哀れな盗賊
朝、少しの肌寒さを感じ目を覚まします。
春とは言えまだ朝は冷えます。
昨日よりは早く起きたつもりですが、既にテントの中は私一人でした。
お姉ちゃんはいつも早起きなのでしょうか。
テントの中はほんのり明るく日が出てからそんなに時間は経っていないような気がします。
頭のあたりに着替えの服が用意されていたのでそれを着ます。
今日の服は白いフリルのTシャツにカーキー色のキュロットパンツと藍色のワンピースコートです。
着替え終えテントの外に出るとちょうどかえって来るところだったのかお姉ちゃんがこちらに向かってきています。
「おはよう、ソフィー。今日は早いね」
「おはようございます。お姉ちゃんはいつもこんなに早いんですか?」
「今日はたまたまだよ。散歩ついでに魔物狩りをちょっとね」
昨日の残りを出してもらい朝食を手短に済ませます。
本当に時間が止まっているようでスープは温かいままでした。
テントを広げたまま仕舞い、薄暗い中出発します。
早めに出発し頑張れば今日中に街に着けるかもしれません。
「このままだと今日は自然な味のスープになっちゃうから早く街に着きたいね……」
お姉ちゃんが切実な表情でつぶやいています。
私が持っていた干し肉は昨日使ったので全部なので今日も野宿の場合、夕食が無味のスープか素焼きのステーキになります。
食べ物がないよりははるかにマシですがとても味気ないです。
お昼は我慢すればいいので考えないことにします。
「そうだ、いいこと思いついた。ソフィーちょっとおんぶされてくれる?」
「?わかりました」
お姉ちゃんは私に背中を向けて屈みます。
特に断る理由もないのでその背中に掴まります。
いいこととはおんぶして歩くことでしょうか?
私が歩くよりは確かに早いですが大変だと思います。
「重くないですか?」
「全然軽いから大丈夫だよ。しっかり掴まってて。舌をかまないように気を付けてね」
それだけ言うとお姉ちゃんは私をおんぶしたまま走り出します。
最初は普通に走るぐらいの早さでしたがだんだん早くなっていきます。
景色がどんどん変わっていき楽しいです。
揺れは少しありますが風はほとんど感じません。
「ソフィー大丈夫?気持ち悪くなったりしてない?」
「大丈夫です。これすごく楽しいですよ」
馬よりもずっと速い速度でお姉ちゃんが街道を駆け抜けていきます。
この調子ならお昼前には街に着いてしまいそうです。
しばらく走っていると速度が落ちていきます。
この速度で走り続けるのはいくらお姉ちゃんが普通じゃなくても疲れたのでしょうか。
でも息を切らしている様子は見えないので不思議です。
「休憩ですか?」
「いや、この先で馬車が止まっているみたいなんだけど様子が少し変なんだよね」
前を見ると確かに馬車が止まっています。
囲まれているように見えるのでもしかしたら襲われているのかもしれません。
「襲われているのかもしれません。助けに行きますか?」
「どうしよっか。助けても助けなくても面倒な気がするんだよね。あの馬車どう見ても偉い人が乗ってそうじゃん?」
止まっている馬車をよく見るときれいな装飾がされています。
確かに乗り合いのものや商人ではなく貴族様が乗るような馬車に見えます。
護衛の人も頑張っているようですが人数差が倍以上あり劣勢のようです。
このままだとやられるのも時間の問題です。
「でも目の前で襲われているのに見捨てるのはかわいそうです。何とかなりませんか?」
「それもそっか。じゃあ、一気にやって一気に逃げるからしっかり掴まっててね」
「え?」
降りなくていいのか聞く間もなくお姉ちゃんが走り出します。
さっきまでは加減していたのか物凄い速さで馬車のところへたどり着きます。
盗賊たちはこちらの登場に一瞬驚きますが姿を見るやカモだと思ったようでニタニタと笑みを浮かべています。
「なんだよ驚かせやがって、ガキじゃねーか。しかも背負った状態で出てくるとは馬鹿か?」
