実演?
「……………」
呼び出した真っ黒な色合いをした狼が、じっとこちらを見てくる。命令を待っているのか、一切動き出す気配はない。
戦闘AIは入っているため、戦闘時は自由に動いてくれるがそうでないときは、剥製のように不動だ。生きているかさえ疑わしい。
……ん? 身体が少しダルくなってきた気がする? おそらく、呼び出しているだけでも、魔力が削られているんだろう。
ここがサモナーとテイマーの違いだな。サモナーとテイマーはこういう風に、ところどころで差別化されている。
例えばテイマーは魔獣を使役できない。
魔獣とは体内の魔力に支配され、自我を失った獣だから。魔力の影響で、身体全体が真っ黒になっているのが特徴的だ。
その代わりに、普通の獣はテイムできる。
魔獣になっていないということは、自分の体内の魔力が制御できているということで、その分魔獣よりも強く賢い。
だからこそ、普通の獣は召喚石に入らない。
個の強さはテイマーが上。対応力はサモナーの方が上。使役の難しさはテイマーが上。魔力の消耗量で言えばサモナーの方が上。
と言った感じに、どちらにも利点があって甲乙がつけ難いため、二職業間の確執は凄まじいものになっている。お互いがお互いを貶しあっていた。
それは掲示板でサモナーやテイマーが現れると煙たがられる程に。
「……流石に戻すか」
少量ずつと言えど減っていく魔力に不安を感じ、召喚石を呼び出した魔獣へと向ける。
すると赤い光線がビビビッと出て、魔獣は吸い込まれていった。
このエフェクト大丈夫なのか?
◇
「つまりだね。錬金術師とは、戦闘職と生産職の丁度中間に位置する職業なのさ。両方の特徴を色濃く持っていると言って良い」
「は、はい!」
何か奇妙な液体を混ぜ合わせているかたわらに、講義を続ける変態。その様子にハロンはムスットした表情を浮かべていた。
「腕があるのは間違い無いよ。だから尚、ムカつくんだ」
どこまでも私怨でしかないそのハロンの評価に気にすることなく、完成品を宿の備え付けのテーブルに垂らす。
それだけでボロボロになっていたテーブルの表面が、液体を垂らされた場所だけ、新品同様綺麗になった。
「まあ! こりゃ、凄い!」
いつの間にかいた宿屋の女将が、その驚きの性能に感嘆の声をあげる。なんで、実演販売みたいなことをしてんだ?
「物事の原理さえわかれば、こんなことも容易くできる。知識と素材と道具。錬金術師の三種の神器だよ、覚えておきたまえ」
ネクタイを締め、もっともらしいことを言う。何、カッコつけてんだ? 変態のくせに。変態のくせに。
ハロンも、俺と同じ感想を抱いているんだろう。ゴミを見るような目で、睨みつけるように言った。
「それで? もっとらしい理屈は良いから、速くこの子を錬金術師にしてくれない? 君と違って暇じゃ無いんだ」
錬金術師など技術を必要とする生産職は、簡単に就職することはできない。基本的に師匠となる存在が必要だったりする。
それを知っているため、渋々ハロンはその変態に頼み込んだ。本当は君になんて頼みたく無いんだけど……と、ぶつぶつ文句を言っている。
「理屈は疎かにするべきでは無いさ。そして残念ながら、僕は人にモノを教える立場には至っていない。言うなれば、修行中なのさ」
「は?」
断られるとは微塵も思ってなかったんだろう。感情を剥き出しにして、変態の元に近づくハロン。
「いや、君は錬金術師だ。そうだろ?」
「ああ、そうとも。だが肩書きなんて関係ないとは思わないかい? 大事なのは心のあり方だよ。ハロン君」
こいつ、怖いもの知らずだな。今のハロンにそんな煽りをして、こうなることは予想できただろうに。
