表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

<第01話>

 天智八年(西暦六百六十九年)九月、中臣鎌足は病床にあった。

 軽皇子(孝徳天皇)が天皇となった時に内大臣に任ぜられて以来、三代の天皇に仕えてきた鎌足であったが、長年の苦労と寄る年波とともに、ここ数年は体の不調を感じていた。そんな折、風邪をこじらせた鎌足は天皇(天智天皇)に休暇を申し出た。

 天皇は田村皇子(舒明天皇)と皇后宝姫王(皇極天皇・重祚して斉明天皇)の長男、葛城皇子である。長らく皇太子の地位にあって政治を摂っていた葛城皇子だったが、昨年即位した。軽皇子亡き後は葛城皇子に仕えた鎌足の尽力が、ようやく報われたのだ。

 葛城皇子は鎌足を自分の師と崇め、また父のように兄のように慕い、鎌足もまた皇子に様々なことを教え、信頼関係を築いてきた。葛城皇子は政敵や自分に意見するものは皆、粛正してきたのに、鎌足だけはずっと近くに置いていた。鎌足は特別扱いだった。

 その鎌足の病の報せを聞いて、天皇は驚いた。

「鎌足が病気で休暇を取るとは。そんなに具合が悪いのか」

 天皇は口に出して気づいた。いつもどんな時でも自分の側にいた鎌足がいなくなるなど、一度も考えたことがなかったと。

 天皇はブルっと身震いした。

「まさか鎌足がこのままいなくなってしまうなどあるまいな」

 言いながら天皇は自分の気持ちが高揚してくるのを感じた。

「鎌足がいなくなってしまったら、我はどうしたらいいのだ。おお、鎌足よ、まさかいなくなったりしないだろうな」

 天皇の頬が紅潮していた。


 近江京の天皇の宮から近い鎌足の屋敷では、南に面した部屋で鎌足が床についていた。琵琶湖の近いその屋敷、窓から見える庭の木々が若々しく茂っている。

 病床の老いた鎌足はその青葉にすら嫉妬した。

「もう私には何もできることはない」

 鎌足が起きた気配を察した侍女が縁から声をかけた。

「天皇からお見舞いの品が届いています」

「天皇から」

「滋養のつくようにと鹿肉と果実、それから薬も」

「天皇が、この私に……なんという、ありがたいこと」

「今、召し上がりますか」

「いや、……後にしよう」

「天皇が、この私に……なんという、ありがたいこと」

 鎌足は力なくそう言って、目を閉じた。

 鎌足がまだ若かった夏の日、舒明天皇の第二皇子である葛城皇子と初めて言葉を交わした。蒼い槻の木の下で快活に笑う齢十六歳の葛城皇子。鎌足のまぶたの裏に、その時の光景が鮮やかに蘇ってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