登録?
「そ、そう……どうしても、なりたいのかい……」
俺が必死に熱弁すると、これ以上の説得は無駄だと悟ったんだろう。しょんぼりと肩を落としながら、手続きを進める。
「なら、この冒険者カードに自分の血液を垂らしてくれ……ま、まあ? どうしても怖くて無理って言うんなら、そんときは素直に諦めて私の」
言い終わる前にナイフで指を切って、血液を垂らす。良いよなこういう演出。一番わかりやすくて、何より格好いい。
「あ……」
どこか残念そうな声を出しているリディアとは反対に、俺は一人喜んでいた。何も書かれていなかったカードに、俺の情報が記載されていく。
わかってるねー、運営よ。こういう技術を超えた感じの技術って、堪らなく良いよな。
「…….登録はこれで終わり。これで晴れて、フクロウも冒険者になれたよ……はぁ」
本気で悔しがっている様子のリディアに若干引く。こいつの中で、俺は一体どういう立ち位置なんだ?
「他に何か聞きたいことは? 例えば冒険者を辞める方法とか」
「特には無いけど……なら、リディアについて聞くわ」
「……え? わ、私に? いや……うん、別に良いけどさ……」
顔を赤らめ、照れ照れとするリディア。指をもじもじさせて、その仕草はどこまでも乙女だった。
「リディアって、受付嬢じゃないよな。普段は何を?」
「な、なるほどね。お互いの将来のため、収入は把握しておきたいんだね。うん、わかった」
明らかに曲解されたが、俺が訂正する前にリディアは続ける。
「私はフクロウと同じ冒険者さ。今日はただ、臨時で受付嬢の仕事をしているだけ。だから心配しなくても、フクロウと私が食っていけるだけのお金はちゃんと稼ぐよ」
俺は何をどう心配すれば良いかはわからないが、取り敢えず冒険者が受付嬢より高級取りなのはわかった。
いや、命をかけるから当然っちゃ当然か。
「いや、不安になるのは当然か。まだお互いのことについても、よく知らないからね。だ、だから提案があるんだけどさ。その、親交を深めるためにも、これこら飲みにでも」
「ちょっと先輩まだっすか? 後ろつっかえてるっすよ」
瞬間だった。物凄い濃密な殺気が、俺を通り過ぎていく。
さっきまでの朗らかな表情はどこへやら、飢えた肉食獣みたいな獰猛な目つきを、パウンドへと飛ばしている。
それはPKを生業にしていた俺ですら、気持ち悪くなるほどの代物であり、当然パウンドが耐えられる訳もない。
「あ、あ、あ………」
泣きそうな、茫然自失とした顔をして、ペタリと座り込んだ。
「おい、やめろよ。後ろの二人は知り合いなんだ」
俺としても、なぜこいつらを助けるような発言をしたかはあまりわからない。思わず口に出ていた。
ただそれで、俺の発言を受けて慌てて謝ってくるリディアの姿が、ただただ奇妙で不気味だった。
こいつは相当な手練れだ。殺気だけで行動不能にさせるなんて、どう考えても普通じゃない。
「あんたらも悪かったね。どうもフクロウのこととなると、ついカッとなる……どうしてだろうね?」
これだ、この求めるような視線。さっきまでとのチグハグさに、気持ち悪さを感じてしまう。ハッキリ言って怖い。
「すまないね、フクロウ。時間を取りすぎちまった。名残惜しいけど、また後でね……」
そう言って小さく、俺にだけ見えるように手を振るリディアから、逃げるようにその場を立ち去る。
普通ならドキッとするはずのそれも、別のドキドキが上回って素直に受け取れない。
そこでやっと俺は、ビビっていることを自覚した。
◇
「ず、随分と時間がかかったね。何があったの?」
憔悴しきった俺たちを前にして、困惑したような表情を浮かべる。
「それは、私が聞きたいよ!」
そのパウンドの言葉が全てだった。ほんと、なんだったんだろうな、さっきのは。
「なあ、ハロン。リディアって名前、知ってるか?」
「リディア? 生憎だけど、聞いたことないなー」
別に、有名な冒険者ってわけじゃないのか………?