スラっと凶器を抜いたハロンに、首元に刃をピタリとくっつけられた変態を見ながら、そう分析する。
「あ、あの?」
「ああ、良いよゆりかご。このゴミは私が片付けとくから」
その状態で尚、余裕の態度を崩さない。間違いなく大物だった。
「早とちりしないでくれたまえ。私としても、彼女を錬金術師にするつもりはやまやまさ。案外、人気とは裏腹に錬金術師になってくれるプレイヤーは少ないからね」
ゆりかごと宿の女将さんの手によって、変態から引き剥がされるハロン。残念ながら今この場で、その男の言葉を聞いているものは誰一人としていなかった。
「だから僕の師匠を紹介しよう。NPCなのでこの世界によく精通しているし、その技術も私なんかと比べ物にならない。それに何より、彼女は女性だ」
「だったら、君がここに来る必要は無かったじゃないか!!」
なんとも理不尽な叫びが宿屋にこだまする。ここに呼んだのは俺たちなんだけどな。
それでも、その叫びにどこか興奮したような表情を見せる変態を見ると……やっぱり悪いのはこいつだなと思ってしまう。
Mでロリコンとか、業が深すぎる。
◇
「へー、そんなことがあったんすねー」
「いや、なんで魔法職についてんだよ」
前衛職になりたいと言っていたはずの小娘が、帰ってきたら裾の長い真っ黒なローブを見に纏い、それっぽい杖を握っていた。
こいつ、形から入るタイプなのかよ。
「魔剣士っすよ、魔剣士! 私、途中で気づいたんっす。やっぱり一番かっこいいのは魔剣士ってことに! 魔剣士になるなら、まずは魔法をマスターする必要があるっすよね? だから私は、ソーサラー? になったっす」
テンション高めのパウンドとは反対に、俺とハロンは揃って頭を抱えた。ああ、魔剣士の評価は変わってないのね。
「パウンドよく聞いてくれ。魔剣士は地雷だ」
子どもに、買ったおもちゃがパチモンだったと伝えるみたいに、ハロンは言葉を選んでパウンドに言う。
いや、選んでないな。どこまでもどストレートに批難している。
「地雷? なんで?」
「魔剣士というジョブが確立されているからだよ」
トンチを出されたみたいに、難しい顔をするパウンド。じゃあ良いじゃん、とでも言いたげな顔をしている。
「魔法が使える剣士と魔剣士は、全然別物なんだ」
ああ、違う。天と地ほど違う。
「君が思っている魔剣士って、剣に魔法を纏わせるヤツだろ? あれは確かに魔剣士にしかできない芸当だ。それ専用のスキルがあって、魔剣士でしかそれは扱えないからね」
「だったらやっぱり魔剣士に」
「でも、どう考えても非効率が過ぎる」
その言葉に押しだまるパウンド。自分でも気づいていたんだな。
「魔力を周りに展開して、魔力で魔素を操って、魔力を使って剣技のスキルを使う。この工程だけで、3回も魔力を使うんだ。どう考えても、すぐに魔力は枯渇する」
それは当たり前の話だった。そもそも、魔法を剣に纏わせるってのがまず異常なんだよ。
魔力を纏うならまだしろ、常時魔法を維持し続けるなんて、はっきり言って正気の沙汰じゃない。
「多くのプレイヤーがそのカッコ良さに惹かれて魔剣士になる。けど大抵のヤツは挫折していく。それでもそのカッコ良さに憧れ、その縛りをものともせず魔剣士を続けるプレイヤーは、地雷って呼ばれるんだ」
酷い言いようだ。だが、事実だった。
俺の知る限り、魔剣士としてやっていけるほどの魔力量を誇っているプレイヤーなんて、一人しかいない。
それも、このゲームを辞めていなければの話だ。
「うっ……わかった。魔剣士は諦める……」
「……うっ!」
夢を絶たれてしょんぼりとしたパウンドに、その夢を絶った張本人のハロンも若干傷ついている。
こうやって人は、大人になっていくんだな。




