第58話「夜が明ける」
「い、言うと思うのか?」
「…答えて。ボクに引き金を引かせないで」
銃口を、喉元に押し付ける。
男は何とかマスケット銃を取り戻そうとするが、ボクの手から離れない。
「…ぐっ」
「…さぁ、早く。答えて。…答えなさい!」
凛とした声が牢獄中に響き渡る。
男はビクリと肩を揺らして、額に大量の汗を噴出す。
「…あ、アリーシア王女なら、…処刑台につれていかれた」
「処刑台? どうして? アーニャの処刑までには、まだ時間があるはず…」
「…ダルトン副隊長の進言で、処刑が早まったらしい。朝日が上ると共に、アリーシア王女の処刑は執行される」
「っ!」
ボクは現状の理解が追いつかず、言葉を失う。
この国の処刑方法は斬首刑だ。
サンマルコ広場にある二つの柱。有翼の獅子を据え置く柱の間に、処刑用の断頭台が設置されるのだ。アーニャは、もう連れて行かれた。日の出までの時間は? あと、どれほどの時間が残されているのか?
足元が怪しくなりフラフラと体が揺れる。白虎の銃口は下を向き、右手からマスケット銃がすり抜ける。
「馬鹿め、油断したな!」
宮殿の兵士はチャンスだと思ったのか、マスケット銃を再度ボクに向ける。
だが、その瞬間。
『白虎』から放たれた二つの銃弾がマスケット銃を貫いた。木製の銃身に、歪な二つの穴が開いている。
「ひ、ひぃ!」
男は恐れをなしたかのように、破壊された銃を捨てて逃げていく。
ボクは足元の『ヨルムンガンド』を拾い上げると、硝煙の立ち昇る『白虎』を無造作に投げ捨てた。『白虎』の予備の銃弾を持ち合わせていない。そんな銃を持ち歩いても意味がない。
もうじき夜明けだ。
迷っている暇はない。
手に持った銃のマガジンをスライドさせて、残弾を確認する。
腰にぶら下げている予備のマガジンはあと一つ。
残る武装は、残弾の少ない『ヨルムンガンド』と、左胸のホルスターに収まった『フェンリル』のみ。これからの戦闘を考えると、少しだけ心もとない。
「…侵入した賊はどこにいる」
「…独房の奥だ」
「…気をつけろ。あの女、ただ者じゃないぞ」
ザッザッザ。
兵士たちの声を足音が反響して聞こえてくる。明らかに複数の足音が、徐々に近づいていた。
「…『アサシンアイズ』」
本日何度目かになるかわからないアサシンアイズを使う。ボクの目が青く光り、壁の向こうの目標を映そうとする。
だが、その瞬間。
目の奥に電流のような痛みが走り、視界が元に戻ってしまった。
「…くっ!」
ボクは痛みに耐えながら、何とか目を閉じないように堪える。
…『アサシンアイズ』が発動しない。
もう一度、視界に意識を集中させてスキルを発動させようとする。だが、目の痛みが酷くなるだけで、壁の向こうは見えてこない。わずかに牢獄の外にある橋が見えるも、ぼやけていて敵がいるのか判別できない。
「…連続で、使いすぎたか」
思い当たる節はいくつかある。
ゲームでの『アサシンアイズ』も連続使用の制限があった。それに、ボクがスキルを使えるようになったのも、つい数時間前だ。本調子であるわけがない。
「…こんなときに」
心の中で舌打ちをする。
だけど、すぐに思考を切り替える。
夜が明ければ『アサシンアイズ』を使うことはない。他のスキルが使えるかはわからないが、魔眼系のスキルは使わないほうがいいだろう。
ザッ、ザッ、ザッ!
敵の足音が大きくなっていく。
これ以上、立ち止まっていられない。
アーニャは外だ。
サンマルコ広場の処刑台に向かうためには、来た道を引き返さなくてはいけない。もう、一刻の猶予もない。
ボクは『ヨルムンガンド』を構え直すと、駆け出した。
「いたぞ!」
「橋を通させるな! ここで足止めするんだ!」
溜息の橋の向こう側。
宮殿の入口には、兵士達が列を成して銃を構えていた。
「…くっ!」
ボクが物陰に隠れると同時に、一斉射撃が始まった。
パパパパパパッ!
『ヨルムンガンド』に比べると、とても弱々しい銃声音だ。
だけど、ボクの体はジンやミクのように頑丈じゃない。流れ弾だって致命傷になりかねない。物陰から向こう側を窺いながら、どうするか考える。
その時、あるものが見えた。
「…え?」
橋につけられた鉄格子のついた窓。その向こうがわずかに白んでいたのだ。
それは、まごうことなく。
夜明けを知らせていた。
「っ!」
気がついたときには、橋に向かって身を乗り出していた。
襲い掛かってくる銃弾に向かって、全力で地面を蹴った。
「出てきたぞ! 撃て撃て撃て!」
激しくなる銃撃。
空気を切り裂く銃弾を耳元にかすめながら、ボクは橋の真ん中まで駆けていた。
目の前には、まるで壁のように迫ってくる銃弾の山。
避ける場所なんてない。『クイックドライブ』を使っても、もうどうすることもできない。
しかし―
「問題ない」
ボクは呟きながら、窓の鉄格子に右足を突き立てる。
鈍い音がして、鉄格子が窓から外れた。
それと同時に、自分の体を窓の外に向けて飛び出した。
窓ガラスが割れ、鉄格子と一緒に落ちていく。なびく黒髪と自由落下を感じながら、そっと呟く。
「…『エアリアルドライブ』」
空気を踏みつける。
大理石でできた橋の壁に両足を着きながら、真っ白な屋根へと上る。
銃撃が消えた。
足元から兵士たちの戸惑った声が聞こえる。
外の冷たい風が心地いい。
焦っていた頭を、冷静にさせてくれる。
そのまま宮殿の壁へと向かい、垂直に駆け上がった。
「…空が白い」
宮殿の白い屋根に立ちながら、東の空へと目を移す。
太陽こそ昇っていないが、白んだ空が辺りを明るくしている。
…夜が明ける。
「急がないと」
ボクは宮殿の屋根伝いに走って、処刑台のあるサンマルコ広場を目指した。




