第49話「十人委員会の『No.2』は、王の剣(サン・マルコ)に戦いを挑む」
アーニャは両手を広げながら、小さな笑みを咲かせている。
「……ふふっ。もしかしたら、私も期待していたのかも」
「何を?」
ボクが聞き返す。
「こういうことよ。ユキたちが本気で喧嘩をしているのを見て、ちょっと羨ましいなって思っていたの。本気でぶつかり合って、その後は何事もなかったように笑い合って。そういうのが、すごく良いなぁって」
彼女は、今までのことを思いだしているのか、遠くを見るように目を細める。
「……ユキ。悪いけど、本気でいくよ」
「もちろん。ボクも本気でいく」
カチャ、と魔銃・ヨルムンガンドを両手で構える。
ボクの戦い方はいたってシンプルだ。中距離からの銃撃と、間合いを詰めてからの近接格闘。銃で相手の動きを牽制しつつ、クイックドライブなどで一気に距離をつめては、強烈な蹴り技を入れる。たいていの相手なら、これで再起不能だ。
だけど、相手は世界の支配者であるアーニャだ。
そんな単純な戦い方が通じるわけがない。
「……王の剣よ、我が元に来たれ」
小さな声の詠唱が、ボクの耳を打つ。
アーニャが魔法を使おうとしていた。彼女の足元に展開された魔法陣。それが二重、三重と書き加えられていく。
魔法を使用する時にできる魔法陣は、その魔法の属性によって色が変わる。碓氷君が使っている氷魔法の場合は、青白い魔法陣。炎の魔法であれば赤色で、風の魔法であれば薄い緑色となる。
だが、アーニャの足元に広がっている魔法陣は、見たことのない輝きを放っていた。
一言でいうなら、虹色。
赤、黄、青、緑、黒、白。魔法陣を書き加えていくたびに、その色は互いに主張しあうように輝きだす。
「一の剣はサラマンダー。全てを焼き尽くす炎の剣なり。……二の剣はノーム。砂でできた刀身は誰であっても止められない。……三の剣はシルフ。風のように駆けて、疾風のように切り裂く風の剣である―」
アーニャの魔方陣の輝きが増す。
そこから溢れる魔力の奔流が、大きな渦となっていく。
「……す、すごい」
ボクはその光景に目を奪われていた。
見たことのない魔法だった。
何重にも書き加えられた魔法陣からは、様々な色が溢れ出して、その全てが触れることもできないほど強い力を放っている。
……これが、アーニャの本気なのか。
「十一の剣はゼウス。神の雷は悪しきものに裁きを与えん。……十二の剣はグラビティ。地に住まう全てのものがひれ伏せる重力の剣。これら十二本の剣こそが、我がヴィクトリアに伝わる『王の剣』なり!」
アーニャが両手を突き出して、大声で詠唱を締めくくる。
何重にも展開している多彩な魔法陣。その円形の幾何学紋様に、いくつかの光が灯る。数は12個で、ちょうど彼女を中心にして時計のように広がっている。
何より驚いたのが、その光に立っているものだ。
12個の光。それぞれに大振りの剣が突き刺さっていた。その外見は様々で、炎をイメージさせるクレイモアから、風を連想するしなやかな日本刀まで。どれも小柄な彼女が扱うには大きすぎる。
「……創造された固有魔法『王の剣』。この世界の王であるアーサー・ヴィクトリアが持っていたとされる伝説の剣たち。このゲームの隠しボスの武器であり、正真正銘に最強の剣よ」
アーニャが目を細めながら、そのうちの1つを手に取る。
正面からやや右寄りにあるその剣は、柄の部分が大きく、刀身もアーニャと同じくらい巨大なクレイモア。ギラリと赤く輝く刃が、こちらを威嚇しているようだった。
炎の剣、サラマンダー。
彼女はそう言った。
「……この魔法を使うのは初めてで、加減もわかんないんだけどさ。本気でやるなら、手加減なんて必要ないよね?」
ふふっ、とアーニャが微笑んで、炎の剣を勢いよく引き抜いた。
それだけで凄まじい火炎がほとばしり、空気を一瞬で焼いていく。そんな大剣を軽々と扱っている彼女は、まるで火の精霊のようだった。
美しかった。
そして、恐ろしくもあった。
ボクの気持ちまで焼かれてしまうんじゃないか、と思った。足は震えそうになるし、恐怖で心が潰されそうになる。
「手加減? 何を言っているの、アーニャ」
でも、ボクは逃げない。
不敵な笑みを浮かべたまま、銃口を彼女へと向けた。
「そんなことでボクを倒せると思っているのかい? ボクも舐められたものだね。君は、ボクが何者なのか、本当にわかってる?」
怯えない。
震えない。
虚勢と気合いの二本足で、ボクはここまで歩いてきたんだから。
「……ボクの名前は、御影優紀。十人委員会の『No.2』、銃舞姫のユキだ。……現実から逃げている君を殴りに来たっ!」
銃の引き金を絞りながら、ボクは心の中から叫ぶ―




