夢の童貞卒業へいざ行かん!
初の連載作品となります
拙い文章かとは思いますが、精一杯頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。
「本当に辞めちまうのか?」
武闘家が神妙な顔をして尋ねた
剣を背中にかけた細身の青年は緊張を紛らわすために、くせ毛の黒髪をいじりながら答えた。
「ああ、俺は今月をもって剣士を引退する。今まで本当に世話になった、ありがとう。」
弓使いや斧使いは悶々とした表情を浮かべている
数か月前にパーティーに参加したばかりの新米剣士は不安げに周囲の面々を見ながら言った
「もしかして俺のせいっすかっ!? 俺が剣士でルルスさんと被っているのが原因っすか?」
ルルスは手の平を新米剣士に向けて続ける
「落ち着けよ、誰のせいでもない。持病の腰痛が酷くなって最近調子が悪かったんだ。年も年だしそろそろ引退する頃合いだと思っただけだ。」
それを聞いて新米剣士の表情が少し和らぐ
暫く無言の状態が続いた後、このパーティーのリーダーである魔法使いが締める
「そういうことで皆さん、残念ですがルルスとの冒険は今月いっぱいで終了です。最後まで悔いの残らぬよう、一丸となって頑張りましょう!」
それに呼応するように皆一斉に声を上げる
「オーッ!」
それからパーティーはいつも通りのルーティンに習いモンスター討伐へ向かう
道中で武闘家が魔法使いに小さく囁いた
「おい、ルルスが剣士引退するのは本当に腰が原因かよ?」
「分かりません。・・・・ルルスは人当たりがいいですが、本音が見えないところがあります。正直に何かを打ち明けるタイプではないですからね。」
一部の仲間からは引退の理由に首を傾げられたが、それ以上深く追及する者はいなかった
そうこうしている内に月日は経ち、ルルスの剣士としての最期は意外な程あっさりと幕を閉じた
惜しむ様子を見せていた仲間たちとは裏腹にルルスは歓喜していた
それもそのはず、彼にはすぐさまやりたいことがあったからだ
それは“彼女”をつくることである
ルルスは今年で28歳になる
しかし彼は生まれてこの方、彼女ができた試しがないのだ
そう、彼はー
童貞
ぴちぴちのチェリーボーイなのである
「これでようやく彼女つくりに専念できる。これからはちゃんとモテる仕事をしないとな。」
ルルスは明るい未来を妄想し、頬を綻ばせた
つまるところ彼が剣士を辞めた本当の理由は他でもない、彼女をつくるためだったのだ
十数年前までは剣士が最も人気の職業であり、剣士というだけで人々に尊敬された
とうぜん当時の剣士たちは女性からチヤホヤされた
しかし流行り廃りは早いもので今や魔法使いが大人気
剣士は時代遅れというレッテルさえ貼られる始末であった
モンスター討伐後にギルドに戻ると、帰りを待っているファンは大勢いたが彼女らのお目当てはたいてい魔法使い、次いで弓使い・斧使い・武闘家などとなり、そこに剣士は含まれていなかった
同じモンスターを狩っているはずなのに、だ
こんな理不尽極まりない状況に長年耐えていたルルスだが、ついに我慢の限界がきた
こうして彼は剣士引退を決断したのだった
晴れて剣士を辞めたルルスは街で一番大きい職業案内所へ向かった
レンガ造りで3階建ての建物はこの街ではギルドに次いで二番目に古い建造物だった
中へ入ると仕事を探しに来ている客や案内係でごった返していて、人々は右往左往に世話しなく動いている
こういった場所に初めて来たルルスは想像以上の喧騒に少し魂消た
(こんなことならもっと早い時間に来るべきだったな)
そう思いながら受付を済ませた後、業種ごとに割り振られた長テーブルへ案内されたルルスは机に積み上げられて小山のようになった大量の求人広告紙を目の当たりにする
「こりゃ思った以上に骨の折れる作業になりそうだ」
そう呟いて女性と関われそうな仕事がないか片っ端から探し始めた
30分ほど書類を漁った後、アクセサリー店での接客業に目星をつけた
ここならきっと女性客も多いだろう
地図で店舗の位置を確認するとそう遠くない場所だったので、すぐに出向いた
アクセサリー店に着いてからの段取りはスムーズであっという間に採用が決まった
