第7話「トイレの場所、教えてください!」
「ううっ。どうしてこんなことに…」
ボクは泣きそうになっていた。
「なんで、下着まで女の子のものなんだよぉ…」
両手で押さえつけているスカート。その下にあるのは、女の子の下着であった。男物にはない、ぴったりとしたフィット感が悩ましい。
柔らかそうな胸の膨らみは、控えめに言っても小さくはない。むしろ大きいと言ったほうが正しい。両手には収まりきらないボリューム感がそこにはあった。
かぁ、と顔が熱くなっていく。
「…これからどうしろって言うんだよ」
途方に暮れてしまった。
もぞもぞと内股を擦り合わせると、スカートから覗く白い脚がぞくりと鳥肌を立てた。どこか頼りなく感じて、ぎゅっと自分の体を抱きしめてしまう。柔らかい肌と女の子の甘い香りが、頭をくらくらさせていく。
「あっ…」
…やだ。
…声が出ちゃう。
恥ずかしくて、さらに顔が熱くなっていく。
両手でスカートの裾をしっかり押さえながら、少しだけ前かがみになる。すると、こんどは豊かな胸が腕にあたり、胸の先っぽを少しだけ擦る。
「ああっ!」
背筋にぞくりとした感覚が走る。
体がビクンと反応して、勝手に背中が反ってしまう。
「や、やだ…」
意識すると、全身がぞくぞくしてくる。
体の奥から、カッと熱くなって、感じた事のない感覚に翻弄されていく。
…どうしてこんなにも敏感なの。
店の窓ガラスに映った自分を見る。
顔を赤くさせて、今にも泣きそうなほど瞳が潤んでいる。その潤んだ瞳が、とても色っぽい。
「ど、どうしよう…」
女の子になってしまったボクは、この異世界でどうやって生きていけばいいんだろう…。
これから自分に訪れるであろう困難を考えただけで、寒気が走ってくる。
その時だった。
お腹の奥から、急激な違和感が襲ってきた。
「…やっ」
自然と内股になって、お腹に力を入れる。
「う、嘘でしょ」
必死に我慢しようとするが、涼しい風が吹いて敏感な肌をなでていく。
「ひゃっ!」
我慢できず、その場に座りこむ。
…そうしないと漏れちゃいそうだった。
ボクは周囲を見渡して、トイレがないか探す。だが、この世界に来たばかりの、それも女の子になったばかりのボクにわかるわけもなかった。
「…な、なんで。なんでこんなことに」
気がついたら涙が溢れてきた。自分が情けなかった。トイレにも行けないボクは、これからどうやって生きていけばいいのか。
「…誰か、助けてよ」
ぼろぼろと涙を流しながら、ボクは呟いていた。膝に顔を埋めて、現実から逃げるように目を瞑る。
異世界の種族の通行人も、誰も声をかけようとしない。
皆が、無関心を装っている。
…そんな時、頭上から女の子の声が聞こえた。
「ねぇ、あなた。聞こえてる?」
「…えっ?」
「あっ、やっとこっちを向いた。さっきから声をかけてるんだから、返事くらいはしてよね」
慌てて声のするほうへ顔を上げる。
そして、ボクは目を見開いた。
「大丈夫? 何か具合が悪そうだけど?」
まず目に入ったのは、きらきらと太陽に輝く蜂蜜色の髪。
心配そうに覗き込む目は、髪と同じ鮮やかな金色。
猫の耳がついたフードをかぶっていて、パーカーのような上着とホットパンツから伸びるスラリと長い脚。
ボクと同じ年頃の女の子が、こちらに向かって手を差し出していた。
「私の名前はアーニャ。あなたは? この辺りじゃ見かけない気がするけど?」
アーニャと名乗った少女がにっこりと笑う。
その笑顔に、ボクの心がゆっくりと溶けていく。
心の悲鳴が消えた。
視界が広がっていく。
ボクは恥ずかしさを我慢しながら、目の前の少女に声をかける。
「…と」
「と?」
「…トイレの場所、…教えてください」
「…え?」
少女は少し驚いたように目を丸くさせた。
だが、ボクの真剣な眼差しを受けて、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「えぇ、もちろんよ」