「まあ、良いや。皆んな無事に冒険者になれたみたいだし。それでなんだけど、君たちが色々と手続きをしている間に、依頼を一つ見繕って来たんだ」
そう言ってクエストの依頼票を見せてくるハロン。あまりにも仕事が速い……いや、流石に速すぎないか?
ハロン本人の話では、依頼票を手に入れるためにはカウンターに並ばなければいけないはず。
いくら俺たちが手間取っていたとは言え、他のカウンターの列は倍はあったんだぞ。
その違和感を言い出す間もなく、話は進んでいく。
「猪を狩るの? なんだかクエストっぽい!」
「まずは、これくらいの難易度からね」
「だ、大丈夫かな?」
そう言って不安そうに呟くゆりかごに対して、とても微笑ましげな視線を向けるハロン。
それは入学したての初心の新入生を見る上級生のように、慈愛に満ち溢れていた。
「パウンド。そう言えば君、武器は?」
「持ってるよ! 昨日ちゃんと、買っておいたんだー」
そう言ってロングソードを取り出して、偉いでしょーって感じて見せびらかしてくる。うん、これはあれだな。
「……悪いけど、パウンド。それ、なまくらだよ」
「えっ!?」
見るやつが見れば一目でわかる。刃もガタガタだし、輝きも鈍い。拷問用として見るなら、一級品だな。
「あー、ごめん……言っておくべきだったね。新規プレイヤーをカモろうとするヤツが一定数出てくるんだよ。ちょっと前に大粛清があったんだけどねー」
ハロンはそうぼやくが、仕方のないことだった。
ムダ毛と同じだ。表面上剃ったって、毛根からしつこく生えてくる。土壌ごといかないと、イタチごっこにしかならない。
「へ、返品は?」
「多分無駄だと思う。もう逃げてるだろうし」
今度こそ、ガックリと肩を落とす。随分と高い買い物をしてしまったみたいだ。
「錬金術でなんとか……」
「いや、無理だろ」
それができたら、鍛治師いらねーじゃん。
「高い勉強料だと思って、諦めるんだな」
「そんな……酷いっす、先輩……」
そう言って、うるうるとした目でこっちを見てくる。俺が悪いみたいになるから、その目やめてくんない?
そう抗議しようとしたら、他2名からも同じ視線を向けられる。
3対1だ。どうしようもなかった。
「……ほら」
「わー! 可愛いワンチャンっすね! 先輩のっすか?」
動物出しときゃなんとかなるって本当だったんだな。さっきまで落ち込んでたくせに、一気に明るさを取り戻したぞ。
「なんか黒いっす! でかいっす!」
「魔獣……でしたっけ? こう見ると、可愛いですね」
のほほんとしている二人とは対照的に、ハロンは慌てた様子で俺の肩を掴んでくる。
「ちょ、ちょ、先輩。ここで魔獣は」
なんだよ。何かあんのか?
何かあったらしい。周りのプレイヤーと思われる冒険者も騒ついているし、受付嬢をしていた一人もこっちに近づいて来た。
「あのー、すいませんがここで魔獣は……」
「あ?」
「え? あ、い、いえいえ。す、すみませんでした!」
そう言って、顔を真っ赤にして走り去っていく受付嬢。受付カウンターに戻ると他の同僚に、身振り手振りで何かを説明していた。
「え、え? 何で?」
「何が」
先ほどのやり取りに、口をポカンと開けていたハロンが混乱したように、何かを尋ねてくる。
そしてそれは大半のプレイヤーの総意だったらしい。先ほどよりも大きな騒めきが辺りを支配する。
「え、え、なんすか? なんでこっちを見てくるんすか?」
「俺が知るかよ。逃げるぞ」
未だ混乱している様子のハロンを連れて冒険者ギルドを飛び出す。
俺が何したんだ。




