第56話「宮殿の戦い」
獣のような叫び声が聞こえてきたのは、ボクが宮殿の大理石の階段を登っている時だった。
「いたぞ、侵入者だ!」
「階段の影に隠れてる。撃て、撃て!」
パン、パンッ。
甲高い銃声と共に、ボクの足元の大理石が欠けていく。
さすがは宮廷に配属されている兵士。練度が高い。この暗闇でも、目標をほとんど正確に狙ってくる。
まだまだ甘いけど―
「…『アサシンアイズ』」
ボクの眼が、青白く光る。
視界は広がり、暗闇でも関係ないほど鮮明に見えてくる。
壁の向こうに人影が三人。警戒しているのか、ボクからは絶対に見えない位置で待機している。
『アサシンアイズ』は、魔法銃士や狩人が習得できるサポートスキルだ。暗闇でも敵の位置を察知でき、壁に隠れている敵も見つけることができる。
「…敵は三人」
『アサシンアイズ』の効果が切れて、瞳も元の黒色に戻っていく。
ボクは『ヨルムンガルド』の残弾を確認する。
マガジンには六発。腰のベルトに予備のマガジンをぶら下げているので、銃弾には余裕がある。
ボクは敵の銃声のタイミングを計り、撃ち止んだ瞬間に合わせて廊下に飛び出した。地面を蹴り、闇夜に駆ける。
「出てきたぞ!」
「撃て!」
パパパパンッ!
すぐさま勢い増す銃撃。
ボクはその銃弾の嵐を掻い潜って、敵までの距離を一気に詰める。
「な、なんだ、この女は!」
「速いぞ!」
…このまま詰める!
暗闇の中にいる男たちを肉眼で確認。
それと同時に。地面を強く蹴って、高く跳躍した。
「上だ!」
「狙い撃て!」
兵士達が銃を廊下の天井に向けて、ボクのことを狙おうとする。
だが、それよりも早く。…ボクの銃が火を噴いた。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
放たれた三つの銃弾。それは、違えることなく兵士達の銃へと吸い込まれていく。
「うあっ!」
「な、何が起こったんだ」
「…銃が、破壊された。弾が出ない!」
うろたえる三人の兵士。
ボクは男達の間に着地すると、一瞬にして男たちをなぎ倒す。高速の上段蹴りが、彼らの首筋にめり込んでいく。
「ぐあっ!」
「ぶっ!」
「くそ、…小癪な!」
三人目は受身を取って身を庇うと、腰に携えていたサーベルを引き抜いた。
…だが、遅い。
「武器を捨てなさい。できれば、君たちを撃ちたくないんだ」
ボクの握る『ヨルムンガンド』の銃口が、男の額を捉えていた。
「ぐ、ぐぐぐ」
悔しそうに唇を噛む男。
宮殿兵士としての誇りなのだろう。男は手に持ったサーベルを捨てようとはしない。その心意気は見事なものだ。
その時だった。
ボクはわずかな殺気を感じて、咄嗟に男から距離をとる。
次の瞬間、別の方角から銃弾が飛んできた。
「…ちっ、増援か。あー、もう面倒臭い」
敵の銃弾が、雨のように降り注いでいた。
廊下では逃げる場所もなく、隠れる場所もない。すでに数えられないほどの弾丸が、目の前に迫っていた。
そんな状況で。
ボクは少しだけ腰を屈ませると、小さく呟く。
「…『クイックドライブ』」
―銃声が止んだ。
喧騒は遠ざかり、一瞬が永遠に引き伸ばされる。
ボクは全力で駆けながら、酷く緩慢に動いている銃弾の嵐をかわしていく。
そして、全ての銃弾は。
ボクに当たることなく、後方に飛んでいった。
「当たってないぞ!」
「バカな! あの数の銃弾をどうやってかわしたんだ!」
焦ったような声が聞こえてくる。
ボクは銃弾の少ない『ヨルムンガンド』を構え直すと、更に加速した。
…そして、腰をひねりながら、素早く体を回転させる。
ピンッ。
予備のマガジンが腰のベルトから外れ、宙に浮く。
それと同時に『ヨルムンガンド』から、残弾のあるマガジンを抜き取る。そのまま体を回転させると、空中のマガジンを銃の中に叩き込んだ。
ガチリッ、と小さな音を立てる。
銃弾の再装填が完了した、瞬間だった。
「な、何が起こっているんだ!」
「あの女、俺達の銃弾をかわしながらリロードしやがった!」
「バカな! そんなの人間技じゃないぞ!」
男達の驚愕した声が廊下に響く。
そして、わずかな時を挟んで。男達は宮殿の廊下に崩れ落ちていった…




