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第41話「クソ不味いラーメン屋の話」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 氷の槍が砕ける音が、遠くのほうから聞こえた。

 一瞬だけ足が止まりそうになるけど、すぐに走る速度を元に戻す。そんなボクを見てか、横を走っているミクとコトリがそっと声をかけてきた。


「大丈夫だよ、ユキ」


「……前を向いて」


 彼女たちの言葉に背中を押されるように、ボクは力強く頷く。


「うん、そうだね」


 もう立ち止まってなんかいられない。

 今も戦っている仲間たちのことを思い浮かべながら、この空間の出口と思われる扉を目指して走る。


 扉を奥には、再び長い廊下が続いていた。

 湿気のある、どこかカビ臭い匂いが鼻につく。

 ボクたちは周囲を警戒しながら、それでも最大の速度で廊下を進んでいく。


「……3人になっちゃったね」


 沈黙に耐えかねて、ボクが口を開く。

 すると、両隣に立っていたミクとコトリがこちらを振り返った。


「なんだ? 寂しいのか?」


「手でも繋ぐ?」


 少しだけ、からかうような口調の彼女たちに、ボクはそっと微笑む。


「ううん。どちらかというと、ちょっと懐かしいかな」


「懐かしい?」


 ミクが首を傾げる。


「うん。今でこそ、ボクたちは10人で仲間だけど、この世界に来るまでは。よくこのメンバーで出かけてたじゃない」


「まぁな」


「……ジンがいないけど、ね」


 忘れてはいけないといわんばかりに、コトリが言った。


「はは、そうだね」


 ボクは笑いながら、元の世界に戻っているはずの親友を思いだす。


「ジンがいて、ミクがいて、コトリがいて、そしてボクがいて。朝、教室で顔を合わせたら適当に挨拶をして、昼休みになったら一緒に学食に行って、放課後になったら帰りにどこか寄ってさ」


「あー、そうだったな」


「……ゲームセンターにも行った」


 ミクとコトリが懐かしそうな顔を浮かべる。


「そういえば、ジンの奴はクレーンゲームが上手かったよな。コトリが欲しがるものを、よく取っていたし」


「……うん。ぬいぐるみ、取ってもらった」


「あとは、ユキは格ゲーが笑えるほど下手だったよな。コンピューター相手でもすぐに負けちゃって」


「ボクは格闘ゲームが苦手なんだよ。リズムゲームなら得意なんだけど」


「……ユキは、音楽のセンスがある」


「そうそう。カラオケに行った時も、1人で高得点を叩き出すし。一緒に歌っている側の身にもなれって」


 じどっというような目で見てくるので、ボクは思わず頬をかく。


「あはは、なんでだろうね。歌とかリズムは意外と得意なんだよね」


「まったく。負けた奴がラーメンを奢るとかジンが言い出すから、あたしは必死に歌ったっていうのに。結局、あたしが奢ることになったし。……しかも、そのときのラーメンが超マズイっていうの!?」


「あー、あれはマズかったね」


 思い出してみても、舌の奥が捻じれそうになる。


「味は薄いし、麺は伸びているし、チャーシューは薄いし。しかも値段がビミョーに高いっていうオマケつき!」


「……あのラーメンを食べたあとだと、カップ麺が美味しく感じる」


「そうだよ! 結局、コンビニでカップ麺を買って、皆で口直しをすることになったじゃない」


「ひとつのカップ麺を皆で食べまわしたよね。あの時のカップ麺は、最高に美味しかったなぁ」


 ボクたちは警戒を怠らないようにしながら、昔話に華を咲かせた。

 本当に楽しいことばかりだった。

 その日常が戻ってくると考えると、心が浮足立ってくるほどだ。


「……あの楽しい毎日に、アーニャが加わってもいいよね」


 ぽつり、と呟くその声に。

 ミクとコトリは静かに息をのんだ。


「ボクはアーニャを現実の世界に連れ戻したい。そして、できれば。ボクたちと一緒に楽しい時間を過ごしたい。一緒に学校に行って、ダラダラと昼休みに喋って、帰る途中にいろんなところに寄ったりしてさ」


 今まで過ごした楽しい風景を思い出す。

 そして、そこにアーニャの姿を加えてみる。4人だったのが5人になり、笑う声をさらに大きくなるだろう。ジンがクレーンゲームをしているのをハラハラしながら見ていて、ミクがカラオケで必死になって歌うのを応援して、コトリと一緒にカップ麺のおいしさについて語っている。


 ほら。

 違和感なんて、ひとつもない。

 今までずっと一緒に過ごしてきた仲間のように、ボクたちの輪に加わることができるはずなんだ。


 ……だって、アーニャ。君はもう、ボクたちの仲間なんだから。


「いいんじゃない?」


「うん、別にいいと思う」


 ミクもコトリも静かに頷く。

 その表情はボクが想像していた通り、とても穏やかなものだった。


「じゃあさ、元の世界に戻ったら、アーニャにあのラーメンを食わせにいくとするか」


「……賛成。あのマズさは、もはや伝説の域」


「ついでに、ユキと格ゲーで戦わせてみようぜ」


「……ユキの敗北は確定」


 楽しそうに喋る2人を見て、ボクはほっと胸を撫でおろす。

 ほらね。

 ボクだけじゃない。他の皆だって、アーニャと一緒にいることが好きなんだよ。

 だからさ、自分は独りだなんて言わないで。

 居場所がないなんて言わないで。

 ……君の居場所なんて、ボクたち中にできているんだから。


「それじゃあ、あのラーメン屋が潰れる前に、とっともアーニャを連れ帰らなくちゃな」


「ははっ、もうとっくに潰れてるかもね」


 ボクたちは笑いながら、次の部屋への扉を開く。

 だけど、その瞬間。

 ボクたちの笑い声は一瞬にして、……悲鳴に変わった。


「ぎゃぁぁぁっ!」

「おいおいおいおいおいおいっ!?」

「……あ、死んだ。これは死んだ絶対に死んだ―」


 視界に広がる、数えきれないほどの瞳。

 その全部が飢えた狼のように、ギラギラと輝かせている。

 小山ほどある四本足の巨大な獣。鋼鉄でできている六本腕の怪人。煉獄の炎に焼かれながらも笑みを浮かべている悪鬼羅刹。遥かな大海を統べる偉大な海龍王。

 その部屋にいたのは、この世界にいた強大なボスキャラたち。


 そう、ここは。ボスキャラだけで構成された、地獄のような『怪物の楽園モンスターハウス』だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄く楽しそうだなあそれ
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