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第23話「ユキと買い出しの日常」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「うーん。何にしようかな?」


 ボクは唇に人差し指をあてながら、うんうんと悩んでいる。

 リアルト橋の麓。様々な商店が並ぶこの場所には、食料品なんかも多く扱っている。十人委員会の会議や仕事が終わると、必ずといっていいほど、この商店街に立ち寄っていた。


「アーニャは好き嫌いはないって言ってたけど、ミクはどうだっけ?」


 ボクたちは今、3人で暮らしている。

 元々あったボクの部屋に、アーニャとミクが住むようになって、そろそろ一ヶ月になる。3人暮らしは、最初こそ色々と問題があったが、そのほとんどがアーニャの覗き問題だったりするけど、最近は何の問題もなく生活している。


 家事や料理なんかも役割分担していて、夕食はもっぱらボクの仕事だ。アーニャは料理ができないし、ミクには朝ごはんをお願いしている。


 ミクは早起きだ。

 早朝、太陽が昇る前に起きだして、1、2時間くらいランニングしてくるのだ。その後、シャワーを浴びてから、ボクたちの朝食を作ってくれる。元々、朝の弱いアーニャや、女の子になって朝が弱くなったボクには真似できないことだ。


「ずいぶんと悩んでるね、お嬢ちゃん?」


 魚屋のおっちゃんが親しげに話しかけてくる。


「うーん。何を作ろうか悩んでてね」


「これなんてどうだい? さっき上がったばかりで、新鮮だよ!」


 …魚料理?

 …うーん、何か違う気がする。


「ごめんね。今日は違うのにするよ」


「そうかい。まっ、気が向いたらまた来てくれや。お嬢ちゃんは可愛いから、いっぱいサービスしちゃよ」

「もう、そんな調子のいいことを言っちゃって」


 笑いながらひらひらと手を振る。

 そのまま魚屋の前を通り過ぎて、違うお店を流し見していく。


 八百屋。

 肉屋。

 パスタ専門店。

 ピザ生地専門店。


 どれも違う気がするのはなんでだろう?


「あらっ、ユキちゃんじゃない?」


 聞き覚えのある声に振り向く。

 そこにはバケット片手に手を振る、恰幅のいいおばちゃんがいた。


「こんちはー。おばちゃんは、いつも元気ですね?」


「まぁね。元気くらいしかとりえがないしね。ユキちゃんみたいに可愛ければ、何の文句はないんだけどねぇ」


 あっはっは、と大声上げているのは、パン屋の看板娘のおばちゃんだった。


「今日はどうしたんだい? アーニャ様は一緒じゃないんだね」


「うん。アーニャは、まだお仕事」


「そうかい。アーニャ様もユキちゃんも、若いのに大変だねぇ。女の子がこうやって働いているのに、男共は何をやってるんだか」


「いいんですよ。わた…、ボクは好きでやってますから」


 慌てて言葉使いを直す。


「じゃあ、頑張ってるユキちゃんにご褒美だ。持ってとくれ」


 そう言って、おばちゃんは一度奥に引っ込むと、紙袋を片手に戻ってきた。


「もらっていいんですか?」


「あぁ、持っていきな」


 ボクはその紙袋を受け取る。思いのほか重くて、少しだけ驚いてしまう。


「なんですか、これ?」


「開けてみな」


 言われるがまま紙袋を開ける。すると、中に入っていた粒上のものがサラサラと音を立てる。


「お米?」


「そうさ。最近手に入ったもんでね。何でも、極東の方から輸入してそうだ」


 …お米。

 …お米かぁ。

 ボクの頭に、ある閃きが浮かぶ。


「ありがとー、おばちゃん。また来るよ!」


「うん。またね」


 手を振りながら、今来た道を引き返す。

 …そうだ。

 …和食だ。和食を作ろう。


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「え? ミク、帰ってきてないの?」


「うん。私が帰ってきたときには、誰もいなかったよ。帰ってきた感じもないし、今日は帰ってこないんじゃない?」


 ソファーで寝そべっているアーニャが、書類に目を通しながら答えた。部屋着のワンピースがめくれて、とても行儀が悪い。


「アーニャ、パンツ見えてるよ」


「あ、ごめん」


 そう言いながら、いそいそと直すが、書類からは目を離そうとしない。


 …なんだ。

 …ミク、帰ってないのか。

 両手に持った大量の食材が、急に重く感じる。


「はぁー、そっか」


 ボクは無言のまま、魔法石駆動の冷蔵庫に食材をしまっていく。


 …なんだよぉ。

 …帰らないなら、帰らないって言えばいいじゃん。

 もんもんとした気分でいると、アーニャも同じようなため息をつく。


「はぁ~、どうしようかな~。ヴィクトリアの本島は守れるとしても、『追放された島』が無防備になるのよね。やっぱり、事前に避難させておくしか。…って、ユキ! 今日は随分と買い込んだね!」


 ようやく顔を上げたアーニャが驚いたように声を上げる。


「うん。ミクがね、調子が悪いっていうから、何か作ってあげようと」


「さっすが、ユキ。これならいつでも、お嫁に行けるよね」


「ふふっ。ありがと」


 ボクは軽く返事をしながら、冷蔵庫に食材を詰めていく。

 …うーん。全部入りそうにない。どうしよう。


「ねぇ、ユキ?」


「なに?」


 顔を上げてアーニャの方を見る。


「ユキ、最近変わったよね?」


「えっ? そう?」


「うん。なんというか、女の子っぽくなった」


 ぎくり。

 背中に嫌な汗が出てくる。


「そ、そうかな? き、気のせいじゃない?」


「そんなことないと思うんだけど。だって、今のユキの姿勢だって」


「っ!」


 慌てて自分のことを見下ろす。


「綺麗に足を揃えてるし、買い物の後なのに身なりが整ってるし、髪だって自分でなおしてるでしょ?」


「…うっ、そう思う?」


「うん。まぁ、そんなユキも私は好きだけどね」


 そう言って、アーニャは書類を片手に、行儀悪く足を投げ出す。


「…」


 アーニャに指摘されて、無理にでも膝を開こうとする。だけど、スカートなのを思い出して、おとなしく膝をそろえることにする。…なにをやってるんだろう、ボクは。


「アーニャ。何か食べたいものはある?」


「うーん、そうね。この間、作ってくれたタラコのパスタがいいな」


「了解。すぐ作るから待っててね」


 ボクはエプロンを着けながら、冷蔵庫にしまったばかりの鱈子を取り出すことにした。



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