なんと応募したその日からさっそく働いてほしいとのことだった
(長年剣士として冒険していたので気付かなかったが、世間はこうも人手不足だったのか)
そう思いつつ自分には好都合だと快く引き受けた
ルルスにとってこの仕事は全てが新鮮だった
客への呼びかけ・商品の説明やお勧め品の紹介など全てが初めての経験だった
最初は接客がきちんと出来るか不安もあったが、杞憂に終わった
そんな生活を初めて数週間が過ぎたある日の午後
ルルスが新たに入荷したブレスレッドを磨いていると
「ごめんください」
一人の女性客が声を掛けてきた
滝のように流れる黒い髪に雪のような白い肌、整った顔立ちにすらっとした体形
そして何より目立つ豊満な胸
あまりの美しさにルルスは暫く呆然としながら彼女を見つめていた
通常より数泊遅れて声を出す
「い、いらっしゃいませー」
女性客は少し照れた様子のルルスを見て静かに微笑むと商品に目を移しながら言う
「新人さんかな?」
「えっと・・・・はい! 最近働き始めました」
美人な女性と会話した事がないルルスは、緊張のあまり声が少し上擦った
女性客はもう一度こちらを見て言った
「そうなんですね。でも男性の店員さんとは珍しいですね」
アクセサリー店において男性店員が珍しい事など知らなかったルルスは、どう返せばいいのか分からず笑顔で胡麻化した
それを見た女性もルルスに向かってニコリと微笑み、また商品へと目を戻す
上手く切り抜けたとルルスが安心したのも束の間、女性が銀色のネックレスを手に取りながらさらりと尋ねる
「以前は何のお仕事をされていたのですか?」
それを聞いた途端、ルルスの表情が強張った
それは今最もされたくない質問だったからである
ルルスの中で剣士というだけで苦い思いをしてきた黒歴史が走馬灯のように駆け巡った
一瞬の間の後、不思議そうな顔で見つめる女性客にルルスは満面の笑みで答えた
「魔法使いです!」
それを聞いた女性客の顔がぱっと明るくなる
「まぁ、魔法使いなんて素敵です!」
ルルスは冷や汗をかきながらも笑顔のまま頷いて見せた
女性客は続ける
「でも少し残念です。剣士でしたらもっと良かったのですが・・」
ルルスは驚きのあまり声が出なかった
聞き間違いかと思い確認する
「えーと・・・魔法使いより・・・剣士の方がいいと?」
「はい。 世間では魔法使いが人気ですが、私は断然剣士派なのです!」
ルルスは固まった笑顔のまま女性客に背を向け、息を殺しながら悶えた
(なんだとぉぉぉぉおおおおおおおっっーーーーーーーー!!!!!!!!)
ぷるぷると震えるルルスの背中を見て心配そうに声を掛ける女性客
「あのっ・・・・・どうかされましたか?」
ルルスは背中越しに手を上げ、大丈夫という合図を送った
そして女性客に向き直って青ざめた営業スマイルで質問する
「なぜ剣士が好きなのでしょうか?」
女性客は綺麗な目を輝かせて答える
「カッコいいからです! 私自身も元剣士ですし、引退した今でも剣術学校の教師として働いているのです。」
「えええぇぇぇぇっーーーー!!」
今度は思わずルルスの心の声が漏れた
「元剣士なんですかっ? えっ!? 今は剣術学校で教師っ?」
ルルスは興奮して捲し立てた
思いも寄らない食い付きに若干引き気味の女性客は苦笑いで返答する
「ええ、そうです。ですからもし店員さんが元剣士だったら、少しの間だけでも臨時教師としてうちへ来て頂けないかと思ったんです。」
「行きます! 行かせていただきます!!!!」
「えっ!? でも店員さんは元魔法使いじゃ・・・」
「まぁ、それはあのー・・・言い間違いのようなものでして。本当は元剣士なんですよ。なははは・・・・」
ルルスの苦し紛れの言い訳に女性客は疑うような目で見返した
暫くして女性客の口が開く
「それでは確かめさせてください」
そう言うと店の前に立て掛けられた長さ二メートル程の幟を手に取り、無言のままルルスに手招きして店を出る
頭にクエスチョンマークを浮かべたままルルスは女性客の後ろをなぞるよう付いていった
女性客は店前の通路中央に立ち、幟の先端をルルスに向けて構えた
「なっ・・何を始める気ですかっ!?」
「元剣士ですよね? もし本当なら私の初太刀くらいは躱すことができるはずです。」
