第2話「ライブをしよう」
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「アイドルの追っかけ? 小泉副会長が?」
ヴィクトリア宮殿の一室で、ボクは間の抜けた声を上げる。
すると、円卓の相い向かいに座っていたゲンジ先輩が重々しく頷いた。
「うむ。何と言ってたか…。たしか、乃木坂だか、欅坂だったか。その中に、誠士郎が惚れ込んでいる女子がいるらしい」
「それで、アイドルの追っかけに?」
「そのようだ。ライブやコンサートなんかにも積極的に参加していて、この前は都心のドームにまで行ったらしい。あれはもうファンというより、ただの信者だ」
「へー。あの真面目な小泉副会長がねぇ。なんか、意外だなぁ」
「人は見かけに寄らないものだ。お前だって典型的な一例だろう。『十人委員会』のギルドマスターよ」
ゲンジ先輩にそう言われて、思わず乾いた笑みを浮かべる。
ボクの名前は御影優紀。
皆からは『ユキ』と呼ばれている。女の子みたいな名前だけど、れっきとした男だ。生まれて17年。一度だって、女の子だったことはない。
…この世界に来るまでは。
「ははは、…ですよね」
喉からは出るのは、鈴のような透き通った声。
長い髪をかきわけながら、さりげなくスカートの裾を直す。
この異世界に1人だけの黒髪に、黒の大きな瞳。小柄で体の線は細いけど、胸だけは豊かに膨らんでいる。
国の王立機関に認定された『十人委員会』の代表にして、『NO.2』を担う黒髪黒眼の美少女。『銃舞姫』のユキ。
…それが、今のボクであった。
運河と水路を敷き詰めた都、海洋国家『ヴィクトリア』。
このオンラインRPG 《カナル・グランデ》にそっくりな異世界に来てしまってから、もう1カ月が経とうとしていた。ボクは相変わらず、女の子として生きている。
「…やっぱり、どこか変ですか?」
スカートから覗く小さな膝頭を擦りながら、ボクはゲンジ先輩を見上げる。
「いや、気にすることはない。見た目がどうであれ、お前はお前だ。ユキよ」
屈強なオーガ族の男。
ゲンジ先輩は腕を組んだまま、重々しく頷く。
『ゲンジ先輩』。
本名は、郷田源次郎。1つ年上の高校3年生であり、元の世界では柔道部の部長である。元々、大柄な体格をしていた彼だったが、今のその姿は、豪胆さに拍車をかけている。
身長は2メートルを軽く超え、全身は鱗のような赤褐色の肌に覆われている。そして額には、オーガ族特有の短い角が2本生えている。その風貌は『鬼のよう』という表現がぴったりだ。
『十人委員会』の『No.3』。
不撓不屈のバーサーカー。それが『狂戦士』のゲンジ先輩だ。
「で? その小泉副会長のアイドル好きが、何だって言うの?」
不機嫌そうな声が部屋に響く。声の主のほうを見てみると、赤髪の少女が不機嫌そうに頬杖をついていた。
彼女の名前は『ミク』。
本名は御櫛笥青葉。中学校からの友達で、『十人委員会』の『No.6』。職業は『人形使い』だ。
燃えるような赤い髪と、気の強そうなツリ目。
服装はTシャツ&ジーパンの上に、桜模様の振袖を羽織るという、世界観に全く溶け込んでいない格好だった。
「つまりだ。誠士郎にとって、アイドルとは生きる意味そのものなのだ」
腕を組んだまま、ゲンジ先輩が言い放つ。
「そんな軟弱な男がネットやスマートフォンのない、この『ヴィクトリア』に来ているのだぞ。とっくに廃人になっているのだろう」
「いやいや。言いすぎだろ。仮にもあんたの親友だろ。ゲンジ先輩よぉ」
呆れたように答えたのは、銀色の狼男だった。
名前は『ジン』。
本名は陣ノ内暁人で、ボクの中学からの親友だ。『銀狼族』という希少な固有職種で、『十人委員会』の『No.4』である。
「…ん」
そのジンの膝の上で、眠そうにしている女の子は小鳥遊ゆみ子。
こっちでは、『コトリ』と呼んでいる。
『十人委員会』の『No.7』。職業は『召喚師』。元々、背の小さい彼女だったが、こっちの姿になって更に小さくなったようだ。『幼い妖弧』、というアバターを使っていたので、今のコトリは小学生くらいの背格好しかない。
だが、本人はあまり気にしていないようで、いつもジンの膝の上か、肩の上にちょこんと乗っかっている。もしかしたら、今の自分の姿を気に入っているのかもしれない。
「なぁ、ユキはどう思うよ?」
「うーん、そうだなぁ」
ボクは唇に人差し指を当てて考える。
「…確かに、真面目な小泉副会長が姿を見せないのは変だよね。やっぱり、何かあったと考えるべきなのかなぁ」
「…っていうかさ、他の仲間はどこにいるのよ? こんだけ捜しても見つからないなんて。本当に、この世界に来ているの?」
「それは間違いないと思うよ」
「なんで言い切れるの?」
「それは、…生徒会長が言っていたから、かな?」
ボクは言葉を濁しながらも答える。
オンラインRPGにおいて、世界に知らした戦闘系ギルド『十人委員会』。その頂点に立つ、あの人のことを思い浮かる。
2年連続で留年している無茶苦茶な人だけど、あの人の言うことはいつも物事の芯を捉えていた。
その会長からの手紙に、他の仲間を集めろと書かれていたのだ。元の世界に戻る方法がわからない以上、会長の言うとおり仲間達を捜すのが最善だと思えた。
…というか、会長が戻ってきたときに全員いないと、何をするかわかったものではない。この国を焼き払ってでも、残ったメンバーを捜そうとするだろう。
「で、小泉副会長の恥ずかしい趣味がわかったところでだ。そのアイドル好きという情報をどう使うんだ?」
「ふむ。我も考えたのだが、こういう嗜好はどうだろうか?」
のそっ、とゲンジ先輩は立ち上がり、窓から外の風景に目を落とす。
宮殿の正面にあるサンマルコ広場には、活気で溢れかえっていた。エルフや獣人など、人間以外の種族も交わりながら、忙しそうに駆け回っている。『カーニバル』というお祭りが近いので、どこも準備に追われているようだった。
そんな景色を見下ろしながら、ゲンジ先輩は無表情のまま口を開く。
「ライブをしよう!」
キリッ、と毅然とした表情を向けてくる。
だが、ボク達はその言葉の意味が理解できなかった。
「は? 今、何て言いました?」
「ライブをしよう。ライブ名は、リトルバ―」




