ジゴロ?
「あ、おはようございますっす! 今日も速いっすね」
「お前もな」
ゲームを再び始めて3日目。土曜日ということもあって朝からゲームにログインすると、当然のようにパウンドがログインしていた。
「いつも床で寝て、痛くないんすか?」
「痛いわけねーだろ。寝てるわけじゃないんだからよ」
「むー……私と一緒に寝るの、いやっすか?」
「ああ、嫌だね」
どれぐらい嫌かっていうと、わざわざ寝具を買ってこの部屋に持ち込むぐらい嫌だ。
「なんか傷つくっす! それ!」
「朝から騒がしいね。パウンドは」
俺らが言い合っている横でむくっと起きたハロンは、ベットの上で大きく伸びをする。どこまでも自然な動作だった。
「……ん? ははっ、ごめんね。ベットの上だとつい」
そう言って恥ずかしそうに笑う。その一連の仕草に、可愛いズルイズルイとパウンドは連呼した。
「……むにゃむにゃ……ん? もう、朝……?」
ハロンの横でモゾモゾと動く物体。もそもそっと起きると、目を擦りながらぼーっとした表情を浮かべ、首を傾げてくる。
最初から最後まで、どこまでも演技だった。
「あー! ゆりかごまで! わかった! 私もやる!」
そう言ってガバッとベットに潜り込むパウンド。それを無視して、二人はいそいそとベットから抜け出る。
「それじゃ下に降りようか」
「フクロウさん。今日リアルで予定とかありますか?」
「ねーよ」
「なら、一日中遊べますね」
「待って待って! 置いてかないで!」
焦ったようにベットから這い出るパウンド。その姿がどこか滑稽で思わず笑ってしまった。
「笑ったっすね、先輩! 許せないっす!」
「仕方ないよ。でも大丈夫、面白かったから」
「うん、安心して。面白かったよ?」
「面白いは褒め言葉じゃないよ!?」
妙に居心地の良さを感じて、俺は一人不機嫌になる。
……こいつらといると、調子狂うな。
◇◇◇
馬鹿みたいに広いエントランスには、100を超えるテーブルが等間隔で置かれていて、どの席も賑わっていて。
その奥の方には10個ほどのカウンターが並んでいて、どこも綺麗どころの受付嬢が担当している。
そしてカウンターの横の壁には、巨大な、壁一面を覆い尽くすコルクボード。
画鋲によって、1000を超える依頼が貼り付けられていて、それぞれに番号が振られていた。
「ここが冒険者ギルド。この街で一番大きい建物だよ」
「「ほへー……」」
その圧巻の広さと、日本では中々味わうことのできないゴチャゴチャとした雰囲気に、二人は既に呑まれていた。
「あの番号を受付の人に伝えることで、その依頼を受けれる。要するに、コンビニのタバコみたいな仕組みだね」
なんてハロンの説明にも、似たような反応を返している。今のこいつらとなら、どんな契約でも結べそうだな。
ただ、こいつらの気持ちもわからないでもない。実際俺だって、初めて冒険者ギルドとやらに来てみたが、少し感動しているからな。
ここまで内観が、思い描く冒険者ギルドまんまとは。
ゲーム初日にPKをしてオレンジになったせいで、この建物に入らなかったことが、今になって悔やまれる。
「取り敢えずまずは、冒険者として登録しようか」
お、おう。ついにできるのか。
結構サブカルに関しては精通していると自負しているだけあって、こういうシチュエーションは人並みに憧れていた。
俺たちはハロンに言われるがまま、スーパーのレジに並ぶみたいに空いているカウンターの列に並び、その時を待つ。
………ん? この列だけ、やけに少なくないか?
今さっきまでは興奮して気づかなかったけど、実際並んでみると、列が短いことが目に見えてわかる。だって他に比べて、半分くらいしかないし。
「せ、先輩。何かおかしくないっすか?」
「今からでも列……変えます?」
流石にポワポワした頭でも、この異常事態に気づいたんだろう。怯えたような顔で、撤退を提案して来た。
「変えたいなら勝手にしろよ。俺は一人でもここに並ぶ」
なので、突き放すように言ってやる。俺がこいつらに付き合う義理はねーし、お前らが俺に付き合う必要もない。
宿屋でのこともあって、俺らはもっとドライな関係だと教えるつもりで言ったんだが、どうやら逆効果だったみたいだ。
「そんな寂しいこと、言わないでくださいっす!」
「そうですよ……私たち、友達なんですから」
俺は深いため息を吐いた。お袋にああ言われた手前、こっちから無理に突き放すことはできない。
だからこそ、愛想を尽かされるのを待っていたんだが……この奇特な奴ら相手じゃ、それも難しいかもしれない。
まだまだ、先は長そうだな。
と、そうこうしているうちに、もうすぐ俺らの番ってところまで列は進む。そうなれば、当然前の会話も聞こえてくるわけで。
「はー!? 2,000Gだと!? 相場の五分の一じゃねぇか!」
「仕方ないだろ。ここ見ろ、傷がついてる。後ここにも、それとここにも。採取が下手くそなんだよ、素人が」
「だからって五分の一はねーだろうが!!」
「文句あるなら帰んな。うちは値段交渉は一切しないよ」
「クソがっ!! 二度と来るか!!」
………カドショか?
いや、そんな冗談を言っている場合じゃないな。なんとなくだけど、ここに並んでいる人数が少なかった理由がわかってしまった。
まだ顔は見えないが、随分と気の強い人がこの先にいるらしい。今さっきの聞こえてきたやり取りに、後ろの二人もすっかり萎縮してしまっていた。
………今からでも列、変えれないか? いや、あそこまで啖呵きった手前、それは無理か。
なんて自分の言葉に後悔していると、ついに俺の番になる。
「待たせたね。で? 今日はどういった要件を………」
「…………?」
ウェーブがかかった青い髪に、右目を覆った眼帯。整った顔の所々についている生々しい切り傷。
どう見てもただモノじゃないその女性は面倒臭そうについていた頬杖を外して、マジマジと俺の顔を見てきた。
「………あんた。名前は?」
「……フクロウ」
「フクロウ、良い名前だ。私はリディア。好きに呼んでくれ」
そう言って手を差し出してくる。その手を俺は、訳もわからないままに握った。
「受付嬢も悪くないね。あんたみたいなのに、会えるんだから」
「あ、ああ。ありがとう?」
一人で満足げに微笑むリディアとやらに、意味がわからなすぎて困惑する。
なんだ? 褒められてるのか? それにしては独特な褒め方だが……新人には優しいとか、そういうことか?
「で? 今日は何の用でここに? 私に会いに来たのかい?」
「え、いや」
「ふふふっ、冗談さ。冗談」
さっきまでの苛烈な対応はどこへやら、女性らしい表情を浮かべてくる。なんなんだ? 試されているのか?
迷っていても仕方ないので、本題に入る。
「冒険者に、なりに来た」
俺がそういうと、ズガガガーンと雷にうたれたみたいに仰け反るリディア。ふるふると震える腕で肩を掴み、揺さぶってくる。
「ぼ、冒険者なんてやめときな。ロクな仕事じゃない。なんだい金か? 金がいるのかい? なら私が養ってやるから、冒険者なんて危ない仕事はやめときな」
そこに来て、やっと俺は気づいた。
これか!? これが《piece of peace》の効果なのか!?




