第4話「仲間たちの日常」
「ようっ、おはよう」
教室に入ると同時に威勢のいい声が聞こえてきた。そちらを見てみると、一人の男子が手を挙げていた。背が高く、爽やかな印象を与えるイケメンだ。
彼は親友の陣ノ内暁人。ボクは苗字の二文字をもじって『ジン』と呼んでいる。
「うん。おはよう、ジン」
「昨日のベヒーモス戦、凄かったよな! お前がいなかったら、あの時に全滅してたぜ」
「そんなことないよ。最後はゲンジ先輩が倒したんだし」
「いやいや、あのタイミングでベヒーモスをスタン状態にもっていけるのは、お前くらいだって。さすがは《カナル・グランデ》の銃舞姫だな」
「ジン、学校でその呼び名を使わないでよ」
恥ずかしくなって、ボクは思わず背中を丸めてしまう。
「そういえば、放課後は部長会議だったよね」
「あぁ。こんなことしか仕事のない部長だけどな。だけど、サボるわけにもいかない。先輩に絞め殺される…」
「そうだね。先輩と張り合えるなんて、御櫛笥さんくらいじゃない?」
「アタシを呼んだ?」
ボクは声のするほうに振り向いた。そこには、登校したばかりの女子が片手を上げている。
「おはよっ、ユキ。ついでにジンもね」
「おはよう。御櫛笥さん」
「うっす、おはよう」
クラスメイトの御櫛笥青葉さんだった。
明るい色の茶髪に、着崩した制服。面倒見も良くて、女子からの人気も高い。ただ、彼女の前に立つと、視線を少し上げないといけないのが、男としてのプライドがちょっとだけ傷ついてしまう。
「それにしても、今日もユキは可愛いねぇー。嫁にほしいくらいだよー」
「ちょっ、何言ってるの!」
「あはは、冗談だって」
挨拶代わりに、こうやってからかってくるのも日常だった。
ボクを女の子のように扱ったり、たまに女装を薦められたりする。お願いだから、それだけはやめてほしい。
「そういえば、今日はコトリと一緒じゃないの?」
「あー、コトリなら忘れ物したからって一度家に帰ったよ。一緒についていこう思ったんだけど、コトリが先に行けってさ」
「ははっ。コトリのやつ、意外にドジだからな」
ジンが笑い声を上げると、御櫛笥さんも頷く。
しばらくすると、教室の後ろの扉から小柄な少女が入ってきた。肩口に綺麗に揃えられたボブカット。小さな顔と対照的な大きな黒瞳。その容姿から、どうしても小動物のような印象を持ってしまう。
それが小鳥遊ゆみ子。ボクたちは『コトリ』と呼んでいる。
「おはよう。コトリ」
「…ん」
ボクが挨拶を返しても、軽く会釈をするだけで通りすぎてしまう。これが彼女の挨拶の仕方なのだ。最初のころは随分と無愛想な子だと思ったけれど、今はそれがコトリの性格なのだと知っている。
コトリはてくてく歩くと、ジンの前で止まる。
「…おはよう、ジン」
「おう、おはよう。コトリ」
コトリは両手をモジモジさせながら、ジンのことを見上げる。背の高いジンと、ちっちゃいコトリが並ぶと、その身長差はすごいことになってしまう。コトリの身長は145cm。ジンの胸あたりまでしかないのだ。
「…ねぇ、ジン」
「なんだ?」
「…ジンは、ドジな女の子は嫌い?」
無表情な目でジンに問いかけた。
すると、ジンは腕を組んだまま、無駄に仰々しく頷く。
「うーん、そうだな。嫌いじゃないぞ。ドジっていうのは、最高の萌えポイントの一つだからな。むしろ女の子は少しくらいドジであるべきだ」
「…そう」
小さく頷きながら答える。
すると、コトリはちっちゃく背伸びをしながら、ジンのことをじっと見つめる。
そのまま黙って、コトリは自分の席に座った。その表情は相変わらず無表情だったが、少しだけ顔が赤くなっていた。
そんなコトリを見て、御櫛笥さんがボクの耳元で囁く。
「…やっぱり、ジンのことが好きなのかな?」
「…どうかな。気はあるように見えるけど」
「…むふふ。今度、帰り道でからかってみよっかな?」
「…御櫛笥さんもほどほどにね。コトリは無表情だけど、怒ると怖いんだから」
意地悪そうな笑みを浮かべるので、ボクは呆れたような表情で返す。すると、今度は御櫛笥さんが不機嫌そうな顔でボクを睨んできた。
「…ふーん」
「…え、えーと、御櫛笥さん?」
わけがわからず戸惑っていると、御櫛笥さんはツンツンしながら口を尖らせた。
「…御櫛笥、御櫛笥って。ユキはいつまで経っても他人行儀だよね。ゲームのときみたいに『ミク』って呼んでくれていいのに。アタシは優紀のことを『ユキ』って呼んでるのにさ」
「あれは、その、ゲームだから」
「だったらリアルでも同じように呼んでよ」
「ご、ごめん。何か恥ずかしくて」
ボクが申し訳なさそうに謝っていると、御櫛笥さんがぷっ、と笑い声をもらした。
「あははっ、冗談だって。もう、ユキも本気にしないでよね」
手をヒラヒラさせながら、ボクのそばから離れていった。




