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童貞の元剣士、剣術学校の教師になる!

ルルスはソフィーナに誘われ、人手不足の三か月のあいだ剣術学校で臨時教師として働くことになった

この件についてはアクセサリー店のオーナーへも相談し、午前中のみ仕事に専念すれば後は好きにしていいという事で了承を得た


「……というわけで、午後のみなら臨時教師としてお手伝いできます」

再び店に顔を覗かせたソフィーナへ伝えた


「そうですか。分かりました、午後だけでも十分です。 実は今とある事情で教師が一人抜けてしまって、人手不足に陥っています。その方が復職するまで少なくとも三か月はかかりますので、その間だけでもご協力頂けると助かります!」

ソフィーナは天使のような笑顔でそう言うと、剣術学校の場所が記された地図をルルスへ渡す


「場所はここからそう遠くないです。 校舎は小さいですが赤い屋根が目印となりますので、付近まで来ればすぐに見つけられると思います。」


「分かりました。……俺が見る生徒たちについても教えてもらえますか?」

「担当は一年生クラスですね。」


少し考えこむようにしてソフィーナは返答する

「……殆どの生徒たちは明るくて元気ですよ。」


ルルスはソフィーナの ”殆ど” という言葉に何か引っかかるものを感じたが気にしない事にした


「一年生……ということは、十歳になったばかりの新入生たちってことですか?」

ルルスの記憶が正しければ、剣術学校を含む全ての職業訓練学校は十歳から十六歳までの七年制システムを導入しているはずだ


「そうです! 生徒たちは皆、初々しくて可愛いですよ。」

「それは楽しみです。」

そう言ってルルスは胸を撫で下ろした

七年生に教えるならともかく、一年生に教えるレベルなら大しことないと思ったからである


「それでは明日の午後、お待ちしておりますね!」

そう言うとソフィーナは軽く会釈をして店を出ていった

ルルスはそんなソフィーナを見送って、幸せな気持ちになった

明日からはあんな素敵な女性と一緒に働くことができる

自分が頑張っている姿を彼女に見せれば、もっと好意を抱いてくれるかもしれない

そして行く行くは……

などと妄想を膨らますルルスの口元は、だらしない程に緩んでいた



翌日―

ついに教師として勤める初めての日がやってきた

ルルスは午前中アクセサリー店で働いた後、直ぐに剣術学校へと向かった

ソフィーナから紹介されたその学校の名は「テルプ剣術学校」

剣士離れが続いて剣術学校が潰れていく中、この街に残っている唯一の剣士を育てる学校らしい

(それにしてもホント、剣士ってオワコンだな)


