第6話「ライブ会場設立
「昼間は、もう暑いね」
日差しに手を伸ばしながら、ボクは目を細める。
つい最近までは、夜なんか肌寒かったのに、今では太陽の日差しがギラギラと降り注ぐ。
吹き抜ける風と、耳を打つ波音が心地良い。
まるで、夏が足音を立てて近づいてきているようだ。
「それで、どこにいくの、アーニャ?」
ボクの前を歩くアーニャに声をかける。
長い蜂蜜色の髪を、お団子に丸めてシニヨンを作っている。服装も、より軽装になっているが、ネコ耳のついたパーカーだけはそのままだった。
「サンマルコ広場。ライブのステージを見ておいたほうがいいでしょ」
「ステージって、…本当に踊らなくちゃいけないの?」
「今さら何を言っているの? 当たり前でしょ」
アーニャに促されるまま、ボクたちはサンマルコ広場を目指す。
この国で一番大きい広場であるサンマルコ広場は、宮殿の目の前にある。サッカーコートより一回り大きいくらい広場の端には、大きな時計塔が立っている。先月、ゲンジ先輩との衝突で崩壊してしまったのだが、ヴィクトリアの有志たちによって、驚くべき速度で再建が進んでいるようだ。カーニバルまでには間に合うらしい。
「ほらっ、ユキ。あれがステージだよ」
「…え?」
それを見て、ボクは言葉を失う。
ボクとアーニャが使うだけだから、それほど大きなものは想像していなかった。精々、学校の体育館のステージくらいだと。
だから、目の前に広がる巨大な舞台を見て、唖然とした。
広場を覆いつくさんばかりの垂れ幕。ステージに掲げられた巨大なスクリーン。無数のスポットライトがステージを彩り、人の背ほどあるスピーカーがいくつも連なっている。そして観客席には、一万人は導入できそうな座席が所狭しと並べられている。
「…なに、これ?」
「何って、今回の私達のステージ会場よ。急遽決まったことだから、きゅうづくろいなところも多いけど、まぁしょうがないよね」
ボクが呆然としている間にも、何人もの作業員が忙しそうにステージや垂れ幕に向かって走っていく。時には怒鳴り声もして、現場には独特な緊張感に包まれていた。
「お、ユキではないか」
「ゲンジ先輩」
作業服を着たゲンジ先輩が寄ってくる。ゲンジ先輩に合うサイズがないのか、いつもの警備隊の制服の上に、作業着を羽織っている格好だ。頭には『安全第一』と達筆な字で書かれたヘルメットを乗せていて、腕の腕章には『現場長』の文字が書かれている。
「どうしたのだ。ステージの見学にでも来たのか?」
ゲンジ先輩の問いに答えられずにいると、隣のアーニャが口を開く。
「ねぇ、ゲンジ社長。こっちの準備はどうなの?」
「問題ない。まだいくつかの照明器具や音響設備は整っていないが、カーニバルまでには間に合わせる予定だ」
「大変だねー。ユキの振り付けや曲の選定だけじゃなく、現場のほうも見ないといけないなんて」
「それも問題ない。我は社長だからな。社長が一番忙しいのは当然のことなのだ」
それだけ言うと、ゲンジ先輩は忙しそうに戻っていった。
ショックでまだ動けないボクは、ただ黙って旧友の後ろ姿を見送った。
「どう、ユキ? やる気出てきた?」
「…どちらかというと、逃げ出したくなったよ」
目の前に広がるステージを見て、お腹を押さえる。
…あぁ、本当にお腹が痛くなってきた。
「ライブの当日はね、今つけてある照明機材と、周りの建物からスポットライトを当てる予定なの。光球もいっぱい用意したし、すっごく綺麗だと思うな」
「『光球』? 光球って何?」
「えっとね、…あ、あれあれ」
そう言ってアーニャが指差した先には、手のひらサイズのボールみたいなものが、ふわふわとステージに浮いていた。
「あの丸いのが光球。中に小さな魔法石が入っていてね、昼間に光を集めて、夜になると淡く光るんだよ。それが、とっても綺麗なんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
魔法石とは、魔法が込められた宝石のことで、こっちの世界では割とよく使われる日用品であった。普段使っているものだと、コンロやお風呂の火種であったり、ライトや電灯などの明かりにも使われている。
