第23話「ユキと買い出しの日常」
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「うーん。何にしようかな?」
ボクは唇に人差し指をあてながら、うんうんと悩んでいる。
リアルト橋の麓。様々な商店が並ぶこの場所には、食料品なんかも多く扱っている。十人委員会の会議や仕事が終わると、必ずといっていいほど、この商店街に立ち寄っていた。
「アーニャは好き嫌いはないって言ってたけど、ミクはどうだっけ?」
ボクたちは今、3人で暮らしている。
元々あったボクの部屋に、アーニャとミクが住むようになって、そろそろ一ヶ月になる。3人暮らしは、最初こそ色々と問題があったが、そのほとんどがアーニャの覗き問題だったりするけど、最近は何の問題もなく生活している。
家事や料理なんかも役割分担していて、夕食はもっぱらボクの仕事だ。アーニャは料理ができないし、ミクには朝ごはんをお願いしている。
ミクは早起きだ。
早朝、太陽が昇る前に起きだして、1、2時間くらいランニングしてくるのだ。その後、シャワーを浴びてから、ボクたちの朝食を作ってくれる。元々、朝の弱いアーニャや、女の子になって朝が弱くなったボクには真似できないことだ。
「ずいぶんと悩んでるね、お嬢ちゃん?」
魚屋のおっちゃんが親しげに話しかけてくる。
「うーん。何を作ろうか悩んでてね」
「これなんてどうだい? さっき上がったばかりで、新鮮だよ!」
…魚料理?
…うーん、何か違う気がする。
「ごめんね。今日は違うのにするよ」
「そうかい。まっ、気が向いたらまた来てくれや。お嬢ちゃんは可愛いから、いっぱいサービスしちゃよ」
「もう、そんな調子のいいことを言っちゃって」
笑いながらひらひらと手を振る。
そのまま魚屋の前を通り過ぎて、違うお店を流し見していく。
八百屋。
肉屋。
パスタ専門店。
ピザ生地専門店。
どれも違う気がするのはなんでだろう?
「あらっ、ユキちゃんじゃない?」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこにはバケット片手に手を振る、恰幅のいいおばちゃんがいた。
「こんちはー。おばちゃんは、いつも元気ですね?」
「まぁね。元気くらいしかとりえがないしね。ユキちゃんみたいに可愛ければ、何の文句はないんだけどねぇ」
あっはっは、と大声上げているのは、パン屋の元看板娘のおばちゃんだった。
「今日はどうしたんだい? アーニャ様は一緒じゃないんだね」
「うん。アーニャは、まだお仕事」
「そうかい。アーニャ様もユキちゃんも、若いのに大変だねぇ。女の子がこうやって働いているのに、男共は何をやってるんだか」
「いいんですよ。わた…、ボクは好きでやってますから」
慌てて言葉使いを直す。
「じゃあ、頑張ってるユキちゃんにご褒美だ。持ってとくれ」
そう言って、おばちゃんは一度奥に引っ込むと、紙袋を片手に戻ってきた。
「もらっていいんですか?」
「あぁ、持っていきな」
ボクはその紙袋を受け取る。思いのほか重くて、少しだけ驚いてしまう。
「なんですか、これ?」
「開けてみな」
言われるがまま紙袋を開ける。すると、中に入っていた粒上のものがサラサラと音を立てる。
「お米?」
「そうさ。最近手に入ったもんでね。何でも、極東の方から輸入してそうだ」
…お米。
…お米かぁ。
ボクの頭に、ある閃きが浮かぶ。
「ありがとー、おばちゃん。また来るよ!」
「うん。またね」
手を振りながら、今来た道を引き返す。
…そうだ。
…和食だ。和食を作ろう。
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「え? ミク、帰ってきてないの?」
「うん。私が帰ってきたときには、誰もいなかったよ。帰ってきた感じもないし、今日は帰ってこないんじゃない?」
ソファーで寝そべっているアーニャが、書類に目を通しながら答えた。部屋着のワンピースがめくれて、とても行儀が悪い。
「アーニャ、パンツ見えてるよ」
「あ、ごめん」
そう言いながら、いそいそと直すが、書類からは目を離そうとしない。
…なんだ。
…ミク、帰ってないのか。
両手に持った大量の食材が、急に重く感じる。
「はぁー、そっか」
ボクは無言のまま、魔法石駆動の冷蔵庫に食材をしまっていく。
…なんだよぉ。
…帰らないなら、帰らないって言えばいいじゃん。
もんもんとした気分でいると、アーニャも同じようなため息をつく。
「はぁ~、どうしようかな~。ヴィクトリアの本島は守れるとしても、『追放された島』が無防備になるのよね。やっぱり、事前に避難させておくしか。…って、ユキ! 今日は随分と買い込んだね!」
ようやく顔を上げたアーニャが驚いたように声を上げる。
「うん。ミクがね、調子が悪いっていうから、何か作ってあげようと」
「さっすが、ユキ。これならいつでも、お嫁に行けるよね」
「ふふっ。ありがと」
ボクは軽く返事をしながら、冷蔵庫に食材を詰めていく。
…うーん。全部入りそうにない。どうしよう。
「ねぇ、ユキ?」
「なに?」
顔を上げてアーニャの方を見る。
「ユキ、最近変わったよね?」
「えっ? そう?」
「うん。なんというか、女の子っぽくなった」
ぎくり。
背中に嫌な汗が出てくる。
「そ、そうかな? き、気のせいじゃない?」
「そんなことないと思うんだけど。だって、今のユキの姿勢だって」
「っ!」
慌てて自分のことを見下ろす。
「綺麗に足を揃えてるし、買い物の後なのに身なりが整ってるし、髪だって自分でなおしてるでしょ?」
「…うっ、そう思う?」
「うん。まぁ、そんなユキも私は好きだけどね」
そう言って、アーニャは書類を片手に、行儀悪く足を投げ出す。
「…」
アーニャに指摘されて、無理にでも膝を開こうとする。だけど、スカートなのを思い出して、おとなしく膝をそろえることにする。…なにをやってるんだろう、ボクは。
「アーニャ。何か食べたいものはある?」
「うーん、そうね。この間、作ってくれたタラコのパスタがいいな」
「了解。すぐ作るから待っててね」
ボクはエプロンを着けながら、冷蔵庫にしまったばかりの鱈子を取り出すことにした。