ルルスが暫く地図に従って歩いていると、それらしい場所に辿り着いた

「え~と、この辺りだな。 赤い屋根、赤い屋根……あっ、これか」


ルルスが見つけたその学校は明らかに年季の入った建物で、築40年はしてそうだった

「思ったより、ぼろっちいな……」

こんな古臭い学校でソフィーナのような美人教師が働いているなんて、とても信じられないなと思いつつ校舎へ入っていった



職員室で教師一同に挨拶を済ませると、早速ソフィーナが声を掛けてきた

「ルルス先生、無事来られたようですね。良かったです。」


「……ルルス……()()?」

ルルスは戸惑いながら聞き返した

「そうですよ、今日からは剣術教師なんですからルルス先生……ですよ?」


ルルスは聞きなれない呼称に照れながらも、これからは先生なのだと気を引き締めた

「はい。俺、頑張りますよ! ソフィーナ()()。」


ソフィーナは優しい笑顔で頷いた

「初めての事ばかりで大変かもしれませんが、頑張って下さいね!」

「はい!!」


ソフィーナから元気を貰ったルルスは不安と期待を胸に担当するクラスへと向かった

廊下を暫く進むと、 “ルルス” と刻まれた木彫りのネームプレートが貼り付けられたドアを見つける

どうやら各クラスのドアには担当教師の名前が記されるらしい

初めて知る事実に少し驚きながら教室のドアを開けた

すると教室にいた生徒たちが一斉にこちらを見た

生徒たちはルルスをまじまじと見つめている ルルスは頬に彼等の熱い視線を感じながら教卓まで歩いていく

一呼吸し生徒たちを見回した たった5名しかいない

想像以上に数が少ない事に驚きつつもそれを表情に出さないようにする

ルルスは明るい声で挨拶を始めた

「みんな、初めまして! 今日から三か月間、このクラスの臨時担任をする事になった “ルルス” だ 短い間だけどよろしくな!」


ルルスが笑顔のまま挨拶し終えると、生徒たちは矢継ぎ早に質問を開始した

「はじめまして! おれ、カッキー! 先生はどこから来たの? 元剣士って噂で聞いたけど本当?」

「おれはユーマ! なんでこの学校にきたの? 先生はどのくらい強いの?」

「先生って彼女いるんですか?」


ルルスは興奮して身を乗り出す生徒たちを見て、苦笑しながら彼等を落ち着かせた

どうやらソフィーナの言う通り、生徒達は明るくて元気があるらしい

どの質問から答えていこうか考えあぐねていると、視界の隅で顔を伏せて寝ている生徒を捉えた


「おっ、一人寝坊助がいるな。きみ、もう昼だよ 起きなさい」

ルルスは明るい調子で寝ている生徒へ声を掛ける

その時、騒がしかった生徒たちが急に静かになった 明るかった生徒たちの表情が曇る 雰囲気の変化を敏感に感じ取ったルルスは何か不味い事を言ったかなと不安になった


「先生、この子はいつもこんな調子で寝ているんです 下手に起こすと機嫌悪くなるし、気にしなくていいと思います。」

「そ、そうそう! それより先生、僕らの質問に答えてよ。」

生徒たちはルルスの注意を寝ている子から逸らそうとしているように見えた ルルスはその反応を不思議がる


「俺にとって今日は君たちとの初めての顔合わせだから、寝たままって訳にもいかないだろう。」

そう言って寝息を立てている生徒へ近づいた


「Zzzzzz……」


他の生徒達が固唾を飲んで見守る中、気持ちよさそうに寝ている生徒の席の前に立つ

白く細い腕の上に頭をのせて寝ているため顔は見えない 静かな呼吸で体が僅かだがゆっくりと上下へ動いている

サラサラとした長い髪は白に近い金色で、窓からの微風(そよかぜ)でそっと(なび)いていた

体形からみるにこの生徒は女の子だろう

俺は肩をそっと叩いて言う

「おーい、もう昼間だぞー! 悪いけどそろそろ起きてくれー」




「Zzzzzz……」


効果は今一つのようだ

どうしたものかと振り返って他の生徒たちを見ると、もうよしたら? というような目で訴えかけている……が、ルルスもここで止める訳にはいかない 初日から生徒に舐められる訳にはいかないのだ

今度は少し強めに体を揺すってみる

「起きなさい。 もう授業始まっているよ。」


「ぐぅ……?」

そう言って少女は伏せていた顔を気怠そうに上げる 眠そうに半目を開き、ぼーっとした表情でルルスを見つめている

ルルスは困ったような笑顔で言った

「ごめんね、急に起こしちゃって。 悪いけどもう授業始まっているから、起きてくれるかな?」



「……。」



少女は眠そうな目をしたまま、怒りを込めた声で呟く






「ウッザ!」


そう言ってもう一度顔を突っ伏した

ルルスは笑顔のままその場に凍り付いたように固まってしまった


気を遣った他の生徒たちが声を掛ける

「ル……ルルス先生、レイサの事はもういいよ。 それより早く自己紹介の続きやろ、ねっ!」

「そうだよ、さっきの質問の答えを聞かせてよ。」


ルルスは予想もしなかった少女の口撃にダメージを負いながらも、引きつった笑顔を維持しつつ授業を再開した 生徒たちの質問に答えながら、今どきの子供は怖いなと思ったルルスであった


ルルスと生徒たちの自己紹介&質疑応答が終わると、ルルスは簡単な剣術の基礎講義をした

その間、例の女生徒はずっと机に顔を伏したまま爆睡していた

ルルスは彼女の事が気になったが、また注意して逆ギレされても困るので無視する事にした

基礎講義が終わると、本日最後の授業として実践形式の練習を行うため中庭へ向かうよう生徒たちへ指示した

途中トイレへと寄ったルルスは遅れて中庭に到着する

生徒たちは皆、各々で持参した木刀を片手にルルスを待っていた

ルルスは彼等にごめんと謝って、先ほど講義で説明した基礎剣術を早速実践しようと生徒たちを見渡す

すると一人見当たらない 授業中に寝ていたあの子だ

「あれ? あの寝ていた子は?」 ルルスが生徒たちに尋ねた


「あー……レイサなら気にしなくていいですよ。 いつも実戦練習に参加しないから。」

当たり前のように答える生徒。


(マジか……)