次の瞬間にはその台詞を言った盗賊は地に伏していました。
私からはギリギリ水の玉のようなものが飛んでいくのが見えましたがほかの人には見えなかったかもしれません。
戦うところは初めて見ましたがやっぱり無詠唱なんですね。
「な、なんだ!何が起こってるんだ!」
「糞がッ!魔法使いだ囲い込め!」
合図を受け盗賊が動き出しますが次々に倒れていきます。
ずぶ濡れになり倒れる人もいれば木に打ちつけられ倒れる人もいます。
同時に数人がかかってきますが誰も近づいてこれません。
私が背中にいるせいか、そもそも必要ないのか一歩も動かずに倒していきます。
数分で合図を出していたリーダーらしき人を含め全員が倒れている地獄絵図になります。
護衛の騎士の人たちは突然現れたお姉ちゃんが敵をすぐに片付けてしまったことに驚いて固まっています。
「助けてくれたことには感謝しよう。だが君は何者だ?それに後ろの子は誘拐ではないだろうな」
固まっていた護衛の人が動き出し警戒しながら聞いてきます。
女の子を背負った人が突然現れ、無詠唱で敵をなぎ倒していったら怪しいなんてもんじゃないですよね。
「ただの通りすがりのEランク冒険者です。誘拐ではない、はず?」
「いや、その強さでEランクは無理があるだろう。なぜ誘拐ではないと言い切らないんだ?」
言われていることはもっともだと思いますが依頼を受けていない以上ランクは上がらないのでEランクなのは事実ですね。
私は自分の意思で連れて行ってもらっているので誘拐ではありません、それは伝えておきます。
「そうか、本人が言うなら誘拐ではないのだろう。自分で背中に掴まっているみたいだしな」
「ところで、この盗賊たちは任せていい?」
「あぁ、それはかまわない。よかったら街「よかった、後処理はよろしく」までっておい」
お姉ちゃんは相手の言葉を最後まで聞かずに全速力で走り出してしまいます。
後ろから静止する声が聞こえた気がしましたが行ってしまっても良いのでしょうか。
私には背中に掴まっていることしかできないのでどうしようもありませんが。
後ろに誰も見えなくなったころ速度を緩めてくれます。
安定した速度になったので会話ができるようになりました。
「危なかった。もう少しで一緒に行かないかとか言われるところだったよ」
「何かまずいことでもあるんですか?」
確かにあのままだと護衛として誘われていた可能性もあります。
それはそれでギルドのポイントも付くのでいいことだとは思うのですが。
「街まで行ったらお礼に食事をって言われそうじゃん?」
「お礼をもらえるのは嫌なんですか?」
「それだけならいいんだけどね。なんだかんだ理由をつけて専属になれとか縛ってくるんだよ。だから権力者は嫌いなんだよね」
「偏見がすごいですね……。もしかして私が言わなかったら助けなかったですか?」
「どうだろ……。私しかいなかったら助けなかったかもね」
私は無理強いをしてしまったのでしょうか?
私が少し俯いたのが分かったのか言葉を続けてくれます。
「確かにソフィーに言われたのは大きかったかもだけど、結局助ける判断をしたのは私だからね。無理を言われたとかは思ってないよ」
「ほんとうですか」
「本当だよ。ソフィーは優しいね。ソフィーのお願いなら多少の無茶は聞くよ」
首に顔を埋めながらお礼を言います。
本当に優しいのはお姉ちゃんの方です。
私を連れて行かなくても道なりに行けば街に着けます。
初めて会った時も街の方角だけ聞いて私を放っておくこともできたはずです。
戦闘の時も移動の時も足手まといにしかなりません。
唯一役に立てそうなのは料理ですがスキルがあるので買いだめで済んでしまいます。
本当になんで私を連れて行ってくれるのでしょう?
そんな考え事をしているとあっという間街に着いてしまいます。
ギルドカードを提示し街に入ったのは予定よりも大幅に早くお昼よりも全然前でした。