第5話「リラの通行手形」
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放課後。
ボクは帰宅すると同時に、パソコンの電源を入れた。
「…よっと」
学生服を脱ぎながら、パソコンが立ち上がるのを待つ。
ゲームが起動して、画面上に見慣れた異国風の町並みが映し出される。エルフやドワーフなど、ファンタジーには欠かせない多様な種族が行きかっている。
その中に1人だけ、黒い髪を持った少女が立っている。ボクの分身でもあるキャラクター、『ユキ』だった。
職業は魔法銃士。
狩人や魔法使いをマスターすると転職できる上位職だ。
《カナル・グランデ》には多彩な職業が存在する。まず、初めてプレイした人でもなれる基本職業が8種類ある。戦士、モンク、魔法使い、神官、盗賊、狩人、吟遊詩人、遊び人。
それら基本職業をマスターすることで転職できるのが上位職6種。魔法剣士、人形使い、高位魔術師、魔法銃士、トリックスター、剣闘士。基本職業の上位というだけあって、ステータスや覚えるスキル・魔法が格段によくなる。
その上位職のさらに上にあるのが最上位職である。
狂戦士や、守護騎士、召喚師などがこれに属する。そして、基本職種、上位職種、最上位職。この3つが主な職業のランクだが、それらとは全く関係ない職種もある。
それが『固有職種』。
期間限定のクエストや、イベント限定のアイテムを手に入れることによって転職できる。
ボクの周りにいる固有職種は、ジンの『銀狼族』と、生徒会長の『司令官』くらいだ。『銀狼族』は人狼族の希少種に当たり、『司令官』は兵器や戦艦などの近代兵器を操る特殊な職業だ。
「やっぱり、街の中はNPCばっかりだなぁ」
NPC、つまりノンプレイヤーキャラクター。プログラムされた行動しかできない、背景のような存在。町並みを歩いてみても、プレイヤーが操作しているキャラクターとはすれ違うこともなかった。
「…誰か来てないかなぁ」
目的もなくふらふらと歩かせる。広場にある時計塔を通り過ぎて、街中へと歩いていく。
その度に、短めの黒いスカートがふわりと揺れる。長い黒髪に、黒い瞳。そして凛とした表情が、腰にぶら下げた銀色の銃が妙に合っている。
「あれ? こんなアイテムを持っていたっけ?」
所持アイテムを確認していると、見たことのないアイテムが目に入った。
『リラの通行手形』
ボク自身、どこで手にいれたか覚えていないし、聞いたことすらないアイテムだった。
「…もしかすると、この前のベヒーモス戦の戦利品かな?」
フロアボスやイベントボスは高確率でレアアイテムを落とす傾向にある。この間倒したベヒーモスは、ダンジョンの最下層にいるイベントボスだったので、誰も知らないレアアイテムを落とすことだって十分にあった。
ボクは、はやる気持ちをおさえて、『リラの通行手形』にカーソルを開く。装備品だったら防御力などが表示されるし、クエスト関係のキーアイテムなら意味深な説明があるはずだった。しかし…
「あれ? 何も書いていない」
ボクは思わず首を傾げてしまう。
どんなアイテムにだって、どのようなものなのか説明する文章があるはずだ。使用価値のない『うまのふん』にだって説明文がつけられている。それなのに、この『リラの通行手形』には何の説明文もつけられていなかった。説明欄には、真っ黒な画面が表示されているだけ。
「…なんなんだろう、これ?」
ボクは軽い気持ちで『リラの通行手形』使用する。
その瞬間。
ボクの目の前がぐらりと歪んだ。
「あ…、あれ…」
全身の力が抜けて、体が傾いていく。
眠くもないのに、視界が少しずつ暗くなっていく。
ゆっくりと体がイスから転げ落ちる。
そして、床に倒れる寸前に、目の前が暗転した…




