出所?
「筋トレが趣味のやつって、SかM、どっちなんだろうな?」
むせ返るほどの血の臭い。その発生源と思われる無惨で悲惨な死体が、そこかしらに転がっている。
おおよそ、人間が生きるのに適した環境とは言えない。
だと言うのにその男の口調とその内容は、まるで雑談しているみたいに、平凡で適当なものだった。
「よく筋肉を虐めるって言うじゃん? なら、Sっぽさも感じれるけど、やっぱり本質的にはMじゃんね?」
ことここに至って、その男の口調に翳りのようなものは見えない。むしろ、いつもより友好的でさえあった。
「そうか、お前だったのか」
その落ち着いた言葉とは裏腹に、ヤツに向けていた剣を再度握りしめて、ここでヤるという決意を固める。
「なに? 俺、ゴンなの? 親父でも探してるの?」
男の軽口はたまらない。
状況が読み込めていないかのように無防備なその姿は、ともすればこっちを煽っているみたいで。
連戦の後の国内トッププレイヤーとの1v1という絶望的な状況も、この男の笑みを崩すには至らなかったらしい。
「殺す」
「ごんきつねなら、ここで後悔してるんだけどな」
素早く放った一撃を軽く受け止め、そう皮肉気に呟く。そのぼやきに対し、2度3度、剣を振るうことで答えた。
堪らず距離を取った小柄な男は、下手くそな笑みを浮かべる。
「よー、英雄。これから人殺しする気分はどうだ?」
「生憎、お前は人のうちに入らない」
「だから殺して良いと。なるほど、まさしく人間の英雄だな」
一合、二合とぶつかり合う音がこだまする。
永遠にも思える戦いが、今始まった。
◇◇◇
「ようこそ! 『フルブラインド』の世界へ!」
フワフワと浮かぶ毛玉みたいなヤツを押し除けて、この謎な真っ白な空間の出口の扉へと向かう。
「ちょっと! チュートリアルはスキップできませんよ?」
俺を追いかけ、妙竹林なことを抜かす毛玉に、凄い剣幕で怒鳴る。
「俺は新規プレイヤーじゃねーよ!!」
証拠とばかりに、武器をインベントリから出して、脅すようにその眼前へと突きつける。
「あ、すいません……レベル1だし、インベントリも空だし、スキルも何も持っていないので、私てっきり」
フワフワと上下左右に、小馬鹿にするように動く毛玉。喋れなくても人は煽れるんだな。勉強になったわ。
そもそも、プレイヤーデータ見れば一発だろうが!
そう叫びたいのをグッと我慢して、無視して進む。それを許さないとばかりに、俺の前を蝿みたいに飛び回る。
「……わざわざ煽るためだけに、呼んだわけじゃないみたいだな」
「はい! 運営から、『フクロウ』様にメッセージがございます! 開けますか?」
「良いわ。パスで」
「それでは、読みますね〜」
その怪奇生物は、俺の言葉をナチュラルに無視した。
「『出所、おめでとうございます』だ、そうですよ!」
俺は売られた喧嘩を買うことにした。
「出てこいや! 運営ー!!」
その空間で武器を振り回しながら、力の限り叫ぶ。どうせここ、見てんだろ? あ?
「プレゼントも用意されてますよ。開けますか?」
俺の突然の奇行にも動揺せず、自由な毛玉は返答を待たずに、勝手に俺宛のプレゼントを開け始める。
「おお、凄い! ユニークスキルガチャ券ですね!」
「お、マジか」
毛玉の言葉に、暴れるのをやめて出てきたアイテムを手に取る。
ライブのチケットほどの大きさの紙に、『固有スキル以上確定』という文字が、妙にごちゃごちゃした装飾とともに書かれていた。
ユニークスキルはその性質上、滅多なことでは手に入らない。
課金要素であるガチャでも、景品がユニークスキルだったことは、今まで一度しかなかった。かの有名な、0101事件である。
ともすれば、1年間という長いデスペナの代わりとしては、破格とも言えるかもしれない。
それだけ、ユニークスキルはやばい。確定で貰えるとしたら、大半のプレイヤーが1年間のデスペナを選ぶくらいに。
「それでは、張り切ってどうぞ!」
ゴゴゴッ……という音と共に、下から自販機の形をしたガチャガチャが迫り上がってくる。
「趣味わりーな、おい」
上から下まで金ピカなその見た目に、不満の声を漏らす。ゴージャスなら、良いってもんじゃねぇぞ。
と、文句を言いながらも、自販機のお札を入れるところにチケットを入れて、返却レバーの位置にあるハンドルを回した。
ガチャガチャ、ガチャガチャ……ポン
小気味いい音を出して、出てきた黒いカプセルを捻って開ける。
《理外スキル》
『piece of peace』
・NPCからの友好度が大幅に上がる。
俺は思わず毛玉を見る。その視線の意図を察したのか、そのガチャの排出率らしきものを提示してきた。
☆ユニークスキル 99%
☆エクストラスキル 1%
……確かに、ユニークスキル『以上』確定とは出ていたが。ユニークスキルに上があるなんて、知らないぞ?
どうやら、俺がこのゲームに興味から離れている間に、大幅なアップデートがあったらしいな。
「で? なんなんだこのスキルはよ」
「読んで字の如くでは? それ以上の説明は不要かと」
説明を求めると、舐めた返答を寄越される。
確かに書かれている内容は簡潔だが、それゆえに地味だ。ユニークスキルの方が、わかりやすい強さがあった。
戦闘系でも、技能系でもない。パッシブスキルってやつか? よく知らないけど。
ハズレ感が否めず、イマイチ微妙な気持ちを抱いてしまう。
「なんなら、クラッカーでも鳴らしましょうか?」
そういうことじゃねぇよ。余計な気遣いすんな。
つか、こいつNPCじゃないのか? 全く、俺に対する対応が変わってないんだが……ゴミスキルか?
周りをふよふよと飛んで、まとわりついて来る毛玉を、鬱陶しいとばかりに手で払う。
「で? まだ、俺を拘束する気か?」
「言い方! もう、用は済みました! どこへなりとも行ったら良いんじゃないですか!!」
「はいはい」
あからさまに怒っていると、態度で示してくる毛玉をほっといて、扉に手をかける。
何も見えない真っ白な空間に、俺は一歩、足を踏み出した。