ルルスは彼女がサボりの常習犯だと知り、昨日のソフィーナの言葉を思い出す

「殆どの生徒たちは明るくて元気ですよ。」

あのセリフから察するに、ソフィーナは問題児が一人いる事を知っていたのだろう それ故の “殆ど” だったのかと真意を知ったルルスは頭を抱えた


「悪いが、さっき授業で教えたことを各自で自主的に取り組んでくれ。 俺はあの子を探してくる!」

生徒たちにそう告げると、ルルスは走り出した

彼等は放っておけばいいのにという諦めの色を(あら)わにしていたが、ルルスにとってあの少女の不良行為を見逃す訳にはいかなかった

それはルルスの教師としての責任感や正義感等という殊勝な理由(もの)ではなく、ソフィーナの好感度を上げたいという下心からくる理由(もの)だった

ソフィーナはルルスのクラスに問題児がいるのを知っていた となればルルスが問題の少女を見事に更生させれば自然とルルスの株が上がるのだ


中庭から飛び出たルルスは真っ先に教室へと向かった 例の問題児が未だ教室で寝ている可能性を推測してのことだった

しかし教室には誰もいなかった

それならと他のクラスも見て回ったが少女の姿はどこにも無かった

ルルスは少し立ち止まって考えてみた 校舎で未だ足を運んでいない場所が他にないか思案する

まさかと思い屋上へ駆け上がった


すると屋上に少女はいた


晴れた青空の元、呑気に寝ころび日向ぼっこをしながら読書をしている

ルルスはその様子を見て溜息をつきながら近づいた

少女は近づいてくるルルスに一瞥(いちべつ)すると、顔をしかめて本へ視線を戻した

こちらに気づいても悪びれもせずに平然と本を読み進める彼女に対して、ルルスは呆れた表情を見せる


少女の脇に立つと、彼女の読んでいる本を取り上げてから言った

「おい、いい加減にしろよ。今は授業中だぞ。」


少女はムッと膨れた顔をすると、寝そべったままの姿勢でルルスに手を出して言った

「それあたしの本なんだけど。早く返してよ。」


「……嫌だね。 君が中庭に戻って、真面目に授業を受けるまでは返さない。」


「はぁ?」 

少女は眉間に皺を寄せて嫌悪感を(あら)わにして続ける

「ねぇ、おじさん。……あんた勘違いしてない?」


「お……おじっ?」

おじさん呼ばわりされたルルスはショックでたじろぐ


「あたしにとってこの学校は、卒業さえ出来ればそれでいいの。 今どきダッサい剣士になんてなりたくないし、あんたから教わることなんて何も無いの。 分かる?」

少女は無知な子供を諭すような口調でルルスへ語り掛けた


「じゃあ、なんでこの学校に入学したんだよ?」

ルルスは至極真っ当な質問をする


はぁ……と深い溜息を吐くと、少女は立ち上がってルルスを睨みつけた

この時ルルスは初めて彼女の顔をはっきりと確認した 吊り上がった青い瞳に鼻筋が綺麗に通ったその顔は、美しいが気の強そうな少女の性格を如実に表していた


「あたしも好きで入学した訳じゃないの! 親に言われて仕方なくなの! 本当は魔術学校へ行きたかったに決まってるじゃない! オワコン剣士と違って魔法使いは華があるし、クールでカッコいいし。 それに魔術学校は校舎も最新設備が整っていてオシャレな感じだから、超人気で生徒だって大勢いるの! それに比べて、見て? この学校。 吹けば飛びそうな校舎に数少ない生徒と教師。 おまけに屋上で、張り切った新米ザコ教師から説教される始末。 最高だわ!! 」


少女は吐き捨てるようにそう言い終えると、ルルスが手に持った本を強引に奪い取った

怒った表情の彼女を暫く見つめていたルルスだが、少女が再び横に寝そべって読書を再開すると、一言「そうか……」 とだけ呟いて踵を返す

思いのほか簡単に引き下がったルルスの背中を見て、少女は肩を竦めた


ルルスは屋上から中庭へ向かいながら真面な生徒もいるじゃないかと安心していた

確かにあの少女の態度はむかつくが言っている事は正しい (むし)ろなぜ他の生徒たちはこうも剣士を肯定し受け入れ、それどころか憧れる等というような過ちを犯しているのだろうかと問い(ただ)したくなる

今の世間の流れでいえば、魔法使いになった方が圧倒的に有利だからだ

(いづ)れにせよ、あの少女を説得するのは至難の業だな)

初日から壁に突き当たったルルスは、童貞道(チェリーロード)はまだまだ続きそうだなと溜息を零した


お読み頂きありがとう御座います。

もし良ければ評価とブックマーク頂けると嬉しいです。

お手数ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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