4.うそだらけの振る舞い
「レイラ」
「なあに?」
「それで、今年もレイラの誕生日は会えないって?」
ぎくりと小さく肩が縮まる。お茶をこぼしてしまったら大変なので、静かにソーサーに置いた。動揺が伝わらないようにしないと。
「……そうなの。ごめんね」
「どうして?」
どうして、と彼に直接訊かれるのは、これが初めてかもしれない。九回ぶんも、八年も彼は我慢をしてくれたんだと気づいて、呼吸がしづらくなった。胸をぎゅっと潰されたような気分だ。
「……言わなきゃ、だめかな」
「納得できる理由を聞きたいな」
「ええっと」
どうしよう、なんて答えたらいいんだろう。八年もの猶予があったのに、私はどうして言い訳を用意しておかなかったんだろう。
「……あ、会う人が、いるの」
カイの濃い金色の瞳をじっと見つめて、嘘とも本当とも判断できない、ぎりぎりの答えを提示した。
一年に一度、ユーシーに会える日、と言えばそうだけれど、べつに会いたくて会っているわけじゃない。その日は散々な目に遭うので、私は会いたくないくらいだ。
できればカイに嘘はつきたくない。でも、ここでは嘘をつかないとどうしようもない。
私の答えを聞いて、カイは怪訝な表情をつくった。ぎゅっと眉根にしわを寄せても、もともとの顔がよければ様になるみたいだ。
「会う人?」
「そ、そうなの。『毎年、私の誕生日に会おうね』って約束してる人がいて、会いに行ってるの。家も留守にするし、ほら、だから毎年のお誕生日会も、誕生日の二日後に開いてたんだ」
「……へえ? 初耳だなあ。エルからもそんな話は聞いたことがないし」
「お兄さまもあまり知らない人だから」
カイは赤が混じった金色の私の毛先をくるくると弄びながら、「ふぅん」と気の抜けた声を出した。
「わざわざ誕生日に会いに行かなくてもいいんじゃない? 日にちをずらしたほうが簡単だと思うけど。俺はレイラの誕生を当日に祝いたいよ」
「ありがとう。……でも、カイと出会うよりもっと前に、その人と約束をしてしまったから、その日じゃないとだめなの。あとから『やっぱりあれはなしね』と言うなんて、私にはできないわ」
カイと出会ったのは四歳になる前だと聞かされているけれど、ユーシーが私の身体に初めて入ったのは私が一歳のときだ。これはユーシーが覚えていた。
二人で記憶を順番に辿ったときに、「お前の一歳の誕生日、父親に勝負を仕掛けようとしたら泣くしかできなくてうざったくてよお。原型が何かもわかんねえぐらいどろどろの飯を食わされるし」と文句を言ってきたのだ。
それに、ユーシーの魂が入る日をずらせないのも事実である。あれは私たちの力ではどうにもできないと確認してある。
体調を崩しても別の場所にいても寝ていなくても、私の誕生日の〇時ぴったりに私の魂が取り出されて、ユーシーのものが入れられる。
「レイは、」
彼は何かを言いかけようとしたが、それ以上言葉が出てくることはなく、きゅっと唇を閉ざした。
「カイ? なにを言おうとしたの?」
聞いておかないとだめな気がして、慌てて問うた。カイは半歩下がって私から距離を取り、ゆるりと微笑む。
「ううん? なんでもないよ。ねえ、このクッキーおいしそうだよ。料理長の手作りかもしれない。レイラも食べなよ」
「ねえ、カイル、なんて言おうとしたの」
「なんでもないってば。ほら、クッキー」
クッキーを無理やり口の中に捩じ込まれたので、ゆっくり咀嚼する。甘くて、噛むとほろほろ溶けてゆく。カイも自分のを一口噛んで「うん、おいしい」と喜んでいる。
きれいなはちみつ色の瞳に何が映っているのか、彼が何を言いたかったのか、何を考えているのか、今だけはさっぱりわからなかった。
他人の考えていることがわからないなんて当然のことなのに、相手がカイだと、とつぜん道に迷ったような、突き放されたような不安感を覚える。
カイとはずっと昔から一緒にいて、たのしいもうれしいも怖いも悲しいも共有してきたからだろうか。それとも、カイのことが好きだから、こんな気持ちになるのだろうか。
その後、カイと二人でお茶を飲み、手をつないで庭園をぷらぷらと散歩して、彼は「今日は午後から勤務なんだ」と帰って行った。
庭を見ている間もカイとの距離感がわからなくて、これまでどう話していたのか、どんな振る舞いが「自然」だったのかをいちいち考えた。
私はカイにどう接していたのだろう。カイはいつも私にどう笑いかけてくれていたっけ。はちみつ色の瞳は、こんなにもさらりとしていただろうか。
私はもっと熱のこもった目で彼を見てはいなかったか。前は、もっと会話が弾んでなかったか。
手はつながれているのに、こんなにも彼との距離が遠いと感じたことはあったっけ。
カイが帰ってからも考え続けて、どれをたどっても、答えは一つだった。
カイは、隠しごとをする私に呆れてしまったのかもしれない。
それしか考えられなかった。二人で話をする前、母も「信頼が必要だ」と言っていたではないか。あれは私たちが何を話すかを察していての言葉だったのだ。
信用してないからじゃない。
嫌われたくないから話さなかったのに、カイはきっと、自分を信じてないから隠しごとを続けるんだ、と感じてしまったんだ。
いや、もしかすると、本当の意味では信じていなかったのかもしれない。
私は、彼の気持ちを勝手に読み定めて、こんなことをしたら嫌われるだとか、これを知られたら捨てられるだとか思いはしなかったか。
彼の気持ちをまったく考えずに、自分のことばかり考えはしなかったか。
私は、私に対するカイの気持ちを軽いものだと勝手に信じこんで、カイを信頼しようとしなかった。だからカイは私から距離を取ったのだ。嘘をついていることなんて、幼馴染だからすぐにわかったはずだ。
カイは私を信じてくれていたのに、私が一方的に彼を裏切った。
最低だ。それ以外の何ものでもない。
私の気持ちは塞がったまま、無情に時は過ぎて、とうとう十八回目の誕生日がやってきた。