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7.ばかげた奇跡を蹴りとばせ


 コンコンコンコンと荒々しくノックがなされて、誰の許可も得ないうちに勝手に扉が開けられた。


「ユーシー、大変です。カイルさまがいらっしゃいました。隠れてください」

「あ?」

『は!?』

「いいから早く! ジェイコブも早、く――」

「レイラ、ここにいるの?」


 響いた声に、この場にいた全員がぴきんと固まった。声の主以外の時間が止まってしまったようだった。


『カ――』

「おい! そこの野郎!!」


 二本の木刀を肩に担いだユーシーが、声の主――カイにずんずんと近寄っていく。ジェイコブと家政婦が慌てて止めようとするが、遅かった。


「は?」


 カイはズボンを履いた〝私〟がガニ股の大きな歩幅で近づいてくるのを見て、ぽかんと口を開いている。


「剣はできるか?」

「レ……レイ?」

「あとでちゃあんと説明してやっから、とりあえず嬢のことは置いとけ。オレは剣術ができるのかって聞いてんだよ」

「……騎士団で働いているから、できるほうだとは思うけれど」

「よし、じゃあ勝負だ」


 ユーシーはカイの肩のあたりを引っ掴んで、無理やり室内に入れた。カイはわけがわからないといったようにきょときょととあちこちを見回している。


 ユーシーから木刀を渡された後もカイはやっぱり理解ができないようで、少し苛々しているようにも見えた。

 空気を読んだジェイコブが二人の間に入り、〝勝負〟の説明を始める。


「えーっと、カイルさまかユーシーのどちらかが剣を落としたり、動けなくなったりして戦闘不能になったほうを負けとします。本来ならば二本勝負でやるものだと思いますが、今回は一本のみです。判定はおれが務めます。質問はありますか?」

「ない」

「ユーシーって誰?」


 真っ当な質問がカイから飛んだ。ジェイコブは初対面の貴族さまに鋭く睨まれて汗をかいている。言っていいのか、判断しかねるというのもあるのだろう。


 やっぱりカイは私に怒っているのかも、と思ったら、頭を抱えたい気分になった。今の私は、抱える頭もないのだけれど。


「ユーシーは……この人のことです」


 しばらく逡巡したジェイコブは、先ほどのユーシーの「あとで説明する」という言葉を思い出したのか、素直に『ユーシー』を指し示した。ユーシーは腕組みをしてカイにニッと微笑む。

 ユーシーの表情を見下ろして、カイは眉間にしわを寄せ、首を傾げた。よけいに混乱したようだ。


「とりあえず勝負をしないと、ユーシーは話さないと思いますよ」

「わかった。じゃあやろう」


 カイはそう言うと、ふうっと息を吐き、上着を脱ぎ捨てた。なにがなんだかわからないまま、戦うことにしたらしい。私はカイが〝私〟に負けている姿なんて見たくないから、必死に心の中で応援をするだけである。


 この状況でそんなことしかできない自分に、少しだけ腹も立つ。せめて肉体があれば、カイにどういうことか説明ができるのに。なんて頼りなくて情けないのだろう。


 はじめ、というジェイコブの合図で、カイとユーシーは動き出した。


 ユーシーは先ほどジェイコブと稽古をしていたときとは違い、素早く、そして力強く、派手にカイに木刀を振り下げている。目にも止まらぬ速さ、というのはこのことなのだと見せつけられるような動きだ。

 対するカイは、淡々と、飄々とその剣を受け流していく。しかし圧されている、という印象はなく、カイはつねに自分のペースを保っている。


 どちらが優勢になるわけでもない、ほぼ互角の戦いが繰り広げられる。〝私〟とカイがこうやって剣で戦っているという状況は側から見ても異常だったが、私はなんとしてでもカイに勝ってほしくて目が離せなくなっていた。

 カイもユーシーも、額に汗をかいている。

 ユーシーは私の身体のはずなのに、どうしてかとてつもない勇ましさと、気迫を感じた。ぎらぎらとした勝負欲が瞳に浮かんでいる。きっと本当のユーシーの肉体なら、迫力は凄まじかっただろう。


 今はただのひ弱な令嬢の姿だから、どこか間抜けなようでもある。


 カイは、涼しげだけれどやっぱり瞳は真剣だ。不可解な状況だけれど、彼は絶対に負けたくないのだと思う。私が見ているということも感じていそうだ。私だって負けてほしくない。


「ハッ!」

『だめ!!』


 ユーシーの力いっぱいで振った木刀が、カイの脳天めがけて下ろされる。ぎゅっと固く目を瞑って――からんからん、と木刀の落ちる音がした。


「勝負あり! ……勝者は、カイルさまです!!」


 信じられない思いで目を開けると――目の前に、肩で息をするカイが立っていた。


「あれ?」

『あ? これどうなってんだ?』

「……レイ?」


 周囲を見回すと、大勢の見物客が私たちを見ていた。この離れにいる使用人が全員集まったと思えるほどの人数だ。


 どちらが勝つか賭けをしていたらしく、「さっすがカイルさま!」「お嬢さまの婚約者殿が負けるはずないだろう!」「しっかしあのユーシーに勝つとはなあ……」ときゃらきゃら騒ぐ人と、「ユーシーが……?」「嘘だろ……」「大変、今日の私たちのパンがなくなっちゃうわ!」と頭を抱える人に二分されている。家政婦や執事も参加していたようで、二人とも小さく拳を握っていた。


 私はカイが負けるはずないと信じていた――知っていたけれど、それでもまさか、ユーシーにまで勝ってしまえるとは。カイが剣術の才能を持っていて、騎士団内でも一、二番を争うほどの実力者だということはあまりに有名なのだ。


 立ち尽くしたまま、盛り上がっている使用人たちとジェイコブをぼうっと眺める。するととつぜん、真正面から左手を引っ張られて、強い力でぎゅうっと抱きしめられた。


「レイ? レイ、だよね?」

「うん、カイ、くるしいよ」


 カイはまだ呼吸が荒くて、全身が汗で濡れていた。どくどくと早鐘を打つ胸の音まで聞こえる。私のほうもシャツ一枚と下着しか着ていないからその感触が直に伝わってくるけれど、ふしぎと不快感はなかった。


 カイの背中に両手を回して、私の全力で抱きつく。


「レイ、誕生日おめでとう」

「ふふ、ありがとう。お祝いしにきてくれたの?」

「……ちょっとまだ混乱してる」


 カイは、頭のてっぺんで結んでいた私の髪を解いて、ぐしゃぐしゃと手で梳いた。抱きしめたまま、私の背中の後ろで赤混じりの金の毛先を弄ぶ。


「カイ、ごめんね」

「……何が?」

「ごめんね。……カイのこと、嫌いになれないの。好きなの。結婚してほし、」


 その瞬間、抱擁が解かれたかと思うとカイに顎を掴まれ、吐息を奪われた。私の存在を確かめるように、角度を変えて何回も口づけが繰り返される。

 仕上げと言わんばかりに上唇をかぷんと甘噛みされて、頬から彼の両手が離れた。


 いつの間にか使用人やジェイコブは姿を消しており、この場にいるのは私とカイの二人だけだ。


「……話し合いが必要みたいだ。入浴を済ませてから二人で話そう」

「わ、わかった」


 のぼせたみたいに顔が熱い。私の表情に気づいてか、カイは私の髪を一束持ち上げ、軽いキスが落とされる。


「――はやくお風呂に行ってきて!」

「はいはい」


 カイはにっこり笑ってその場から立ち去った。


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