第3話「アイドル? そんなもの、お前がやればいいではないか」
「「は?」」
その部屋にいた4人が、一斉にゲンジ先輩を見た」
「ごめん。意味がわかんないんだけど」
ボクは即答した。
「ふむ。うまく伝わらなかったか。ならば言い換えよう。…アイドルのコンサートを開くぞ」
「いや、だから。意味がわかんないって」
ミクも呆れたような顔をしている。
対して、ゲンジ先輩は腕を組んだまま重々しく口を開く。
「つまりだ。祭りである『カーニバル』の初日に、アイドルによるコンサートを行うのだ。そうすれば、アイドルに飢えている誠士郎は、必ずそのライブに飛びつくはずだ」
「つまり、おびき寄せると?」
「うむ。あとは、のこのこと現れた誠士郎を、強引にでも捕獲すればよい」
「大人しくしてくれますかね?」
「問題ない。我らが揃えば、誠士郎など一捻りではないか」
無表情のまま淡々と言うゲンジ先輩。
先日、感情のまま暴れまくっていた狂戦士を前に、ボク達は言葉をなくしてしまう。
すると、ゲンジ先輩は表情を変えることなく口を開く。
「…冗談だ」
そう言って、いくらか口元を緩める。
「いくら我でも、昔からの親友を襲うことはせん。それに誠士郎は話の通じる奴だ。出てこないのも、何か理由があるのかもしれん」
ゲンジ先輩は表情を緩めたまま、淡々と言う。
この間のサンマルコ広場での一件以来、ゲンジ先輩の態度が明らかに変わってきていた。それまで、どこか近寄りがたい雰囲気を持っていたのが、今では冗談かわからないようなこととを言うようにまでになっていた。ボクたちを呼ぶときも名字ではなく、ゲーム時代と同じように愛称で呼んでくれる。
ボクたちの間にあった溝は、ほとんど感じなくなっていた。むしろ、前よりも仲良くなったとさえ思える。
「…なるほど。面白いかもしれない」
ボクは人差し指を唇から離して答える。
この世界に来て2週間あまり。いろんな方法で仲間達を捜してきた。街角で情報を集めたり、コトリの召喚獣で上空から捜したり。だが、どれも思うような成果は上げられなかった。残り4人の仲間達はどこにいるのだろうか?
「小泉副会長が廃人になっている。…なんて考えたくないけど、『十人委員会』主催のイベントとかすれば、姿を見せてくれるかもしれない」
ボクが答えると、ゲンジ先輩は無表情のまま頷いた。
同じテーブルに座っている他のメンバーの反応を順番に見ていく。
ジンはなぜか、にやにや笑ったままボクの方を見てくる。
別に反論する気はないようだ。そのジンの膝の上にいるコトリは、興味なさそうにジンの胸元で寝息を立てている。
最後にミクだが、どうしてかすごく不機嫌そうな表情をしてボクのことを睨んでいる。こちらの世界に来てから、ミクは不機嫌になりっぱなしだった。
「…ねぇ、ミク。どう思う?」
「どうして、あたしに聞くわけ?」
「…いや、なんか、気に入らないような顔をしてたから」
「別に。そんなことないわよ」
そう言って、プイッと横を向いてしまう。
「おいおい、ミク。そんなにツンツンしていたら、ユキにデレたとこを見せられないぞ。ツンデレが聞いて呆れる」
「うるさい、バカ!」
ジンの軽口に、ミクが怒ったように目を吊り上げる。
「ユキがいいと思うなら、それでいいんじゃない! 『十人委員会』のギルドマスターはユキが代行しているわけだし、あたしは別に何の文句もないわよ」
それっきり、ミクは黙り込んでしまった。
10人掛けの円卓についている5人が、何も言わず、黙って成り行きを見守っている。
このままじゃ、らちが明かない。
「…それじゃ、ゲンジ先輩の意見を採用しよう。アイドルのコンサートだよね」
「うむ。賢明な判断だ」
「じゃあ、さっそくアイドルの準備を…」
そこまで言って、ボクの思考は止まる。
…あれ?
…アイドルって、どうやって準備するんだろう?
「ごめん、ゲンジ先輩。1つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「そのアイドルは、…どうやって連れてくるの?」
ボクの質問に、ゲンジ先輩は無言で聞いている。
無表情の目がボクを射抜く。そして、当たり前のことを言うように、淡々と答えた。
「お前がやればいいではないか」
「…え?」
「この中では、お前が一番適任だろう?」
瞬間、ボクの頭がまっしろになる。
「いや! いやいや! いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!」
両手を振りながら、ゲンジ先輩に詰め寄った。
「何を考えているんですか! ボクは男なんですよ!」
「今は、完全な女子であろう。何の問題がある?」
「問題だらけです!」
バンッ、とテーブルを叩く。
「体は女の子でも、心は男なんですよ! 先輩にわかりますか。中学の文化祭で女装させられたせいで、男子からのラブレターが山のように届くようになった気持ちが! 1人で下校していると、ガチムチの運動部員が一緒に帰ろうと誘ってくるんですよ!」
筋肉隆々の男子達が意味もなく腕を組んできたり、突然上着を脱ぎだしたり。しまいには公園のベンチに腰掛けて『やらないか』と囁いてくるのだ。体が華奢で女顔だったボクは、彼らにとって格好の獲物だったに違いない。
…思い出すだけでも寒気がする。
「とにかく! ボクはアイドルなんて嫌です! 他の誰かにしてください!」
「…ふむ。他の人とは、例えば誰だ?」
「それは、…コトリとか?」
ジンの膝の上で寝ているコトリを見る。小柄で愛らしい彼女なら、人気が出るに違いない。
「だとさ。どうする、コトリ?」
ジンに揺さぶられて目を覚ますコトリ。小さな手でごしごしと目を擦りながら、眠そうに欠伸を漏らす。
「…ん。…ジンはどう思う?」
「俺か? 俺はアイドルに興味はないな」
「…じゃ、…わたしも興味ない」
そう言って、再び眠り始めてしまった。
「じゃ、じゃあ、ミクは?」
「あたしに振らないでよ。そんなことできるわけがないでしょ。ユキだって、よく知っているくせに」
「…う」
ボクは言葉を詰まらせる。
そもそも、中学の文化祭で女装をしなくちゃいけなくなったのは、ミクが原因だった。彼女が面白半分でボクを推薦してしまい、ウケ狙いで引きづりだされたのだった。セーラー服を着ただけの、女装ともいえないような格好。
その結果が、…圧倒的な票差をつけての優勝。
文化祭のあとに、演劇部、美術部から声をかけられ、更には、ラグビー部や柔道部からも熱心に勧誘されてしまった。ナニをさせられるかわかったものではない。
「アイドルの真似事なんかに、あたしを巻き込まないでよ」
「うぅ…。そんなこと言わないでさ」
肩を落としてミクを見つめていると、彼女の顔が少しずつ赤くなっていく。
「そ、そんな可愛い顔をしても、ダメなものはダメ!」
「うぅ…」
ボクは頭を抱え込む。
「…や、やっぱり、ゲンジ先輩のアイデアはナシの方向で」
「別に構わんが、他にいい意見はあるのか?」
「…それは」
ボクは黙り込んでしまう。
再び、十人委員会の会議室に沈黙が落ちる。
その時だった。
バンッ!
扉が勢いよく開いて、1人の女の子が入ってきた。