「何もそんな物騒な方法で確かめなくてもいいのではっ!?」
女性客は優しい笑顔を浮かべたままだが、ルルスに向けて幟を構えたまま下ろす気配は一向にない
「やれやれ、勝負は不可避って事ですか・・・。」
「そういうことです。」
「わかりました。それでは確認ですが、あなたの初太刀を避けるだけでいいんですね?」
「はい。」
覚悟を決めたルルスは女性客に対して身構えた
その様子を見ていた周囲の歩行者が興味の色を示し集まってくる
女性客はじっと構えたまま微動だにしない
先ほどの和やかな雰囲気が嘘のように、辺りは緊張感で張り詰めた空気が漂う
ルルスは固唾を飲んで女性客が仕掛けてくるのを待った
野次馬の一人が小さく欠伸をした
その瞬間、女性客は緩やかに流れる川のようなゆったりとした動作で前へ進みながら幟を突き出す姿勢になる
ルルスはその動作を見てすぐに彼女が元剣士なのは事実だと確信した
剣を長年握っていた者だからこそ分かる
最初から最後まで力任せに突くのではなく、必要なのはほんの一瞬
大事なのは凄まじい緩急の付け方であることを
だんっという音とともに女性客が視界から消えた
目を下へずらすと、彼女が低い体勢のまま矢のようなスピードで間合いを詰めてきている
その勢いのまま一瞬の内に幟を突いてきた
幟はルルスの鳩尾へと迫ってくる
避け難い急所を狙う辺りもぬかりない
咄嗟の判断で避けるのが無理だと悟ったルルスは両腕を折りたたみながら脇を締め、ファイティングポーズを取るような格好で両肘を使って幟を挟んで捕らえる
しかし幟の勢いは軽減されるものの、止まる事なく鳩尾へと食い込む
このままでは後ろへ吹っ飛ばされると悟ったルルスは、両肘で幟を挟んだ体勢のまま上半身を左に捩じり鳩尾への衝撃を左後方へ受け流した
ルルスに幟を受け流された女性客は、体勢を崩してルルスの方へ飛んできた
「あっ!?」
「えっ?」
どたーんっと砂埃を上げながら二人は地面に倒れこんだ
これを見ていた野次馬たちは心配そうに見守る
「いててて・・・・」
倒れた衝撃で頭を強打したルルスは暗闇の中、顔に当たる柔らかい何かの感触に気づいた
顔に乗っかっているその何かを押し上げようと両手で触る
「ひゃっ!」
女性客の小さな悲鳴が聞こえた
徐々に暗かった視界が明るさを取り戻していったところでルルスの顔を覆っていたのが女性客の胸だと気付いた
女性客はルルスから離れ、リンゴのように顔を赤くしながら両胸を押さえてこちらを見ている
ルルスは直ぐさま謝った
「あの・・・・ホント、すいませんでした」
「いえ・・・じ、事故のようなものですから! 気にしていません。」
気まずい空気の中、ズボンの砂を払いながら起き上がろうとすると、女性客が手を差し出してきた
「元剣士とは本当のようですね。」
その表情に先ほどまでの羞恥心はなく、優しい表情に戻っていた
有難く差し出された手を借りて立ち上がる
初太刀を回避する事に失敗したので、ばつの悪そうな顔でルルスは答えた
「ありがとうございます。お強いですね、とても躱すことなんて出来ませんでした。」
「何を言いますか、私の初太刀を防いだことには変わりないですよ。」
女性客は微笑して再び手を差し出した
「うちの剣術学校へ来て頂けますか?」
今度は握手という意味だ
ルルスは一瞬驚いたが、すぐにその手を握り返す
「喜んで!」
周りの野次馬たちは状況をよく理解していないが一件落着した事を感じ取ったのだろう、ルルスと女性客へ温かい拍手を送る
女性客は翡翠色をした目で真っ直ぐとルルスを見つめた
「私の名前はソフィーナ。」
「俺はルルス!」
ルルスが剣士を引退して初めて出会った美しき女性は元剣士
しかも今どき珍しい剣士好きというのだ
これからルルスはその女性と一緒に剣術学校の教師として働く事も決まり、彼女に対して何らかの運命を感じずにはいられなかった
(もしかしたら・・・ようやく俺にも春が訪れるのかもしれない)
ルルスは自身の童貞道が終わる日も近いと感じていた
ご覧いただきありがとうございました。
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