第33話「白い肢体と、パステルカラー」
「ふーん。なんとなくわかったわ」
ミクは腕を組んだまま頷く。
ボクは今の状況をかいつまんで、ミクに説明していた。
もちろん、アーニャがいる手前。オンラインゲームの《カナル・グランデ》との関連性については、あまり触れずに話す。それでも、ミクには内容が伝わったようで、ボクが話し終わるまで黙って聞いていた。
「じゃあ、ジンの奴はコトリを捜しにいってるわけね?」
「そうだね。見つけられるかどうか、わからないとは言ってたけど」
「いや、見つけられると思うよ」
ミクがきっぱりと否定する。
「ジンとコトリって、独特の距離感を持っているから。たぶん、二人じゃないとわからないこともあるんじゃない」
「そうかな?」
「毎日、一緒に登校していたアタシが言うんだから。間違いないわよ」
そういえば、高校に入学してから。ミクとコトリさんは一緒に登校していた。
「それよりも、…問題は別にあるでしょ」
ミクが難しい顔をして、口を曲げる。
「あー、ゲンジ先輩のことだね。確かに、先輩があんなことをするなんて、ちょっと納得できないよね」
ボクがそう答えると、突然。ミクの顔つきが変わった。
ジドっとした目で、こっちを見てくる。
「…そうじゃないでしょ」
「へ?」
ボクが返答に困っていると、ミクがくわっ、と目を吊り上げて鬼の形相を浮かべた。
「そうじゃないでしょうがっ!」
「うわっ!」
あまりの豹変に、思わず後ろに下がる。
「アンタ、このまま女の子として生きていくつもりなの! そんなすべすべの肌に、くりくりの大きな目で、女のアタシから見ても可愛いと思っちゃう姿で、このまま生きていくの!」
ズビシッ!
ミクが人差し指を突きたてる。
「だいだい、なんで女の子の格好をしているのよ! 体が女の子になったからといって、スカートをはいたり、ふりふりのブラウスなんて着る必要はないでしょ!」
「こ、これは、ちゃんとした理由があるんだよ!」
恥ずかしくなって、思わずスカートの裾を押さえつけてしまう。
「な、何よ! その可愛らしい仕草は! 心まで女の子になっちゃったわけ!」
「い、言わないでよ! 体が勝手に反応しちゃうんだから!」
かぁ~、と顔が赤くなっていく。
恥ずかしくて涙が出ちゃいそうだ。
「ジンも言ってたもん! この世界に来てから、キャラクターの種族や性質が行動に出るって! 『私』だって好きでこんなことを―」
「わ、私?」
ミクが驚いたように声を上げた。
「っ!」
ボクも慌てて口を塞ぐ。
しまった。つい気が緩んでしまった。感情が高ぶると、なぜ女の子みたいな言葉使いになってしまう。
とうとう、自分のことを『私』なんて呼ぶなんて。
…あの暗闇にいた少女だ。
…その子に触れてから、どんどん女の子に近づいている。
甘いものが好きになったり、可愛いものについ目が引かれたり。それだけじゃない。最近では、鏡を見ても自分の体に違和感を感じなくなってしまっている。時々、自分が男だったことを忘れてしまいそうになるほどに。
このままじゃ、体だけじゃなく。
心まで、本当の女の子に変わってしまいそうだ。
「…はぅ〜」
ミクの沈黙の視線を浴びながら、しゅんと肩を落とす。
これからボクはどうなってしまうのだろうか。そんなことに悩んで黙っていると、ミクが面倒そうに口を閉じた。
「はいはーい。質問してもいいかな?」
そんな重い沈黙を破ったのは、隣に立っているアーニャだった。
「状況はよくわかんないけど、あなたがユキの捜していた人だっていうなら、そこから出たらいいんじゃない?」
「ふんっ。言われなくても、出られるんだったら出てるわよ」
ミクは足を組み替えながら、キッとアーニャを睨む。
「この監獄を出るには、一定期間を牢屋で過ごすか、看守に賄賂をわたさなくちゃいけないんでしょ。今のあたしは無一文だから、刑期を終えるまで出られないのよ」
「鉄格子を壊せるのに?」
「壊したからって、勝手に出てもいいわけじゃないでしょ」
ミクが呆れたような目でアーニャを見る。
「アンタみたいなバカは知らないかもしれないけどね。世の中には常識っていうものが存在するの。まぁ、ウジ虫の湧いた頭のアンタに言っても、仕方ないんだけどね」
ミクの態度を見て、アーニャは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「むっ、今の言い方は少し気に入らないなぁ」
だけどすぐに。
パッと顔を輝かせた。
そして、ニヤっと笑いながら、ボクの事をじっと見てくる。
「むふふ。いいこと思いついちゃった」
「…どうしたの、アーニャ?」
「べーつにー」
にやにや笑ったまま、アーニャはミクのことを見る。そして、上機嫌にボクの背後に回った。
「じゃあ、あなたはそこから出てこれないってわけね。こんなことをしても…」
一瞬、アーニャの言っていることがわからなかった。
だけど次の瞬間。
そんなことは頭から吹き飛んでいた。
「はぁーい、今日はリボンのついたフリフリぱんつでーす!」
「…へ?」
突然のことで頭が真っ白になる。
頼りなかった内股に、冷たい風が吹き込んできた。
アーニャが、ボクのスカートをめくり上げていた。白い肢体と、パステルカラーの布地が露になっている…




