第41話「クソ不味いラーメン屋の話」
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氷の槍が砕ける音が、遠くのほうから聞こえた。
一瞬だけ足が止まりそうになるけど、すぐに走る速度を元に戻す。そんなボクを見てか、横を走っているミクとコトリがそっと声をかけてきた。
「大丈夫だよ、ユキ」
「……前を向いて」
彼女たちの言葉に背中を押されるように、ボクは力強く頷く。
「うん、そうだね」
もう立ち止まってなんかいられない。
今も戦っている仲間たちのことを思い浮かべながら、この空間の出口と思われる扉を目指して走る。
扉を奥には、再び長い廊下が続いていた。
湿気のある、どこかカビ臭い匂いが鼻につく。
ボクたちは周囲を警戒しながら、それでも最大の速度で廊下を進んでいく。
「……3人になっちゃったね」
沈黙に耐えかねて、ボクが口を開く。
すると、両隣に立っていたミクとコトリがこちらを振り返った。
「なんだ? 寂しいのか?」
「手でも繋ぐ?」
少しだけ、からかうような口調の彼女たちに、ボクはそっと微笑む。
「ううん。どちらかというと、ちょっと懐かしいかな」
「懐かしい?」
ミクが首を傾げる。
「うん。今でこそ、ボクたちは10人で仲間だけど、この世界に来るまでは。よくこのメンバーで出かけてたじゃない」
「まぁな」
「……ジンがいないけど、ね」
忘れてはいけないといわんばかりに、コトリが言った。
「はは、そうだね」
ボクは笑いながら、元の世界に戻っているはずの親友を思いだす。
「ジンがいて、ミクがいて、コトリがいて、そしてボクがいて。朝、教室で顔を合わせたら適当に挨拶をして、昼休みになったら一緒に学食に行って、放課後になったら帰りにどこか寄ってさ」
「あー、そうだったな」
「……ゲームセンターにも行った」
ミクとコトリが懐かしそうな顔を浮かべる。
「そういえば、ジンの奴はクレーンゲームが上手かったよな。コトリが欲しがるものを、よく取っていたし」
「……うん。ぬいぐるみ、取ってもらった」
「あとは、ユキは格ゲーが笑えるほど下手だったよな。コンピューター相手でもすぐに負けちゃって」
「ボクは格闘ゲームが苦手なんだよ。リズムゲームなら得意なんだけど」
「……ユキは、音楽のセンスがある」
「そうそう。カラオケに行った時も、1人で高得点を叩き出すし。一緒に歌っている側の身にもなれって」
じどっというような目で見てくるので、ボクは思わず頬をかく。
「あはは、なんでだろうね。歌とかリズムは意外と得意なんだよね」
「まったく。負けた奴がラーメンを奢るとかジンが言い出すから、あたしは必死に歌ったっていうのに。結局、あたしが奢ることになったし。……しかも、そのときのラーメンが超マズイっていうの!?」
「あー、あれはマズかったね」
思い出してみても、舌の奥が捻じれそうになる。
「味は薄いし、麺は伸びているし、チャーシューは薄いし。しかも値段がビミョーに高いっていうオマケつき!」
「……あのラーメンを食べたあとだと、カップ麺が美味しく感じる」
「そうだよ! 結局、コンビニでカップ麺を買って、皆で口直しをすることになったじゃない」
「ひとつのカップ麺を皆で食べまわしたよね。あの時のカップ麺は、最高に美味しかったなぁ」
ボクたちは警戒を怠らないようにしながら、昔話に華を咲かせた。
本当に楽しいことばかりだった。
その日常が戻ってくると考えると、心が浮足立ってくるほどだ。
「……あの楽しい毎日に、アーニャが加わってもいいよね」
ぽつり、と呟くその声に。
ミクとコトリは静かに息をのんだ。
「ボクはアーニャを現実の世界に連れ戻したい。そして、できれば。ボクたちと一緒に楽しい時間を過ごしたい。一緒に学校に行って、ダラダラと昼休みに喋って、帰る途中にいろんなところに寄ったりしてさ」
今まで過ごした楽しい風景を思い出す。
そして、そこにアーニャの姿を加えてみる。4人だったのが5人になり、笑う声をさらに大きくなるだろう。ジンがクレーンゲームをしているのをハラハラしながら見ていて、ミクがカラオケで必死になって歌うのを応援して、コトリと一緒にカップ麺のおいしさについて語っている。
ほら。
違和感なんて、ひとつもない。
今までずっと一緒に過ごしてきた仲間のように、ボクたちの輪に加わることができるはずなんだ。
……だって、アーニャ。君はもう、ボクたちの仲間なんだから。
「いいんじゃない?」
「うん、別にいいと思う」
ミクもコトリも静かに頷く。
その表情はボクが想像していた通り、とても穏やかなものだった。
「じゃあさ、元の世界に戻ったら、アーニャにあのラーメンを食わせにいくとするか」
「……賛成。あのマズさは、もはや伝説の域」
「ついでに、ユキと格ゲーで戦わせてみようぜ」
「……ユキの敗北は確定」
楽しそうに喋る2人を見て、ボクはほっと胸を撫でおろす。
ほらね。
ボクだけじゃない。他の皆だって、アーニャと一緒にいることが好きなんだよ。
だからさ、自分は独りだなんて言わないで。
居場所がないなんて言わないで。
……君の居場所なんて、ボクたち中にできているんだから。
「それじゃあ、あのラーメン屋が潰れる前に、とっともアーニャを連れ帰らなくちゃな」
「ははっ、もうとっくに潰れてるかもね」
ボクたちは笑いながら、次の部屋への扉を開く。
だけど、その瞬間。
ボクたちの笑い声は一瞬にして、……悲鳴に変わった。
「ぎゃぁぁぁっ!」
「おいおいおいおいおいおいっ!?」
「……あ、死んだ。これは死んだ絶対に死んだ―」
視界に広がる、数えきれないほどの瞳。
その全部が飢えた狼のように、ギラギラと輝かせている。
小山ほどある四本足の巨大な獣。鋼鉄でできている六本腕の怪人。煉獄の炎に焼かれながらも笑みを浮かべている悪鬼羅刹。遥かな大海を統べる偉大な海龍王。
その部屋にいたのは、この世界にいた強大なボスキャラたち。
そう、ここは。ボスキャラだけで構成された、地獄のような『怪物の楽園』だった。




