイヤーが夢中になるのも頷ける。
「本日は何をお探しでしょうか?」
「ロングソードっす。私、こう見えて剣士なんっすよね」
お客さんと見てか、そのショタが近づいてくる。パウンドは年下相手でも、その敬語もどきを崩さない。楽なんだろうな。
「なるほど、なるほど。ロングソードと。そちらは……」
そう言いながら、自然な形でこちらに視線を向けてくる。そして、ピシリとその身体が硬直した。
おいおい……いや、まさか。
「…………何だよ、ガキ」
「あ、あの!!」
背筋をピンと伸ばして、勇気を振り絞るみたいに目を思いっきり瞑って、そのショタは叫ぶ。
「ぼ、ぼ、僕と、結婚してください!!」
耳まで真っ赤にして、一世一代のプロポーズをする。ここでいきなり結婚にいくとか、ガキらしいな。
そんなどうでも良いことを考えているのは、どこまでも現実逃避だった。威圧的に対応したのにな……
数拍置いて、店中に絶叫が響き渡る。この日、多くの貴婦人の夢を、望まぬままに俺が奪ってしまった。
◇◇◇
それから、色々あった。
当然のように押しかけてくる女性プレイヤーたちに、子どもながら勇敢に立ち向かう、ピジョンとかいうショタ。
ピジョンのお叱りの言葉に、泣く泣く飛び出していく貴婦人たち。
伽藍とした店に、残された俺たち。
なぜか、返事はまた次の機会聞かせてくださいと叫んで、ロングソードと花束を押し付けて、奥へと引っ込んでいくショタ。
ただ俺たちは流れに身を任せるまま、ポカンとしていた。
「………出よっか。ここ」
ギリギリ捻り出したハロンの言葉に追従して、俺たちはその店を後にする。
3人の視線が、妙に痛かった。
「「「……………」」」
重たい空気の中、俺たちは無言で歩く。
さっきのやり取りで、ハロンは俺への不信感を強くし、他の二人も俺の怪しさに気づいたんだろう。
さっきよりも、明らかに距離ができていた。
いや狙い通りではあるんだが、もっとゆっくり進めるつもりだっただけに、どうにも喜びにくい。
こうなってくると、あのエクストラスキルは呪いだな。会って数秒でプロポーズとか、友好度が上がるってレベルじゃないぞ。
というか、そもそも俺は男だ。性別無関係で影響を与えるとか、ますます呪いじゃねーか。どうなってんだよ。
「……おねショタ」
「「ブフッ!!」」
ゆりかごの突然の呟きに、二人が思わず吹き出す。それがとても駄目なことであるかのように、慌てた様子で、二人してゆりかごのほっぺを摘んでいる。
え? 何、その反応? 俺、ついていけてないんだけど。
「も、申し訳ないっす。いや、笑い事じゃないってのはわかってるすよ? わかってるんすけど」
「あまりにも展開が意味わからなくてね……出会って初日に求婚されるとか、どんな魔法を使ったんですか? 先輩」
どちらも責めるような口調じゃなかった。俺はそれが、信じられなかった。
「お、怒ってないのか?」
「何を怒るんですか?」
「怒って良いのは先輩の方っすよ! ほら、この軽口を叱りつけてくださいっす!」
キャッキャとはしゃぎ出す後輩二人。俺の隠し事を咎めるような雰囲気はどこにもなかった。
いや、ただ単に気づいてないだけか? そのことにホッとしている自分がいることに、心底驚いた。
ほ、絆されている?
俺は愕然とし、そんなことはないと、頭を振って否定する。
「良かったですね、先輩」
そんな俺の心を読み透かしたみたいに、俺を挑発するかのような言葉を投げかけて来た。
「黙ってろ!!」
そう叫ぶも、なんだが負けたような気分になる。いや、事実負けているんだ。
その心情を、認めることに他ならないから。
「……いたぞ。あれだろ、目当てのモンスターは」
だから俺は話を逸らす。これ以上こいつらと喋っていると、墓穴を掘りかねない。
「……随分と、遠いみたいですけど?」
ハロンの言葉は無視する。そこに深い意図はないからだ。
「喰らうが良いっす、猪!」
猪にまでエセ敬語を使うパウンドは、青白い光を纏う。それはスキルのエフェクトだった。
「あー、張り切ってるところ悪いけど。そのスキルを使ったら、攻撃を出すまで移動はできないよ」
移動したら溜めが消える系のスキルか。それを早とちりして使ってしまったせいで、全然距離が足りていない。
「え、ど、どうしよう?」
「おびき寄せるしかないだろうね」
ハロンがそう言うと、待ってましたとばかりにゆりかごは薬品を投擲した。
その途端、遠くの猪の挙動がおかしくなる。熱に浮かされたみたいにフラフラした後、こちらを見据えて来た。
「わ、わ、突っ込んでくる!?」
「落ち着いて! タイミングを測るんだ!」
そのアドバイス通り、深呼吸して前を見据えるパウンド。1秒、2秒と時間が過ぎていき、距離も縮まってくる。
そしてもうちょっと、といったところでハロンが叫んだ。
「危ない!!!」
その次の動きを予期したのだろう。そう叫んだと同時に、猪が前方へと飛び上がる。
タイミングをずらされたパウンドは技を放つことができずに、恐怖で顔が引き攣る。
「ガルルッ!!!」
跳び上がった黒い猪を黒い狼が咎める。パウンドは、泣きそうな顔でこっちを見てきた。
「助かったっす! 『一閃』!」
狼に組みつかれていた猪に向かって、スキルを放つ。それは最も基本的な、剣技のスキルだった。
「ブ、ブルルル………」
その場にバタリと倒れる猪。パウンドは勝利の咆哮を上げた。