「あの光球は、光属性の魔法石が入っているの。と言っても、本当に少ししか入ってないから、使い捨てになっちゃうんだけどね」
「魔法石に魔法の充填ができないってこと?」
「そ。日常品の魔法石は、魔法屋に行けば元通りに使えるようになるでしょ? あれは、魔法石がある程度の大きいからできることなの」
そう言って、アーニャはポケットから小型のライトを取り出す。その中にある白い魔法石は、指の爪ほどの大きさだった。
「最低でもこれくらいは大きくないと、魔法の掛け直しはできないのよ。あの光球に入っているのは、きっと粉末程度でしょうね」
「へぇ。魔法石って、色んなところに使われているんだね」
「そうね。ここのライブ会場だと、照明機材のほかに、演奏の音を大きくする音属性の魔法石。あと、バックスクリーンに映像を映すための投影機にも使われているよ」
…やっぱり、あのスクリーンはそうやって使うんだ。
自分の姿があの巨大なスクリーンに映し出されるのか。考えただけで寒気がしてくる。
「あと、変わったのだと、楽器に使ったりするみたい」
「楽器?」
「うん。なんか、電属性の魔法石を使って、新しい楽器を生み出すんだとか」
電気?
楽器に?
「それって、誰が言ってたの?」
「えっと、確か―」
アーニャが、その人物の名前を言おうとした、その時だった。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
鋼を捻じ切るような凶暴な音が、ノイズ混じりに響き渡った。
その音は品がなく、礼儀もなく、だけど力強い。
秩序も、不条理も、それまであった古いもの全てを壊していく。
そして、新しいなにかを生み出す力となっていく。
その音楽の名前は…
「俺の歌を聴けぇぇぇぇぇっ!」
銀色のたてがみを逆立たせながら、ステージに立っている男は狼のように叫ぶ。
いや、本当に狼だった。
銀色の人狼が、手に持った楽器で、凶暴なメロディーを掻き鳴らしている。ジンがステージに立って、エレキギターを片手に吠えていた。
「あー、そうそう。ジンだよ。新しい楽器を作るって言ってたのは」
「…みたいだな」
ステージでノリノリになって演奏しているジンを見て、ボクは肩を落とす。
…忘れてた。
…ゲンジ先輩が曲も用意するって言ってたけど、誰が演奏するのかまで考えていなかった。
「っていうか、めちゃくちゃ上手いんだけど!」
アーニャが驚いたように声を上げる。
アーニャだけじゃない。
ジンが奏でる曲に、誰もが手を止めてステージを見入っている。初めて聞く暴力的なまでの音楽に、誰もが動けなくなっていた。アップテンポのリズムに、濁流のような音の数々。そして、ジンの超絶技巧。
腕前を知っているボクでさえ、思わず聞き入ってしまう。
十人委員会『No.4』のジン。
元の世界では、軽音楽部の部長である。
「どうだ、コトリ! ノッてきたかっ!」
「…ジン、うるさい」
ジンの後ろに立っていたコトリが珍しく、うっとおしそうな顔をしている。
だが、しばらくすると、トコトコと前に出てきた。目の前には、マイクスタンドが立っている。
「え、もしかして?」
「コトリが歌うの?」
その意外な組み合わせに、ボクはステージを注視する。
元の世界では、コトリがカラオケで歌ったところは見たことがない。いつもジンの隣に座って、黙々とタンバリンを叩いている印象しかない。てっきり、歌うのが苦手だとおもってたんだけど。
ステージのコトリは困惑した表情を浮かべている。
身長がちっちゃいせいで、マイクスタンドに届かないのだ。それでも、一生懸命に背伸びをして、マイクを手に取る。
「「…あ、…うん」」
音の魔法石によって反響するコトリの声。
ジンのギターに身を任せ、体全体でリズムを取る。
頭の狐耳と尻尾が、ぴょこぴょこと小さく揺れる。
そして、ボクが心配する中、コトリが歌いだす。
…その結果、ボクは恐怖した。
…この、めちゃくちゃ上手い2人をバックに、果たして自分はちゃんとできるのか、と。




